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戦乙女(ワルキューレ)が眠る丘で  作者: 雨音緋色
第3章ー誉れの道は険しく、少女の教えは騎士を導くー
29/31

3-8

 気絶した大男を新兵達が救護室に向けて運び出している中、ヴォイドとレオルグがサニアの元へと駆け寄る。


「姫、無事でしょうか?」


「レオルグ……ええ。この程度何の問題もありませんよ?」


「いえ、しかしあれだけ思い切り殴られては流石の姫でも……」


 心配するレオルグに対しサニアは苦笑しつつ首を横に振った。


「打撃の瞬間に手で押し返した上で体を逃したので然程痛くはありません。食らった様に見えたかもしれませんがあれは体を自ら持ち上げてただけですよ」


「な……そんな芸当何処で?」


「山には人間よりも膂力の強い動物がたくさん居ますからね。純粋な力比べなんてしていたら殺されちゃいます。その分知恵を絞って隙を狙う必要があるんですよ」


「な、成る程……とはいえ無事ならばそれで良かった。我々の心配等不要でしたな」


「だから言ったじゃないですか父上。うちの姫なら無傷だって」


「ほう?殴られた瞬間我先に飛び出そうとしてた奴がよう言うわ」


「そ、それは言わねぇ約束でしょうよ……」


 苦虫を潰した表情を見せるヴォイドに思わず吹き出したサニアは、救護室から帰ってきた新兵達を招き入れると気を引き締める様に促した。


「後日開かれる合同訓練で遅れを取らない様に本日からは基礎に加えて剣技や槍術、馬術の訓練も行います。皆しっかりと付いて来る様に」


 威勢の良い新兵達の返事が響く。入隊した頃とは大幅に変わった彼らの肉体はサニアの基礎訓練を談笑を交えて行う程に強化されていた。

 短期間でこれだけの肉体改造を行えた隊は他には居ない上、サニアの訓練は見た目のゴツさを鍛えるよりもしなやかさ等の柔軟な筋肉の鍛え方を行っている為、見た目は然程変わりが無いものの瞬間的な力は途轍もなく強くなっていた。


「……この様に剣技における重要点は持続的な筋力ではありません。力の入りと抜き。そのコントロールこそが最も大切です」


 基礎訓練を終えた新兵達は、サニアを囲む形で剣技の講義を受ける。実演を交えて行うサニアの講義は彼らにとても好評で、理解のしやすさとイメージのしやすさ両面から評価を得ていた。


「イメージは呼吸と一緒です。ただ息を吸う時は極力力まない事。吐く瞬間に力を入れ直ぐに抜く。これだけで必殺の一撃が放てます」


 剣をまっすぐ構えたサニアが軽い素振りで目の前にある木偶を両断する。その見事なパワーコントロールに新兵達は拍手を送り歓声をあげた。


「これを習得すれば私に剣を当てれなかった理由が分かると思います。目標は合同訓練までに私に一矢報いる位ですね」


「姫、それは厳しいかと。数日の猶予しかありませんぞ?」


「その数日の間に戦が起きても同じ事は言えませんよ、ヴォイド。さ、2人もやりましょうね」


「ぐ……訓練時の姫には反論の余地がねぇ……父上、やるしかなさそうだ!」


「当たり前だろう。出来なきゃ彼らに俺達の地位を奪われるわ!」


 新兵達に負けじと自棄になって訓練する2人に微笑みつつもサニアは自身の剣技を磨く為に独自の型を行い始める。最早舞に近い優雅さを持ったその動きは訓練中の新兵達の目を奪いいつの間にか全員が見惚れていた。


「こら、休んでる暇はありませんよ?」


「す、すみませんっ!!」


 それに気付いたサニアは苦笑しつつ彼らを叱咤する。何とも微笑ましい光景だった。



 暫くして正午に近づいた頃、サニアは一同を集めてその場に座らせた。


「では今からヴォイドと私が打ち合います。一瞬で終わるので何が起きたか理解できた方から昼食を取ってください」


「ちょっ、姫?それは一瞬で俺が負けると言いたいのですかい?」


「ええ、一瞬で終わらせます。いつでもどうぞ」


 サニアの言葉に流石のヴォイドも苛立ったのか、木剣を振るい肩に担いでサニアを睨む。


「流石の姫でもそれは許さねぇですよ?」


「ふふっ、御託は良いからいつでもどうぞ」


「それじゃ遠慮なく……っラァァァ!!!」


 ヴォイドの隆起した筋肉から繰り出される振り下ろしをサニアは何と剣で受ける姿勢を取る。誰もがサニアの行動を失敗だと考えた矢先、驚くべき事が起きた。


「な……っ?!」


「……はい、私の勝ちです」


 木がぶつかる鈍い音と共にヴォイドは前のめりになり、次の瞬間サニアに背中を踏まれた姿勢の状態で倒れ込んでいた。

 あまりの出来事に息を飲む一同。理解の範疇を越えたその技に誰もが唖然としていた。


「これが今日の訓練で出来る技です。斬り合う事なく優位を取れる上力の差は一切関係なくなります」


「まさか……」


 サニアの行った事を理解したのか、1人の新兵がサニアに近づき、耳元で説明を始める。


「ええ、正解です。昼食を取ってくださいね」


「は、はい……!」


 答えた本人が驚きながらも訓練所を後にする。その様子に他の新兵達は驚きつつも、再度見せて貰おうとサニアに頼み込んだ。


「ええ、ではレオルグ。貴方もこちらへどうぞ」


「お、俺もですかい……姫の『それ』は正に男を手玉に取る芸当なので怖いのですが……」


「そ、そんな私がまるで遊び人みたいな言い草やめてくださいっ!!」


 慌てふためくサニアに苦笑しつつ剣を構えるレオルグ。一方サニアは剣を構える事なくヴォイドの首元に当てたままレオルグを見つめていた。


「今度は徒手で行うので分かりやすいと思います」


「け、剣を相手に徒手?!そんな事……」


 新兵達が騒めく中サニアは今にも斬りかからんとするレオルグに対し開いている左手を向ける。それを開始の合図と見たレオルグは、これでもかとばかりに力一杯剣を振り下ろす。しかし、その軌道をなぞる形でいつの間にか剣の腹に添えられたサニアの左手は、彼女の脳天に当たる直前で漸く力が篭り即座に抜ける。その瞬間、弾かれる形で目的を失ったレオルグの剣が地を割ったのに対し、サニアの左手は的確にレオルグの喉を捉えていた。


「流石に剣と同じ事は出来ませんが。徒手ならこの様な感じでしょうか」


「な、なんて技だ……」


 先程とは違う意味の騒めきが起こる中レオルグとヴォイドはこの苦しさから逃れようと必死に暴れまわっていた。


「……はい、皆さん正解ですね。力に緩急をつける事によって相手の剣をいなし自らの剣を活かす後だしの剣技が可能なんです。覚えておいてくださいね」


 その後全ての新兵達がサニアの問いを答えた所で漸くレオルグ達も解放されたのであった。

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