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その後木剣を元の位置に戻したサニアはヴォイドに対し目を洗ってくる様言い残し、その場を離れた。何となく新兵達の視線に対し何処か申し訳無い気分になったのだ。
「こんな形の勝利は果たして新兵にとって良いものなのか……って顔をしてるぞ?サニア副隊長さんよ」
「フロイドさん……言い得て妙ですがどうして?」
訓練所の入り口横の壁に背を預けて立っていたフロイドに声をかけられる。どうやらサニア達の模擬戦を見ていたらしい彼は、姿勢を正しサニアの方を向き口を開いた。
「どうしても何も模擬戦で威厳を見せつけた割には浮かない顔をしているからさ。先の敵将だろう?ヴォイドは。辺境国家とはいえあの歳で将を名乗れる程の腕前だ。副隊長クラスの実力者だと思うが?」
「確かにその通りですが……それと私の顔色については何の接点も無いかと」
「大有りさ。自分と同格の強さがある相手に余裕の勝利を収めるなど普通では不可能。そんな相手を無傷で抑え込んだ割に喜びもしない理由が無かろうに」
「成る程。……しかしそれは誤解です。私が勝てた理由は騎士らしくは無い勝ち方です。そんな勝ち方を基礎も何も無い新兵達に見せたところで、何の訓練になりましょうか」
サニアの言葉にやれやれとばかりに両手を広げるフロイドは、顔で訓練所を見る様に指示をする。その動きに誘われるがまま訓練所を見てみると、驚きの光景が目に入った。
「ちょっ……皆さん?!本日はお休みと申したではありませんか!」
目の前に広がったのは、先程打ちのめされたばかりのヴォイドに対し続々と攻め立てる新兵達の姿であった。その様子に思わず声を上げたサニアに対し、打ちのめされた新兵の1人がよろよろと近づき頭を下げた。
「いえ、我々はサニア副隊長を甘く見ておりました……。女性の……それも山の民という事で正直見下していた点が多数ありました。しかし、先の強さと先日の戦での強さをお二方に聴き、ギラン様もサニア副隊長の事を色々と教えて頂いて……自分は先程の訓練を恥じています……!」
「い、いえ……先程は私が……」
驚く程改心した新兵の様子に思わずたじろぐサニアだが、倒れても尚ヴォイドに突撃する彼らの姿を見てこれを止めるのは無粋と察する。そして改めて自分は周囲の人間に信頼されているのだと理解し、思わず頬を緩めてしまった。
「こら、副隊長が1番気を緩めてどうする」
「きゃっ……ぎ、ギラン様っ?!も、申し訳ありません……」
突如後頭部に衝撃が走る。振り向けばその顔に笑みを浮かべたギランが拳を向けながら立っていた。どうやら今の話を聞いていたらしく、小さな溜め息と共に口を開いた。
「貴女の訓練が厳しすぎたのは事実だが彼らが甘んじていたのも事実。だから言ったまでだ」
「あ、ありがとうございます。ご足労かけました……」
「構わん。我が隊の誉れが年相応にしおらしいなど面白くは無い。サニアがしおらしいなど騎士の誰が望もうか」
ギランの言葉に再度自身の在り方を考えさせられたサニアは、再び自身の満ちた眼差しで空を見上げる。その眺める先に居るであろう過去の英雄を思うかの様に……。
時間はいつの間にか過ぎ去り陽の落ちた夕方。本日の訓練の終了を告げる鐘と共に城内は新兵達の雑談で賑わい始めた。
その中でも特に各隊毎の初日の訓練について話題が飛び交い、羨む声や泣き言を呟く声が聞こえる中ギラン隊の新兵達は皆ふらつきながらも会話に混じる事無く帰り支度を進め、即座に城内を後にしようとしていた。
「おっ、ギラン様の所は即帰宅か?もしや訓練が足りなくて自主練でもするのか?」
その様子を見た他の新兵達が囃し立てるかの様に彼らに声をかける。副隊長が自分達と同期で女騎士という事もあり、どこか皮肉じみた噂が立っているらしい。
だが、その言葉を聞いて鼻で笑い飛ばしたギラン隊の新兵達は、そんな彼らを一瞥しつつ言葉を返した。
「サニア副隊長の訓練が温いと?とんだ偏見だな。あの方がこの場の新兵を全て訓練するとなれば国内の治療場は全て満席になろうに」
「はっ。戯言を。貴殿らが微温湯に浸かりすぎてきただけだろう」
「その言葉は認めざるを得ないな。我々の行ってきた訓練はあの方にとって温水に浸かり体を温める位の代謝に過ぎん。格が違いすぎると半日で理解した」
「ふっ、己の弱さを語るとは余程きているのか?甘い騎士がいたものだな!」
「ああ、その通りだ。そして貴殿もその1人となるだろう。来たる合同訓練の日が楽しみだ」
疲れた体にムチを打ちながら話すギラン隊の新兵の顔には憐れみに似た侮蔑が込められており、その様子に苛立った相手の新兵は舌打ちを交えつつ彼らに背を向け他の騎士達に混じる形で姿を消した。
その様子を興味なさげに眺めていたのは自身の姉の元で新兵となっているフロイドであり、サニアの強さを誰よりも知っている彼は合同訓練の日が待ち遠しいと思っていた。それは勿論新兵の中から飛び抜け勝ち残った4人の同期に追い付く目的ではあるのだが、どこかサニアへの侮辱に近い言葉が胸に痞えており、サニアの訓練をもって見返してほしいという感情があるからでもあった。
「あ、フロイドさんお疲れ様です」
「ん?サニア副隊長か。業務は済んだのか?」
そんな事を知る由もないサニアが鼻歌交じりにフロイドに近づく。今や城内を照らすもう1つの太陽と言うべきその笑顔を見たフロイドは、周囲の新兵達の眼差しを無視しつつサニアの隣を歩き始める。
「ええ、此方の仕事は終わりましたよ。と言っても訓練の報告とヴォイドさんとレオルグさんの容態を見ていただけですが」
「成る程。……あの2人に何かあったのか?」
「あはは……新兵の方々が伸びた後再度挑戦を受けたので……今頃治療場で叫んでいると思います」
苦笑しつつ門を出ようとするサニアの表情には正午の折に見せた曇りは一切無く、むしろ選定の時以上に晴れやかな顔をしていた。その様子にホッと一息をついたフロイドは迎えの馬車に声をかけつつ城内へと戻ろうとする。
「あら、フロイドさんは乗らないのですか?」
「ああ。俺は姉上の馬車に乗って帰る。お付きが動けないから俺の馬車を使わせたと言えば納得するだろう。だから気にせず乗るといい」
「まぁ事実なので納得していただけるでしょうが……いえ、無粋な考えは止めてお言葉に甘えさせて頂きますね。ありがとうございます」
「別に礼などはいいさ。姓が違うとはいえ今は家族同然だ。気にする事ではない」
少し照れ臭そうに手を振って背を向けたフロイドに頭を下げつつサニアは馬車に乗り込む。豪華に飾り付けられた白銀の車両は1人が乗るには大きすぎるほどの特等馬車で、それを引く二頭の白馬の毛並も素晴らしく整っていた。
「話は聞いています。サニア様をローズテイル邸まで送り届けますね」
「はい。お願いします」
初老の男性が手綱を引く。甲高い嘶きをした二頭の白馬はゆったりと歩き出し、車窓から見える景色が後方へと流れ出した。
馬車というのは等級に寄っては劣悪な物もあるのだが、そこは特等馬車。殆どストレスのない乗車環境の中、中央街を抜け貴族街へと進んでいく。
平らなレンガを敷き詰め舗装された道に響くリズミカルな蹄の音を聞きつつ街並みを眺める事数十分。甲高い嘶きと共に停車した馬車はローズテイル邸の正門前に到着しており、馬車の扉が初老の男性によって開かれた。
「お疲れ様でした。ローズテイル邸に到着ですよ」
「ありがとうございます。とても快適な移動でした」
頭を下げ馬車を降りる。優しく微笑んだ男性はサニアに手を貸し降車を手伝った後、ローズテイル邸横の厩舎を目指し馬を引きその場を離れた。
胸に手を当て敬意を表した門番に会釈をしたサニアは、開かれる門を潜り抜けゆっくりと歩きつつ本日の訓練を振り返る。初日にしてはまずまずの結果だった。だが、その中でも得たものは大きく明日以降の自信となる結果は得られたと言える。恐らく新兵達はこの期間さえ乗り切り次の段階を迎える頃には屈強な体つきとなっているだろう。その日が待ち遠しいものだとばかり微笑んだサニアは、使用人達が迎える中一足先に館内へと入るのであった。