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ローズテイル邸の敷地に入ったサニアは、眼前に広がる薔薇の庭園に目を奪われる。自然でも中々見かける事のない鮮やかな花弁をまじまじと見つめていると、フロイドが隣で立ち止まる。
「薔薇がそんなに珍しいか?」
「ええ、私の住んでいた山では殆ど見る事が無かったので」
目を輝かせるサニアに対し、薔薇を珍しく思うサニアが珍しいとばかりに見つめるフロイドは、彼女の気が済むまで隣で待っていた。すると、格子状の門が開きリーンが帰宅した。
「あら、紅玉ちゃんにフロイド。中で待っていれば良かったのに」
「あ、いえ。薔薇が珍しくて眺めさせて頂いてました」
「成る程、確かに外では余り咲いてないからね。後で沢山見させてあげる」
サニアに優しく微笑んだリーンはゆっくりと歩き始めて邸内へと向かう。その後ろをサニアとフロイドが着いて歩き、邸内に入った。
人の背丈より大きな木の門を開くと、眼前に広がったのはディバート邸とは違う華やかさと煌びやかさで装飾されたエントランスで、薔薇を象徴する家紋入りの真紅の絨毯は、黄金の縁取りを施されていた。
『お帰りなさいませ、リーンお嬢様』
その絨毯の端に立つメイド達の服装にも薔薇の刺繍が刻まれており、黒と白を基調とした服では無く、赤と白のメイド服といった珍しい色合いだった。
「ただいま。貴女達、サニアの剣と弓を武器庫に」
『かしこまりました』
「あ、待ってください……‼︎手入れがあるので出来れば部屋に……」
「本当に自分でやっているのね。分かったわ。サニアの部屋に持って行って」
リーンとサニアのやり取りに首を傾げたフロイド。だが、2人とメイド達は分かっているらしく頭を下げたメイド達は即座に対応した。
その後、応接間では無く私用のリビングへと移動したリーンとサニアに、流石のフロイドも思わず声をかけた。
「姉上、何故サニアをこの部屋に?そして先程のやり取りは?」
「あら、知らないの?騎士たる者情報を常に得ていないと戦場では死ぬわよ」
溜め息を吐きながら返答したリーンは、フロイドに座る様伝えその正面に立った。そしてサニアを横に立たせ、先程決まった内容を伝える。
「サニアは今日から暫くローズテイル邸で生活するのよ」
「なっ……確かにサニアは強く華やかだが一騎士に我が家を住まわせるなどー」
「一騎士?本当に情報が遅いのね。出来の悪い弟を持つのは苦労するわ。サニアは本日付で騎士になった貴方と違い昨日付。その選ばれた4人の中だけで無く過去最高の入隊階級で入ってるわ。貴方の階級の数段上の副隊長よ。第2騎士団の」
「なっ……何だって⁈本当か、サニア‼︎」
苛立ちを見せるリーンの言葉に驚いたフロイドは、思わずサニアに駆け寄る。すると、胸元に付けた獅子を象る騎士憲章に第3階梯を示す大星が1つ煌めいているのを見て、愕然とした。
「はっ……はははっ……公国の近衛騎士と同じ階梯だと……っそんな冗談が……」
「現実を見なさい。フロイド、貴方を悠々と打ち破ったこの子は、昨日起きた戦で誰よりも活躍し既に専属の部下まで居るの。巷では既に戦乙女伝説の再来と言われているわ」
「そ、それはただの噂で……」
落ち込むフロイドに追い打ちをかけるリーン。だが、流石に彼が可哀想になりサニアが止めに入ると、フロイドは立ち上がり強く拳を握りしめてサニアに頭を下げた。
「先の無礼……お許し下さい……サニア副隊長……っ‼︎」
「そんな、フロイド様その様に改まらなくても……」
「サニア、良いのよ。これがこの子にとって良い発破になるんだし。それよりサニアの部屋を案内するわ」
リーンは悔しさで項垂れるフロイドを放置し、サニアを連れて部屋を出る。だが、サニアはその拳から僅かに滴る血を見つめ、困った表情を見せていた。
ローズテイル邸は代々女当主が務めていたらしく、部屋を出た先の廊下には先代の当主達の絵が飾られていた。その中でも一際色彩鮮やかに描かれているリーンの額の下には13代と書かれており、ローズテイル邸が如何に由緒正しいのかを表していた。
「ここが紅玉ちゃんの部屋よ。私の部屋の隣だから何か困った事があれば呼んで頂戴」
「わかりました。何から何までありがとうございます」
一礼をしたサニアは早速扉を開きー
「あの、何ですかこの広さは⁈わ、私小屋程度の広さで宜しいのですが⁈」
「え、ここ私の部屋より小さいのだけど……と言うより小屋程度の部屋なんてここには無いわよ」
慌てふためくサニアが可愛いのか、微笑みながら返したリーンはそのまま自室ーと言っても10m以上離れた位置にある扉へと向かった。その言葉に愕然としたサニアは、結局その部屋に入り豪華な装飾が施されたソファに腰掛け、縮こまりながら周りを見渡した。
暫くすると、部屋の扉がノックされたのでサニアは慌てて扉を開けに行く。すると、ドレスに着替えたリーンとその後ろで笑顔を振りまくメイドが中に入り、先程サニアが座っていたソファに腰をかけた。
「さて、これから紅玉ちゃんの服を買わせるのだけど。この場で寸法を測ってこの子に行かせるから皮鎧を脱いで頂戴?」
「へっ⁈そ、そんな私に服なんて……布切れで充分ですよ⁈」
慌てふためくサニアの言葉にリーンがピクリと指を動かす。そして立ち上がり、サニアに顔を近づけて言い放った。
「ダメよ。いい?女の子はね、騎士であろうとも華やかであるべきなの。いい?大体こんなに素体の良い子が布切れで生活していたなんて考えれない位なの。貴女は見た目も良いのだから着飾ってなんぼなのよ」
「はっはひ…」
余りにも凄みを出すリーンに、デァバート邸のマリーを越えた恐怖を覚えたサニアは、必死に頷く。するとそれに満足したリーンは、薔薇の香りを振り撒きながら体勢を戻し早速メイドに寸法を測らせる。着ている皮鎧を剥がれ、胸と腰の布当て姿にされたサニアは隅から隅まで測られ、皮鎧はそのまま天日干しの為に回収された。
衣服が無くなったサニアはとりあえず先程測った寸法に近いリーンのお古を着ることに。だが、出るところが出ているリーンに対し背も体も小さなサニアが着れたのは、リーンが12歳の頃に着ていたドレスとなり、それを着たサニアは耳まで赤くしながら縮こまった。
「こ、この様なドレスなんて私には……っ」
「可愛らしくて素敵よ。ついでにコサージュも……良いわ。似合ってるじゃないの‼︎」
白いドレスに真っ赤な薔薇のコサージュを付けたサニアは、姿見で自分の姿を見て驚きの表情を見せ、それを見たリーンが微笑んだ。
「ドレスの着方は覚えたかしら?着れるようになる迄は紅玉ちゃんに専属のメイドを付けるわね」
「あ、えっ……ありがとうございますっ」
下手に断ると先程の様な威圧を受けると悟ったサニアは素直に礼を言うと、着慣れぬドレスを2度、3度とヒラヒラとはためかせては普段は感じない違和感を確かめていた。
「ドレスの着心地は?」
「何だか不思議ですね。可憐な少女にでもなった気分です」
「あら、花も恥じらううら若き乙女が何を」
「リーン様こそ美しいではないですか。夜襲の際騎士達がギラン様ではなくリーン様の所に行きたかったと話してましたよ」
「ふふっ、私の所は女騎士が多いのよ。逆にギランの所に行きたがってるわ」
2人はソファに腰をかけて談笑を交わす。すると、先程のメイドはいつの間にか居なくなっており、代わりに別のメイドが現れ紅茶を淹れ持って来ていた。その後、たわいも無い雑談を交わした後リーンが部屋を後にする。それを見送ったサニアは、一先ず昨日の疲れを癒す為に薔薇の装飾が施されたベッドに横たわり、睡眠を取り始めた。