6話 帰還
「ん……」
目覚めると、そこは俺の部屋だった。
ジージの家の、ではない。正真正銘、俺が幼少から生まれ育った家の、俺の私物で埋まった部屋。そこのベッドで俺は眠っていた。
上半身を起き上がらせて見回せば、蛍光灯も、パソコンも、デジタル時計もある。魔法では無く科学の発達した世界。
はっとなって、俺は枕元のデジタル時計を手に取った。
日付は異世界に飛ばされる前のもの。服装もまた、その時のままだった。
俺は溜め息を吐いた。
「……だよな」
いわゆる夢オチ。そういうことなんだろう。
窓の外からは夕日が差し込んでいた。半日程寝てしまっていたらしい。
「夢……か」
酷い夢だった。
異世界に召喚されたはいいが、特別な力に目覚めるわけでもなく、一年掛けて修行して力を付けるだなんて。
俺はしばらくベッドに座ったまま、外から差し込む夕日をぼんやりと眺め続けていた。
すると、不意に扉が開けられて、母さんが入って来た。
夢のせいで時間間隔が狂ったのだろうか、母さんの顔を酷く懐かしく感じる。
「お帰り、母さん」
「風……太?」
「うん? どうしたの母さん」
母さんはしばらく呆けたような顔をしていたが、やがて涙を溢れさせ、
「風太!」
駆け寄って来て、とても力強く抱き締められた。
「どこ行ってたのよ! 馬鹿息子! 母さんも父さんも、凄く心配してたんだからね!」
「母さん!? どうしたの!?」
「それはこっちの台詞よ!」
そう言って、母さんは俺を抱き締めてわんわん泣いた。
俺は戸惑うばかりで、母さんの背中を撫でて慰めることしか出来ない。
小一時間程して泣き止み、落ち着いて来た頃に、母さんは言った。
「それで、あんたは結局、一年もどこ行ってたの……?」
「一年……?」
「そうよ。去年の今日に居なくなって、一年間家出してたんでしょ。それで、私が仕事へ行ってる時に、近所の人が玄関前で、風太が変な剣を持って倒れてるのを見つけて……」
「母さん」
俺はベッドから立ち上がる。
「何? どうしたの?」
「その剣ってさ、今どこにあるの」
「とりあえず、家の中に入れて、玄関に置いてあるけど……あっ、ちょっと風太!?」
自室を飛び出して、俺は階段を駆け下りる。
転びそうになりながら、それでも足を止めず、玄関に向かう。
暗くなった玄関の明かりを点けた。
玄関の壁に、それは立て掛けてあった。
柄とか鞘とかには小さな傷が一杯あって、金属部分はくすんでいて、非常に年期を感じさせる代物。お世辞にも格好良いとは言えない。
そんな聖剣らしくない聖剣『エターナルエイト』が、鈍く刃を輝かせていた。
俺はその柄を両手で握って持ち上げる。重かったが、それでも両手でしっかりと構えることが出来た。
「あは……あはは!」
俺はもう堪え切れなかった。
「あははは――!」
ひたすら笑った。笑い過ぎて、涙がぽろぽろと零れて止まらなかった。
後ろで俺を見ていた母さんが、
「あっ、実はですね、ウチの息子が頭をおかしくしてしまったようでして――」
と119番の電話を掛けていても、俺は構わず笑い続けた。
――俺でも頑張れば、スライムの一匹くらいは倒すことが出来るのだ。
翌日、俺は高校の制服を着て、鞄を肩に掛け、玄関の扉の前に立っていた。
扉を開けると、足元には室内と室外を分ける境界線――玄関の敷居がある。
一年前、俺はここを跨ぐ事が出来ずに居た。
少し緊張する。けれど。
俺は視線を傘立てにやった。
そこには古びた聖剣が立て掛けてある。
それを見ると、気持ちが落ち着いて行くのを感じた。
俺は一度深呼吸をしてから、
「よし!」
ゆっくりと足を動かす。震えてはいなかった。
そして、玄関から外に一歩踏み出す。
大丈夫、怖くない。
石川くんの顔を思い浮かべても、それは同様だった。
あのスライムに比べれば、石川くんなんてどうってことない。
俺はそうして、歩き出す。
学校生活という新たなクエストに向かって。