3-5
近衛騎士と別れたサニアは再び訓練所へと向かう。先程約束したヴォイドとの模擬戦を行う為である。
「おっ、姫様やっと来ましたね」
「ヴォイド殿。お待たせしました」
ヴォイドに一礼し正面に立つ。気が付けば周囲には先程までサニアの訓練を受けていた新兵達が私服姿で見学に来ていた。
「姫様の力をちゃんと理解しなければ奴らも付いてこれないですから」
「そんな気遣いまで……しかしそれではヴォイド殿が恥をかくのでは?」
サニアの言葉にヴォイドは首を傾げ鼻で笑う。
「いやいや、負けるつもりで戦うなど笑止千万ですよ。俺は姫様に対して負けるつもりなんかありませんよ」
「成る程。それは失礼しました。……ですがヴォイド殿では私を捉えられませんよ!!」
訓練所にある木剣を手に取りヴォイドに投げかける。それを受け取ったヴォイドは何度か振り回し、ニヤリと笑う。そして軽く足を開いた彼は、サニアに向けた剣先に力を込めた。
「いつでもどうぞ。私に構えはありませんので」
「それなら……参る!」
構えた姿勢のまま疾走するヴォイド。その剣先はぶれる事なくサニアの喉を狙っており、一刀の間合いで踏み込み真っ直ぐ突きを放った。肉薄する剣先に対してサニアは体を反らし、そのままの勢いで片手を地に付け剣の腹を蹴り上げる。満月を描く様に綺麗な円を描いたサマーソルトはヴォイドの体勢を仰け反らせ、体を正面に向けたサニアの接近を軽々と許してしまう。
「まだまだっ!!」
「ッー!」
2度たたらを踏んだヴォイドはそれでもすぐに体勢を戻しサニアの足を払う。軽く跳躍し絡みつく足を避けたサニアはすぐ様攻撃を仕掛けようとするも先に動いたヴォイドの手に捕まり宙吊りとなる。
「捕まえましたよ、姫様」
「ふっ……甘いですよっ!」
片手で胸倉を掴みサニアを持ち上げていたヴォイドの腕に対し、腹筋を使い両足を絡ませたサニアは爪先をヴォイドの背に当て背面方向に腕を押し始める。見事な関節技を食らったヴォイドは思わず手を離し、サニアは腕から離れ地に足をつけた瞬間腹部に拳を放つ。
「ぐぅ……っ!」
「相手を止めるまでは気を抜いてはいけませんよ」
「ゴホッ……効きましたぜ……っ!」
膝をつきかけたヴォイドは自らの足を思い切り叩き、自らを鼓舞しながらなんとか立ち上がる。まさに気迫のこもった眼差しは真っ直ぐサニアに向けられ再び構えを取り始める。
普通の人間なら気を失いかねない一撃を受けてもなお闘志を失わぬヴォイドの姿に感心しつつもサニアはゆっくりと剣を構える。自然体のまま向けられた剣先はサニアの呼吸に合わせ上下しているも、その姿勢に隙はなくどの攻撃にも対応出来るとばかりに肩の力は抜けていた。
「攻め手数多を全て受け切るつもりですか?」
「ええ、私の剣は元々多人数での戦闘を想定してますので」
「1人位なら受け切れると……その自信、打ち砕かん!」
距離を詰めんと一気に地を蹴るヴォイド。地を這うかの如く低姿勢で発進した彼は、さながら獲物を見つけた蛇の如く牙を剥く。
それを迎え撃たんとサニアは剣先をヴォイドの眉間に向け、ふとその剣先を上へと向ける。それに釣られる様に一瞬、天を見てしまう。敵の動きに敏感な彼だからこその隙。その瞬間、ヴォイドの目は暗闇に閉ざされた。
「ぐぁ……ッ!!砂……だと?!」
「甘いですよ。ほらっ」
「ガ……ハッ?!」
暗闇に閉ざされた視界のまま体の感覚だけが宙に浮く。衝撃の位置からして腹を膝で蹴り上げられたらしい。そのまま木剣の柄で背中を突かれ、地面に叩きつけられた。そして顔の横に深く刺さる音が聞こえる。漸く開けてきた目でその正体を追えば、顔の横数ミリの所に木剣の刃にあたる部分があった。
「剣先で敵を追うのではなく、腕や手首で追う事を覚えるべきです。さすれば小手先の囮やフェイントに対し引っかかる事は無くなるでしょう」
「くっ……参りました……。しかしこんな小狡い技まであるとは……」
「生きる為の技なら何でも使いますよ。稽古も手を抜けば死に至ります。生きたければ、ありとあらゆる技を使い生き残る覚悟が必要です」
「成る程、誇りだけでは勝てないと……感服しました」
改めて敗北を認めるヴォイド。そして2人の本気の稽古に息を呑んで見守っていた新兵達は歓声すらあげるのを忘れただただ思い知らされていた。
戦とは美しく勝つのではない。勝つからこそ美しいのだと。