第1話 現実よ、今夢へと変われ!
遅刻しそうで急いでる時ほど、必ず何らかの障害が普段は何もない道にドーンと立ちはだかるものだ。うん、知ってる。
ついさっき口の中に押し込んだバターロールと牛乳がろくろく噛み切れてもいないというのに、私の目の前にいきなり飛び出してきた男は何の脈絡もなく私に乙女ゲーのテストゲーマーになってくれと叫んでいる。
よれよれのボロボロで、たった今、開発室から命からがら這い出してきました、という凄まじい格好で。
「時間ないんで、またでお願いします!!」
喉に詰まりそうなパンと牛乳の塊を思い切ってごくりと飲み込み、やっとのことで叫んで男の脇を猛ダッシュで駆け抜けようとした途端、もの凄い力で肘をとらえられた。
「な、何するんですか!?私が追試に遅刻しちゃったらどーすんですか!?留年しちゃったら一生恨みますよ!?」
留年するほど欠席遅刻赤点しまくってるんだ、とぼそりと男が言った。
うるさい。うるさい。うるさーい!!
この変質者、と叫ぼうとした途端、男はいきなり私の前に恭しく跪いた。
その手には何故か、プラチナのティアラがある。
「これはね、僕が開発した、君のようなどうしようもない留年寸前の垢抜けない女の子をヒロインに変えるツールなんだ!!」
思わず蹴った。ええ、迷わず蹴り倒した。何よ文句あんの!?
「これをつければ、君は多分5名+αの素敵なオジサマ達と恋に落ちる!」
地面に倒れたゲーム開発者と名乗る男は、性懲りもなくしゅたっと元通り跪く。
多分て。
「そしてそれは、ゲームでなくて現実になるんだ!!」
お話を詳しく伺った結果、私はその男のいう未曽有の人体実験、もとい乙女ゲーのテストゲーマーと化すことにした。
この開発者・・・阿久津と名乗った・・・が言うには、これは最先端の魔術とITテクノロジーを完全融合させたナントカで、発売にこぎつける為にも、私のようなフツー以下の、ありていに言えばダサイくて馬鹿っぽそうな女の子に是非最初のテストプレイを担当してほしいそうだ。
この間、蹴り倒すこと7回。それでも奴はめげなかった。
そして、私は阿久津からこのティアラをかぶせてもらって、乙女ゲーのヒロインとなったのであった・・・。
しかし何も起こらなかった。
「阿久津さん!?ねえ阿久津さん!?何にも起こりませんけどー!?さっき僕と契約して現実ごとヒロインになってよって言ったのは、あれは嘘だったんですか!?」
私は遠慮会釈なく、傍にいたよれよれの開発者の襟首をつかんでぶんぶん揺さぶった。
「まあ、まってよ君。そんな急に物事がさくさく進むわけないじゃないか。だってこれは現実と厳密にリンクした超ハイレベルのゲームなんだよ?君がもし登場するイケメンをうまく攻略して結婚にまで持ち込めれば、それがそのまま現実になる、そんな壮大なゲームなんだから」
「じゃやめる!」
私はあっさりと頭からプラチナのティアラを外そうとした。
「ちょ、ちょっと待って!!起動したばかりだから、ゲームと現実がリンクするまでに少しロード時間がかかってるんだよ!!待ってる間に説明書でも読んでて、説明書!!」
阿久津の手が何もない空中をちょんとつついた。
その途端、つつかれた周囲1メートル四方の範囲に何故かディスプレイが展開する。
一発で、私は信じた。この男の言っていることは多分本当だと。
【 絶対ダンディGET!! 】
ばーんと空中ディスプレイに表示された文字がてかてか光っている。
「ダサっ!?」
あまりのダサさに思わず引いたら阿久津にぱーんと頭をはたかれた。
「これはあくまでも世を忍ぶ(仮)の題なんだよ(仮)の!!完徹明けの頭でろくなタイトル思いつくわけないだろおおおおおお!?」
「じゃあ(仮)って書いといてよ(仮)てええええええええ!?」
「そんなこと言うなら、なんかもっといいタイトル考えてよ、年頃のオンナノコでしょおおおお!?」
はたから見たら本当に迷惑なドツキ漫才を幹線道路脇の歩道で繰り広げているうちに、画面がぱっと切り替わった。
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【本ゲームの概略】
主人公(基本設定:16歳 ※シナリオによっては、年齢が10~20代に変化する場合があります)より最低でも15歳は年上のオジ様方を攻略してしまおうという、ところによっては犯罪になりかねない無茶苦茶ゲー。下手をすると最愛キャラが目の前で逮捕されます。エロシーンになだれ込むときは、ゲーム上でもリアル上でも周囲をよく確認することを忘れずに。これを怠るといろいろ深刻なダメージを受けます。
全キャラ攻略できたあなたには「おじさマスター」の称号が贈呈されます。
なお、主人公の生い立ち、社会的地位、容姿、胸の大小はあなたのこれまでの行いに左右されます。現実社会で積極的に募金やボランティアといった善行に励んでおきましょう。
【攻略キャラ】
★ダンディ系
きっちりスーツの英国貴族。もちろん紳士でお金持ち。友達のお父さんで著名企業の社長。
★無頼系
元軍人。マフィアのボスとは仇敵同士。酷く冷めた性格。
アフガンの戦場で喉に大怪我をしており、非常に聞き取りづらいかすれ声で喋る。
★犯罪組織系
マフィア、あるいはその筋のボス。傲慢で貪欲で己の欲望のままに動く。
★癒し系
幼稚園の保父さん。いつもぽふっと頭をなでてくれる。眼鏡さん。
★知的系
時折何かアヤしいことを口走る大学教授(ドS変態系)。仏蘭西アングラ文化の第一人者。
★格闘技系
総合格闘技がオリンピックに追加されて初めての金メダリスト。試合での怪我がもとですでに引退。でもお前くらいはまだ守れると言い張る。
なお、上記は開発中の為、適宜変更が入る場合が多多ございます。ご了承ください。
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「なんかさー、全部結婚するには不向きじゃない?フツーの人がいないよフツーの人が!」
「ふむふむ、フツーのひとねー。貴重なご意見感謝。ねえ、普通の人と結婚するゲームって楽しいの?」
首を傾げる阿久津。
・・・世の中そのためだけに、毎日毎日命張ってる姐さん方が何万人いると思ってるんだよ。
「楽しいよー?優しい旦那さん属性とか、大金持ちの次期社長候補のイケメンとか、もっといろいろ追加してよー」
「・・・善処します・・・」
こいつ、奥さんどころか彼女もいないな・・・。
その時、いきなり教会の鐘の音・・・カンパネラのような音があたりに響き渡った。
「あ、始まった!」
阿久津が言う。
「え!?」
あたりをきょろきょろ見回した途端、いきなりすっかり日が落ちて夕方になっている。
この男に呼び止められてから、正味10分程度しか経っていないというのに。
朝が、夕方になっている。
私は唐突に思い出した。
今日はバーでバイトの日だったってことを。