大いなる一歩。その道の始まり。
朝霧止まぬ早朝。
その身を起こし、動きやすい衣服に着替えて山道を走り出す少女が1人。
サニア・ローレン
まだ、幼さの残るその顔立ちとは裏腹に、鍛えられた四肢は一流の騎士を目指す彼女にとっては自慢の肉体だった。
金色の髪を靡かせ、木々をすり抜けて走るその様はまるで風を纏っているかの如く滑らかで、リズミカルに刻む足音は1つもブレること無く大きな墓標が立ててある丘を目指す。
戦乙女『シルビア・コルベニス』ここに眠る。
自身の身長より高く建てられていた墓標も、いつの日にか自分の背丈よりも小さくなった。
齢4つにして目指した騎士の道。長く激しい修行を乗り越え、齢19にして公国騎士団に入ったサニアにとって、この墓標は思い出の地でもあり、亡き両親が教えてくれた伝説の女性が眠る丘であった。
その丘でサニアは1人、そっと呟く。まるで歌うかの様に。風に乗せ、その決意は天へと登る。
「貴女の眠るこの丘で、貴女の名前を私が継ぎます。それは今日ではないかもしれませんが、私が死に行くその日までに、貴女の名前を私が継ぎます。それまではさようなら。さようなら。」
言葉を紡ぎ終えたサニアは、金色の髪を少し切り、切った髪を墓標に乗せる。髪はやがて風に乗りこの場から消え去るだろう。それでも、その一本が天から見守る両親や戦乙女に届く様に願いを込め、彼女は墓標に背を向ける。新たな一歩を踏み出す為。
再び風になったサニアは、自身の住む山小屋へとその身を戻す。誰もいないその家には彼女が幼い頃から1人で生きる為に学んだ知恵の数々が残されていた。
山菜の図鑑や狩猟用の弓、薪を割る為の斧や枝葉を切り分ける剣。ありとあらゆる道具が揃い、その1つ1つを丁寧に磨き上げたサニアは、もう2度と戻らぬであろうこの家から弓矢と鏃、剣を担ぎ、装いを新たに10キロはあろう道のりを歩き出す。目指すは大陸一の主要国家。アルトリア公国であった。
アルトリア公国では、毎年2回選定試験が行われる。この国の成人は19より認められている為、今年から選定試験を受ける事が出来るサニアは、初めての事に緊張した面持ちをしていた。
だが、彼女とて何の勉学もせず試験に臨む訳ではない。選定試験は必ず実技試験方式で行われている為、実力のある者のみが選ばれていた。その為に彼女はありとあらゆる武術を習い、模倣し、自らの為に習得してきた。実技試験試験ならば余裕を持てるレベルであった。
とはいえ、誰からの推薦もなく、家柄もない彼女にとって、その道は険しいものだとも分かっていた。実際、選定試験に合格するのは大体が貴族の跡取りか、騎士団長の息子等実力が伴わなくても裏口で入る人間が多い。そんな中で残り限られた枠に入るには、必要以上に力を示さなければならなかった。
加えて、無名の者には大体が得意武器以外の使用を求められる。その為、普段以上に実力が発揮されない事が多いのだ。
だが、サニアにとってそれは好都合であり、苦手な武器等存在しない程には武術を嗜んできた。つまり、どの武器がきても困る事はなかった。
公国までの道のり半ばにして、漸く朝霧が晴れ、健やかな朝日を拝む事が出来た。
この様子ならば選定試験には余裕を持って間に合うだろう。だが、お伽話でも油断をして間に合わなかった事を描かれた話もある位だ。気を引き締めつつサニアはその足を再び動かす。すると、公国行きの文通馬車の第一便が道中を走っている光景を見る。サニアにとって馬は狩りの相棒であった為、馬車を引いて走るその様は物珍しいものがあった。すると、馬車乗りの男がこちらに気づく。
「おはようお嬢さん。選定試験へと向かっているのかい?」
「おはようございます。その通りです。」
軽い挨拶を交わし、応援をした後馬車は走り去っていく。何とも心温かい人であろうか。見知らぬ人を応援するその姿はまるで、騎士団見習いとも言うべき自分を祝福している様だった。
だが、それは馬車乗りの男だけではない。道行く百姓や野菜売りの人、公国に守られている郊外の国民にとって騎士団は他国に対する抑止力であり、悪党をも退ける正義を表した姿そのものであった。
その騎士団に入らんとする人間を応援しない訳がない。彼らにとって騎士団候補もまた、正義なのだ。