2-10
その夜。優しく揺り起こされたサニアは、自身の顔を照らすメイドを見て思わず驚く。顔だけ照らされた彼女が首だけの人に見えたのだ。そんなサニアを揶揄う様に笑いながら部屋に灯火を点けたメイドはサニアの為に新調したドレスを手に取ると、直ぐ様着替えさせ始めた。
「あ、あの。脱ぐのは1人でも出来ますから……」
「いいえ、暫く私はサニア様の身の世話係となりましたので。遠慮なく」
結局、言われるがまま脱がされたサニアは新しいドレスと、同じ様に買ってきたのかサニア用の下着を着させられた。だが、布で要所を隠していただけのサニアにとって貴族が付ける下着は違和感の塊であり、特に胸の締め付けが非常に苦しかった。
「戦場ではこれは付けられませんね……」
「リーン様も流石に戦場では付けていませんよ。これでどうですか?」
綺麗に着付けられたピンクのドレス姿のサニアは、頭にリボンを付けられた状態で姿見に立たされる。だが、歳相応よりも幼く見えるその姿はサニアの幼い顔立ちをより一層幼くしており、とても19の騎士とは思えぬ程童女となっていた。
「これは……凄まじい程幼く……」
「き、着付けた私ですら驚く幼さです……」
それでもリーンが気にいるだろうと部屋から連れ出したメイドは、リーンの部屋を抜け食堂へと向かう。そこには壁に並んで待機しているメイドと、リーン、フロイドの姉弟がおりー
「ぶっ⁈ゴホッ……サニアか⁈」
「えっ……私ですら驚く幼さだわ……」
「やっぱり幼な過ぎますよねこれ⁈」
手にした洋酒を吹き出したフロイドと、思わずフォークを落としたリーンに聞いたサニアは、耳まで真っ赤にして蹲る。だが、その行動が更に幼く見えてしまい、思わずリーンは笑い出してしまった。
「こ、紅玉ちゃん流石にその行動は耐えれない……ふふっ……可愛すぎるわ……ふふふっ‼︎」
「リーン様酷いです‼︎」
「お、お嬢様サニア様が困り果ててるので……」
頭を抱え呻くサニアを見て世話役となったメイドがオロオロとし始める。だが、それすらも可愛く見えたらしくリーンは思わず立ち上がりサニアの元へと駆け寄った。
「ごめんなさい紅玉ちゃん、悪気は無いのだから席に座りましょう?」
「は、はい……」
落ち込むサニアの頭を撫でながら席へと誘導するリーン。その微笑ましい姿に周囲のメイド達は思わず微笑み、2人を見守った。
その後、世話役のメイドにテーブルマナーを教わりつつ食事をとったサニアは、勧められた洋酒を断りホットミルクーちなみにここでも吹き出しかけたフロイドに対しサニアは頬を膨らませたーを飲みながら雑談を交わす。話は明日以降の予定の話となった。
「明日から騎士団長は各地区の護衛よ。そして副隊長は新兵の訓練。忙しくなるわね」
「あれ、私は訓練する側なのかさせる側なのか……」
「紅玉ちゃんは勿論訓練させる側よ。というか紅玉ちゃんに稽古つけれるのはギランかベリアル公位よ」
当たり前と言わんばかりに笑うリーン。だが、それを聞いて一気に緊張したサニアは、必死に考え始めた。
「どうしましょう、訓練などつけた事が無いので分かりません……」
「あ〜……そうね、それならいつも貴女がやってる事をさせなさい?それが訓練の第一歩よ」
「成る程……分かりました。やってみますね」
リーンの言葉を聞き、納得したサニアは明日のメニューを構想し始める。新兵の訓練という事だから体力や筋力を鍛えるのが最適だろう。となれば最初は基礎を鍛えるのが先決。丁度いい。今日の分をしていない為明日は基礎トレーニングに励もう。
心の中でメニューを決めたサニアは頷き、明日の訓練を楽しみに思い始める。副隊長として初めての内政だ。気合いを入れなければと意気込んだサニアは、ホットミルクを飲み干して武具の手入れの為に部屋へと戻る旨を伝えた。すると、リーンがその様子を見たいと申し出たので快諾し、2人で食堂を後にしてサニアの部屋へと向かった。
「まずはこの剣からですね。鎧を断つ程刃も芯も強い訳でも無いので、刃毀れをしているのですよ」
そう述べたサニアは床に広げた布の上でファルシオンを抜剣する。そして僅かに毀れた刃に砥石を当て、その部分を研磨し始めた。暫くすると僅かな刃毀れが完全に消え、綺麗な直線を描いた剣をリーンに見せる。
「凄いわね……家宝の剣以外私達は基本使い捨てる事が多いのよ。それを自身で磨き再び使うなんて」
「本来ならば血肉を断った刃は鈍り、その切れ味も落ちますからそれが正しいです。ですが、私の様に山で生活していた者は新たな剣を買う程の資源が無いので」
「それで何度も研磨すると。……この後を見る限り鍛冶もしてあるわよね?」
「はい。全て私が打ち直した跡ですよ」
サニアの言葉に驚いたリーンは、想像もつかないとばかりに首を振った。それを見て微笑んだサニアは、今度見せると言いながら納剣し、弓の手入れへと移った。
「弓はこのままだと反りすぎる可能性があるので弦は外します。そして弦の使用度に合わせて取り替えなければ、射る直前に切れたりして不発になるので要注意です」
そう言うと弦を見始めるサニア。そして目に見えるか否かの解れを見つけたサニアは、その弦とは別の弦を取り出し横に置く。そして解れた弦を棄て今度は矢の手入れを始めた。
一頻り道具の手入れを終えたサニアは、自身の皮鎧の補修に回る。終始無傷で駆け抜けた様に見えたサニアだが、よく見ると鎧のいたる所に切り傷があり、肉薄する直前で体を捌いて居るのが分かる。そのしなやかさが彼女の強さの一つでもあった。
「手馴れたものね。流石だわ」
「これが出来なければ私は飢えていましたから」
しみじみと話すサニアに、飢えなど知らないリーンは頷くしか出来なかった。だが、命を懸けて生きてきたからこそ彼女は根本的に迷い無く体が動き、自身の命を奪う必殺の一撃を感覚的に捉えているのかもしれなかった。
やがて、修繕が終わったサニアは武具一式を部屋の隅に置いてソファに座る。すると、リーンも同様に座りメイドを呼んで紅茶を淹れさせた。
「明日からの訓練。大変だろうけど頑張ってね」
「ふふっ、訓練が辛いと思っていたのは幼少期まででした。今では何もしない方が辛い時が多いので、明日は騎士の方々と共に訓練してますよ」
「殊勝な心がけね。素晴らしいと思うわ」
紅茶を啜ったリーンは、微笑みながら頷いた。恐らく自身も貴族でありながら厳しい訓練を受け続けた昔を思い出したのか、遠くを見つめてふと溜め息を吐いた。
「私やギランはベリアル公に鍛えられたのよ。あの方の訓練はとても辛く脱落者も多かったわ。私も脱落しそうになった程。けれど、ギランやベリアル公が私に発破をかけてくれたお陰でこの地位に立ててるの。紅玉ちゃんも、そんな騎士でいて欲しいな」
「なるべく善処します。私の此れ迄の訓練をするつもりですが……緩いと言われない様に頑張りますね」
「ふふっむしろキツイと弱音を吐く騎士が続出するかもね。期待しているわ」
リーンの言葉に首を振るサニア。サニアが毎朝している事を1日かけてやるのだから楽勝だとばかりに微笑むと、それもそうかとばかりに笑ったリーンはそのまま立ち上がり、メイドに茶器を片付けさせつつ部屋を出ようとした。
「おやすみ、紅玉ちゃん。また明日」
「はい、おやすみなさい。リーン様」
部屋を後にするリーンに挨拶を交わし自身もベッドに横たわる。
メイドが灯火を消して回る中、窓辺から差し込む月日を見つめサニアは昨日の戦を思い出す。死にゆく兵士の表情。敗走する姿。その一つ一つがサニアの頭を過ぎり、狩人として狩った動物達の嘶きと被る形で消えていく。昨日狩りは勝てた。だから今日食事を取れるのだと自分に言い聞かせつつ、未だ昂ぶる心の中の闘志を必死に抑えながらサニアの双眸は閉じられた。