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食堂を後にしたサニアはふらふらと城内を散策し始めた。思えばこの城に入って早4日。初日に軽く見回りはしたものの1人で回った事は無く、副隊長だからこそ入れる場所もある為好奇心が出てきたのだ。
歩き回っていると警備の為に配備されている守衛が皆右胸に手を当て挨拶を交わしてくる。それが何ともくすぐったく感じたサニアは照れ笑いをしながら頭を下げては通り過ぎていく。だが、それを見た守衛は皆一様に慌ててサニアの頭を上げる様に口を開き、その様子に何度も疑問が浮かんでいた。すると、背後から微笑む声と共にレイバックが現れその理由を説明した。
「騎士団の副隊長に頭を下げられるのは彼らにとって立場を失いかねない事ですぞ。サニア嬢」
「これはレイバック様。それはどういう事でしょう?」
「簡単な事です。部署は違えど自らの上司……それもかなり上位の存在の頭を下げさせたとなれば彼らは懲罰を受ける。良くて国外追放。人によっては死罪ともなりまする」
レイバックの言葉に驚愕するサニア。しかし、守衛はその話を肯定するかの様に頷いてサニアを見つめていたので、恐らくは事実なのだろう。
「そんな事になるとは知らずに……申し訳ございません」
「い、いえいえ!周りの方々もサニア様の人柄はご存知な上我々の中では立場に囚われず誰に対しても敬意を払う人としての鑑と話に上がるほどですし……」
「それは理解できるがまるで俺ら他の騎士が立場を利用して敬意を払ってないみたいだぞ?」
「そ、そんな事は……!」
慌てふためく守衛に対し悪戯な笑みを見せたレイバックは冗談だと伝えると、心底安心したかの表情を見せて溜め息を吐いていた。
「それとサニア嬢。俺は貴女に比べ立場は下です。様など付けずに呼び捨てして頂いて構いませぬぞ」
「そ、それは中々難しい事で……譲渡してレイバック殿では?」
「ふむ。それならば宜しいかと。サニア嬢は新卒ながら兵を率いる将として君臨する騎士となったのだ。もっと周りに対し傲慢な態度でも構わないですからな」
レイバックの言葉に困った顔を見せるサニア。地位も名誉も元々ない彼女だからこそ、地位も名誉も有り余る貴族騎士に対し傲慢な態度とは中々難しい事だった。
「成る程……中々難しい事ですが……でも彼らの命に関わるあることか、ならば気をつけます。ありがとうございますっ」
「そうしてあげてくれ。それでは俺はこの辺で。この先の司書に様がありますので」
「ええ、また会いましょう」
頭を下げて扉の奥へと姿を消したレイバックを見つめつつ、サニアも散策に戻り城内を回り始めた。
城内には王宮お抱えの使用人が多数在籍しており、要人の部屋や王の間周辺にはきっちりとした身なりの使用人達が忙しく動き回っている。だがそんな彼らからは何故か戦場をかけているだろう肉体のしなやかさが伺える。
それは彼らの胸に着いている勲章を見て納得のいくものだった。
「成る程、近衛騎士の方々が使用人を果たしているのですか」
「これは紅玉嬢。お昼の散策ですか?」
気さくな笑顔で微笑みかけた近衛騎士の1人は恐らく高級な糸で編まれているであろう燕尾服を着こなし、戦場の厳つさを全く見せない風貌で作業を行っていた。
「ええ、城内の様子を知るのも私の仕事だと思いましたので」
「殊勝な心がけです。常日頃から我々も内通者の心配はしているので……」
声を潜めた近衛騎士は、周囲を見渡しながらサニアに耳打ちをした。
「レオルグ殿が家族の恩義と申して直々にベリアル公へと伝えたらしい。先日の戦は内通者による扇動である……とな」
「なっ……」
「無論騎士の誉れにかけて我々にはいない事は誓える。だが、騎士の中にもそこが見えぬ者など多数居ろう。我々が忌避すべきはその者の根が何処まで蔓延っているのか、そしてその者は誰なのか……だ」
「その様な事……何故私に?」
「それは貴女の誠実さを信頼したからだ。与えられた地位に甘えず直向きに努力し続ける姿はこの3日間、誰が見ても賞賛に値していた。今のこの国に、貴女程の誉れは早々居ない」
近衛騎士に褒められ喜びを露わにするも、彼の言葉が脳裏から離れずにいた。
内通者。見つかれば死は免れないだろう重罪を犯してまで何を成したいのか。サニアにはその心理が一切分からず頭の中で小さな葛藤が生まれた瞬間でもあった。