整形疑惑
やや暗めのコメディです。
昔から“整った顔立ちをしている”とよく言われる。ただし、私はそれで自分を美人だと思った事は一度もないし、良い思いをした記憶もない。私の場合、この“整った顔立ち”とはどうやら悪口の部類に入るらしく、その風貌は石膏で固めた顔のような堅い印象を相手に与え、よく過剰に真面目な性格だと勘違いをされる。近しい関係になってから「こんなに軽い性格の人だとは思わなかった」と何度か言われた事があった。
だから、顔については嫌な思い出の方が多い。中でも、大学時代の思い出は最悪だった。
二年になってから知り合った一人に、風貌に関する審美眼に自信を持ち、周囲からもそう思われている女生徒がいた。彼女は芸能人などについて「この女優は化粧が巧いだけ」とか「あのアイドルは絶対に整形している」とか色々と判断を下し、悦に入っているような類の人種だったのだ。なんでも、彼女が整形していると言った芸能人が、実際雑誌で整形疑惑を取り上げられたのだとか。
私はそれを話半分で聞いていた。証拠が雑誌の記事では信憑性は低いのではないかと思っていたし、そもそもそういった話題にあまり興味がなかったからだ。
彼女とは偶に会うくらいで、ほとんど接点はなかったし、それでもあまり困らなかった。ところが、ある日に友人の一人から私はこんな話を聞いたのだ。
「彼女が、あなたは絶対に整形しているって言っていたわよ」
私はその話に驚いてしまった。全く身に覚えがなかったからだ。どうせ私の特徴的な顔立ちから印象で判断したのだろうと、だからそれを聞いて私はそう思った。
正直に言えば怒りを覚えたが、それで短絡的に文句を言うのも大人気ないと思ったので、私は彼女のその発言を「もし、整形するなら、もっと美人にしているわよ。整形してこれじゃ、お金がもったいないじゃない」と、そう冗談っぽく否定してみた。それで治まるだろうと、軽く考えていた。ところが、相手は大人気ある対応をしてはくれなかったのだった。
「絶対、整形しているのに、嘘を言っている」
プライドを守る為だろうか、頑として自分の主張を曲げなかったのだ。私は言われのない疑惑をかけられた上に人格を否定され流石に怒った。すると、彼女は「それなら整形していない証拠を見せてみろ」とそう言って来たのだ。
それで私は「美容整形手術を受けるような経済的余裕などない」と説明したり、昔から私を知っている友達に証言してもらったり、昔の写真を見せたりと色々と手を尽くしたのだが「そんな事は何の証拠にもならない」と突っぱねられてしまった。私は写真に写ると少々印象が変わるから、その所為もあったのかもしれないが、“なんて、思い込みの激しい人だろう”と、当時そう思ったのを覚えている。
後で知った事なのだが、“無い事”を証明するのは非常に難しいのが普通なので“有る”と主張する側が証明責任を負うのが、一般的なのだそうだ。ただ、当時の私はそんな事はまったく知らなかったから、何も言い返す事はできなかった。もちろん、整形疑惑を認めもしなかったが。
それ以降、彼女との関係は非常に悪くなった。彼女と仲の良い友人と会うのがそれで気まずくなってしまった。いい迷惑だった。彼女の事は元からそれほど好きではなかったが、喧嘩をするつもりはなかったのに。
その整形疑惑の所為かどうかは分からないが、大学時代には私は恋人ができなかった。しかし、大学を卒業して社会に出ると、直ぐに良い人と巡り合い、私は目出度く結婚する事ができた。そして、娘が一人産まれ、幼稚園に上がる頃になって、大学の同窓会の通知が来たのだ。
恐らく、“彼女”も来るのだろう。
それを見て嫌な思い出が蘇り、育児を理由にして同窓会への出席を断ろうかと私は考えた。だが、そこで娘を見て考えが変わった。
娘は私に非常によく似ているのだ。
“――この子を見せれば、私が整形をしていないと、流石の彼女も認めざるを得ないのではないだろうか”
そう、私は考えたのである。
同窓会には、子供を連れて来ている親もそれなりにいて、私は特別変には思われなかった。これなら自然に彼女に私とそっくりの我が娘を見せられると喜び、私は彼女を探した。彼女は直ぐに分かった。学生時代とあまり変わっていなかった。
私はこれ見よがしに娘を抱き上げると、彼女に見せに行った。
彼女は娘を見ると、目を丸くする。
“やった”と、私は思った。整形疑惑がこれでようやく晴れると。しかし、それから彼女はこう言ったのだ。
「あなた、自分の娘にまで整形したの?」
私はそれを聞いて、これはもう何をやっても無駄かとそう思った。
女の人で、こんな被害に遭ってる人っていそうですよね。
少し前に、警察から脅しのような取り調べを受けた人がいるというニュースが流れていたのですが(その人は、その内容を録音していた)、警官は「やっていない事を証明してみろ」とその人に対して言っていました。
作中で書いた通り、「無い事」の証明は非常に難しいため「有る」と主張する側が証明責任を負うのが普通なので、もし同じ様な事を言われたら、そう返してやりましょう。