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戦乙女(ワルキューレ)が眠る丘で  作者: 雨音緋色
第3章ー誉れの道は険しく、少女の教えは騎士を導くー
24/31

3-3

 いつの間にか太陽は真上から照らし、昼食の時間を報せる鐘が鳴り響く。その鐘を聞いた新兵達は地獄の様な訓練から解放される喜びから次々と気を抜き始めた。しかし、それを良しとしないサニアは彼らの手元を歩きながら次々と捻り地面に倒し始める。


「終わりがけは1番気を張らないといけません。出なければ勝てる筈の戦も負け、その身その命は永遠に失われるでしょう」


「は、はい……っ」


 力を一切加えられてないはずなのにじわじわと広がる手首の痛みに呻きながら新兵達は返事をする。最早誰もサニアに不満すら持つ事が出来ずにただただ言いなりとなっていた。


「それでは駄目だサニア。例え彼らが甘く誉れすらなくとも飴を与える事も必要だぞ」


 その様子をいつから見ていたのか、自身の仕事を中断し昼食を取りに来たギランがサニアを諌める。それを聞いたサニアは素直に頭を下げ、ギランに対し珍しく意見した。


「はっ、申し訳ございません。しかし、昨日の様な突発的な戦が起これば死ぬのは彼らです。幾ら将が有能で、天下無双を唱えていたとしても兵が付いてこなければそれは戦ではなくただの喧嘩と私は教わったので」


「尤もだ。だが彼らの顔を見てみよ。その表情に映るのはサニアを誉れとして敬う物か?それとも鬼将として恐れる物か?」


 ギランに言われサニアは新兵達を見渡す。その表情は全身の痛みで歪み、経験した事のない疲労で疲れ果て、鞭を振るう姿に恐れた表情だった。それに気付いたサニアは唇を噛み締める。


「……申し訳ございません。私の失態です」


「わかれば良い。サニアよ。貴女は強かで訓練に対する勤勉さが人一倍ある。それは素晴らしいことだ。だが、誰しもがそれに付いてこれるものでは無い。獅子の子は獅子だが、獅子が育ての親となった者は獅子とは限らぬ。いいな?」


「はっ、ありがたきお言葉!」


 右の胸に手を当てギランに敬意を表したサニアは振り返り新兵達を見つめる。そして頭を下げ謝罪と共に顔を上げた。


「皆様すみませんでした。私の配慮不足で過度の訓練となった事、改めて謝ります。……昼食後については訓練をせず各々英気を養って下さい」


『……はっ!!』


 サニアの言葉に安堵の声で返事をする新兵達。それを聞いたヴォイドは調子が狂ったかの様に頭を掻きながら声を上げる。


「英気を養うにも俺の英気は剣を交えなければ養えない。……姫、昼食後も稽古をつけてくれないですかね?」


「ヴォイドさん……ええ、構いませんよ。ですがその前に顔や体の傷を処置してからにしましょうね」


「こんなもの唾でもつけていれば治りますよ。それよりも飯です。腹が減っては戦は出来ないでしょう。行きましょうか!」


 腰を上げたヴォイドはサニアの肩を軽く叩き、レオルグと共に訓練所を後にする。その後に続く様にサニアに礼をしながら訓練所を後にする新兵達。1人残ったサニアは空を見上げそっと呟いた。


「強かなんて、私も始めから強い訳では有りません。何故なら私は、オリエント様が居なければ今頃死んでいたのですから……」


 自分が騎士を目指した理由。自分を騎士として育てた親。自分が知る最後の家族。自分が元々強ければ、今頃両親は元気に過ごしており私は騎士ではなく山の民として年相応の女子となっていた筈だ。だが自分が弱かったからこそ全てを失った。そんな自分を拾った獅子が居たからこそ、自分は今獅子になれている。


 獅子を育ての親にしても獅子にはなれる。否、ならなければならないのだ。でなければ胸の内にある無念は晴らされず、その者は人ですら無くなる。戦の被害者はその仇討ちをしたければ強くならなければいけない。それこそ、戦乙女の如く強い誉れとして。


 空に向かい悲愴の叫びの代わりに高鳴りする矢を放つ。泣きたくなった時、弱音を吐きそうになった時はいつもこの様にして心の叫びを代弁させる。別に周りを気にしての事ではない。単純に声にする事が出来ないだけだった。


「食事を摂ろう。失態など気にやむ必要はない。次に活かせば良いだけだ……っ」


 言い聞かせながら訓練所を出る。誰もいなくなった訓練所にはサニアの叫びを受け止めた地面に一つ、高鳴りの矢だけが残った。



 食堂に着いたサニアは普段通りの笑顔を振りまきながら副隊長専用の座席に座る。配給を自ら受け取りに向かう一般騎士とは違い、副隊長や騎士団長等階梯身分を持つ者は王城お抱えの使用人が配膳する形となっていた。


「サニア様。お待たせしました」


「ありがとうございます」


 サニアの席に食事を運んできたメイドに笑顔を送ったサニアは、運ばれてきた料理を口に運びその味を噛み締める。しっかりと調理されたそれらはディバート邸やローズテイル邸で出された料理と比べても味わい深く、これ迄に経験した事のないほどの美味だった。


「およ、姫の昼食は豪華ですね。流石は副隊長なだけあります」


「ん……ヴォイドさん方の食事はこの様な物では無かったのですか?」


 食事を頬張りながら首を傾げたサニアに思わず苦笑したヴォイドは、自身が食べた料理を話し始める。


「そりゃ俺や父上は姫直属ということもあり新兵達よりは豪華でしたよ。けれどもランクは数段下ですがね。……まぁ自国の食事より幾分も良かったですけど」


「成る程。もし良ければ食べますか?」


 サニアが食事を差し出すとヴォイドは驚き慌てて首を振る。


「いやいや、姫が手をつけた物を食したら俺は多分明日死んでますよ」


「なっ、私は毒でも含んでると言うのですか?!」


 思わずヴォイドの言葉に頬を膨らます。だが、ヴォイドはそういった意味で伝えた訳ではない為更に首を振り否定した。


「そうではなくてですね……いや、まさか姫はそういう話に疎いのですか?」


「???

全くわかりません……」


 必死に思い当たる物が無いか探すサニアだが、戦や訓練しか頭に無い彼女には全く想定ができなかった。その様子を見たヴォイドは苦笑しながら席を立ち、治療室へと向かう旨を伝えて食堂を後にした。



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