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王城に着いたサニアはその後ろに着くヴォイドに礼を述べつつ、中へと入る。先日までは門を越えた位置で止められていたサニアも、今となっては顔パス状態となっており守衛達にも挨拶を交わされる程になっていた。
「俺らの姫は周囲に元気を与えている。これは天性の才だな」
エントランスで合流したレオルグが呟く。それに同調したヴォイドは深く頷き、2人揃って褒め称え始めた為サニアは赤くなりながらも否定し、第2訓練所を目指した。
16部隊もある騎士団は其々の兵が訓練所に入ると当たり前の如く狭くなる為、各部隊には専用の訓練所が設けてあった。その為、広々とした訓練所内に集まる騎士は多くても1000程度となっている。更に、その中でも今日は剪定を受けた通称エリート組の騎士と、公募により騎士志願を行った国内の雑兵騎士が集まった位な為その数は200程となっていた。
訓練所に着いたサニアはまず騎士達の前に立ち様子を見た。剪定を受け合格した騎士達はサニアを見るや姿勢を正し真っ直ぐ前を見ていたのに対し、国内公募組はサニアを知らないのか雑談を交わしていた。その様子に苛立ったヴォイドが彼らを怒鳴ろうとしたのを抑えつつサニアは一同の前で礼をする。
「第2騎士団副隊長サニアです。本日は貴殿らの訓練を任された以上誉れとして国に貢献できる様……」
「なんだよ、童女じゃないか」
「貴様サニア殿にー」
サニアの演説中暴言とも取れる声に怒るヴォイド。だが、それよりも早く矢を射て声の主の足元に突き刺したサニアは、何事も無かったかの様に言葉を続ける。
「貴殿らを鍛えていきたいと思います。尚、これより訓練に対する怠惰の姿勢が見られた場合その者は即座に足を射抜きます。宜しいですね?」
無表情で放たれる言葉に息を呑む一同。そしてそれを同意と取ったサニアは微笑み最初の訓練を説明した。
「戦地では如何に強者でも息が切れれば隙となります。そこで、まずは皆様鉄鎧を着て武器を構えたまま走ります。私に着いてきて下さい。それではー行きますよ」
動揺の声が響く中愛剣を抜き走り始めるサニア。それに続く形でヴォイド、レオルグが走り出し、剪定組、公募組と続いた。
「私が止まるまで付いてくる様に。分かりましたか?」
『はっ‼︎』
軽やかに走るサニアに必死で食らいつく騎士達。戦場を駆け抜けてきたヴォイドやレオルグですら顔に余裕を見せる間も無い速さで走るサニアにほぼ全力に近い速さで走る騎士達は、それでもなお着いていこうと必死に走る。だが、それを知ってか否か徐々に速度を上げるサニアに対し騎士達のペースは少しずつ落ち始めていく。
「まだまだ走り始めですよ。頑張って下さい」
「これは……凄まじいな……っ‼︎」
レオルグ達ですら必死に食らいつく速さで走るサニアはそれでも汗一つかくことなく微笑みながら走っており、時折心配そうに後ろを見ては必死の形相で食らいつく騎士達を見て微笑んだ。
やがて一刻程走り抜いた一同は余裕の顔でサニアが見回る中訓練所の地面に倒れ込む騎士が続出した。
「サニア殿は毎朝これを……⁈」
「まぁもう一刻走ってますが。毎朝行ってます。勿論今朝もですね」
その言葉を聞いて驚愕したヴォイドは、息を切らしながら訓練所内を歩き回っていた。
「それではこれより打ち込みを行います。2人ずつ私に打ち込んでください。私を捉えかける一撃を放てた方からお昼を取ってください。出来なければ時間までお預けです」
微笑みながら新兵達に言い放つサニアに、少しでも息を整えたい彼らは一番槍を避ける。すると、それを見て嘲笑したヴォイドがレオルグと頷き木剣を手に取った。
「こう言うのは実力を知ってしまうと動けないんだよ‼︎」
「姫、胸を借ります‼︎」
勢い良く走り出した2人を見てサニアは微笑みを消し自身も木剣を手に取り、構える事なく駆け出した。それを見た2人は迷わず突きを放ちサニアの腹部を狙うも、軽々と跳躍したサニアは2人の木剣を踏みつけ地面にめり込ませては喉に向け剣を当てた。
「いい呼吸の合い方です。流石は親子」
「あ、有難い言葉ですが……」
「姫、この体勢は辛いです……」
レオルグの言葉に慌てて2人を解放したサニアは、背後で待機を命じた。
今の一瞬でサニアの実力を推し量れた新兵は勿論居らず、2人が腑抜けなのではないかと思い始めた新兵達はぞろぞろと立ち上がりサニアへと木剣を振り下ろす。だが、それをサニアは木剣すら使う事なく軽々と避け足を払い、手首を捻り新兵の振り下ろす木剣を使い相方の意識を飛ばしたりとまるで赤子と戯れているかの様に舞う。その姿に感心したヴォイドは、捕縛された時のレオルグの言葉を思い出し改めて戦慄した。
「あの時サニア殿に刃向わなくてよかった……」
「だろう?剣技や体技は洗練され、弓に至っては神業とも言える。戦場では何もかもが必殺の一撃となり得るのにその中で皮鎧を着れる度量は凄まじいものだ」
目の前で200の新兵が次々に倒されるのを見ながら話す2人は、楽しそうに笑うサニアの姿につい見惚れてしまう。すると、サニアの様子を巡視しにきたベリアルが中を覗き興味津々にしていた。
「ほう?中々面白い事をしておる」
「これはベリアル公。ご機嫌麗しく」
「そなた達もな。サニア、どうだ新兵は」
丁度最後の新兵を倒し終えたサニアは息を切らす事すら無く微笑み、ベリアルに対し頭を下げた。
「そうですね。この分だと暫くは基礎が必要かと。一刻走っただけでフラフラでは戦場で死に絶えますからね」
「なんと。だがサニア、もしいつも通り走ったのならば少し落としてやらなければならない。貴女の全力は馬に並ぶではないか」
「い、いえ、もう少しの所ではありますが並ぶ程では……」
ベリアルの言葉にギョッとする新兵達。人の身でありながら馬と並びかけるなど到底出来ない。あり得ないと思いつつも先程から汗一つかかずにこれだけの事をこなしているサニアに対し、畏敬の意を持ち始めた彼らは先の態度を後悔する。
「ふむ、だが忠誠心はそれなりにありそうだな」
「少々無駄話が過ぎるので後程罰を与えるつもりでしたが……」
「ふふっ、そんな所までオリエント公仕込みか」
思わず微笑んだベリアルに師の名前を出され思わず赤面するサニア。どうやら先程の乱取りもオリエントが行っていた事らしくベリアルにとっては思い出深いものだった。
「是非とも優秀な誉れに育ててくれサニア。期待しているぞ」
「はいっ‼︎ありがとうございます」
サニアに言葉をかけたベリアルは訓練所を後にし巡視に戻った。それを見送ったサニアは新兵達の方へと向き直り、屈託の無い笑顔で口を開いた。
「さあ、続きを行いましょう。次は誰からかかってきますか?」
その言葉の後悲鳴と打撲音、そして地に倒れる音が何度も訓練所内に響き渡った。