少女の誉れ、その一歩を騎士は歩む
翌朝。
健やかな晴れ模様となった空を見上げつつ、いつも通り早く起床したサニアはドレスから皮鎧へと着替え部屋を抜け出す。そして誰も居ない廊下を静かに駆け、外に出て広い庭を見渡した。
その広大な広さに有り難みを感じたサニアはとりあえずいつも通り走り始め、太陽が登りきると同時に足を止めた。すると、その様子を見ていたのかフロイドがどこからともなく現れサニアに木剣を投げかけた。
「こないだの続きを願いたい」
「ふふっ、喜んで‼︎」
木刀を受け取ったサニアを見るや否や、全力で駆け出したフロイドは、横薙ぎの一振りを放つ。普段大剣を振るう為に培われた膂力で振るう一撃は、風の如く速さでサニアを襲うが、刃を斜めにする事で受け流したサニアはそのまま神速とも言うべき突きを放つ。
「ぐっ……‼︎」
「強い打ちです。流したにも関わらず手が痺れてます……」
「世辞はいい‼︎行くぞ‼︎」
胸を突かれたフロイドは仰け反り、体勢を崩すもすぐ様立て直し、再びサニアへと打ち込む。それを跳ね返し、いなし、受け流すサニアの動きにフロイドの体は軸を何度もずらされ、その度に足を払われて転ばされた。
「フロイド様は余りにも上半身で剣を振る癖が強過ぎます」
「く……っそれがなんだというのだ‼︎」
「下半身が甘いと簡単に体勢を崩されます。現にフロイド様は既に足にガタが来てます。ですからー」
話しながらフロイドに近づいたサニアは、振り下ろされる木剣を彼の手首を捻る事で捌き、後ろから足を掬う。
「この様にすぐ様転ばされてしまうのです」
「くそ……っ‼︎これ程の力量差があるとは……っ‼︎」
ふらふらとよろめきながら立ち上がるフロイドに手を貸しつつ立たせると、拍手の音が聞こえた。どうやらリーンも起床したらしく、手堅く去なすサニアに感心していた。
「流石紅玉ちゃんね。今の打ち合い。戦場なら5回は死んでるわね」
「まぁ私程の軽装ならばですが。普段のフロイド様の鉄鎧ならば3回は生き延びれます」
リーンの言葉に少しフォローを入れつつも、静かに見つめる彼女の眼差しにぞくりと背筋を震わせる。リーンはどうやら打ち合いを見る時や訓練を見る時は感情を抜きにして平等に見るらしく、その冷酷とも言える眼差しはサニアをもってしても怯みを感じさせるものだった。
「そのうち私も鍛えてもらおうかしら。純粋な武技だと勝てる気がしないわ」
「その折は胸をお借りしますね」
対しリーンも柔らかく微笑みながらも目から一切の闘志が消えないサニアにゾクゾクとする。自分を滾らせる騎士がギランとベリアル以外に漸く現れた喜びを必死に抑えるリーンの表情にはいつの間にか笑みが溢れており、しばし互いの闘志を静かにぶつけた2人は、フロイドのふらつく足音を機に普段の表情へと戻した。
その後、不機嫌なフロイドとご機嫌な2人は食事をしつつ雑談を交わし、一般騎士の為先に家を出たフロイドを見送りつつ、2人も出発の準備を行った。
「それじゃ頑張ってね。城までは……」
「あ、大丈夫です。迎えが来るみたいなので」
先に特等馬車で家を出たリーンに手を振り、迎えを待つ事になったサニアは、忘れ物の確認をしていると世話役のメイドに昼食を渡され、慌てて礼をしながらも受け取った。すると、ローズテイル邸の眼の前で1匹の馬が止まり、その馬上から降りた青年が声をかけてきた。
「サニア殿。遅くなりました」
「いえ、大丈夫ですよ。ヴォイドさん」
迎えに来たのはサニア直属の部下となったヴォイドだった。彼は昨日命の恩として父と共にサニアに永遠の忠誠を誓い、その一つとしてサニアの護衛と運送を名乗り出ていた。それを無碍に断る程サニアは非道ではなく、その様な形で納得するのならばと快諾し今日に至る。
「本日は訓練をつけられるとの事ですが、何か手伝う事があれば」
「そうですね……特にないのでヴォイドさん達も一緒に訓練なされますか?」
「成る程、それもまた良いかと。是非一騎当千の誉れの訓練を受けてみたいものです」
嬉々として話すヴォイドには先日の様な敵対心は無く、完全に慕っている様子が見られた。それを見て安心したサニアは、彼の武技も見てみたいと思い訓練の内容を少し変更する事にした。