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1話 ラノベ好きが引きこもりになった理由

 人がどのように成長するかは、周囲の環境が大きく影響していると、俺は思う。

 例えば俺――室崎風太むろさき ふうたが高校に行かず、部屋に引きこもるようになったのは、中学の時に同級生からイジメられたのが原因だ。

 じゃあ、そのイジメが何から始まったのかというと――

 ちょうど中学二年生の時期に、ライトノベルにハマりだしたのが原因だった。

 『幼馴染みはじめました!』というタイトルのラブコメディーで、最近のライトノベルでは当たり前だが、表紙に可愛い女の子の絵が描かれていた。

 もともとそんなに友達の数も多くなく、クラスの中でも目立たないポジションでひっそりと過ごしていた俺は、親しい友人が別のクラスに居ることもあって、休み時間等に一人でライトノベルを読んでいることが多かった。

 ところがある日、クラスメイトの石川くん――家がお金持ちで、ルックスはイケメン、勉強も出来て、運動神経も良く何のスポーツをやらせても大活躍する、女子からモテモテの男子生徒である彼に、ラノベのエッチな挿絵を見られてしまった。

 ブックカバーは掛けていたし、挿絵対策として事前に何ページに何のイラストがあるか分かった上で学校へ持って来ていたのだが、石川君は元々俺が何の小説を読んでいてもネタにして笑いを取るつもりで居たのだろう。おもむろに俺の席の近くへとやって来て、

「何を真面目に読んでんだよ、室崎ー」

「え?」

 バスケで相手のボールを奪い取るように、取り上げられてしまったのだ。

 で、石川くんがペラペラ捲っている内にエッチな挿絵が出て来てしまったものだから、そこからはてんやわんやの大騒ぎ。

 回し読みされ、音読され、爆笑された。

 そこで終わらせておけば、俺はまだクラスの笑い者として、イジメられるにしてもネタとしてイジられる方向で済んでいたのかもしれない。

 ただ俺は、

「ひー、笑い過ぎて腹痛てー! なんだよこれ、ただのエロ小説じゃねぇか!」

 石川くんのその一言だけは、どうしても堪えられなかった。

 それまで黙っていたのは、もともと校則違反にも当たるであろうライトノベルを持って来ていた俺にも非があったし、ひょっとしたらこういうクラスの笑い者になり兼ねないリスクを踏まえた上で読んでいたのだから、こういう事態になったのは自分に責任があると言えた。

 しかし、『幼馴染みはじめました!』という作品が馬鹿にされるのだけは堪えられなかった。

「ただの……エロ小説じゃない……!」

「あ?」

 俺がライトノベルにハマり出すきっかけとなった『幼馴染みはじめました!』は、確かに読者サービスとしてのエッチなシーンも少なくない。けれど、断じてエロ小説等では無い。

 頭の中で張り詰めていた我慢の糸がはち切れ、俺は腹の底から叫んでいた。

「その小説は、人の心を動かす力を持った凄い作品だぁぁぁ――ッ!」

「む、室崎!?」

「確かに挿絵はエロい。だからこそ『幼馴染みはじめました!』は多くの男性に読まれる結果となったことは間違いない。だけど、それだけじゃない! その作品には作者の幼馴染みに対する愛が溢れている。ヒロインは偽者の幼馴染みだからこそ、本物の幼馴染みよりも魅力的に輝いて、幼馴染みを持たない男性読者の心を打つんだ。その繊細な心情描写は、純文学にだって劣るものじゃない」

「な、何言ってんだお前……」

「だから、ろくに中身も読んでない奴が、その作品を馬鹿にするな! その作品には――」

 俺は立ち上がって、石川くんの目を見て言った。

「エロも感動もあるんだよッ!」

 翌日から、俺のあだ名は『エロ崎』になった。




 そうしてクラスで虐められる日々は始まった。

 石川くんが中心となってクラスの男子を裏から動かして、上履きは捨てられるわ、教科書は捨てられるわ、先生にチクれば体育館倉庫でリンチに合うわ。学校にラノベを持って行くと破り捨てられそうな気がしたので、最初に鞄が行方不明になった日から学校で読むのは止めた。

 性的な悪戯をされなかったという点については、男に生まれたことと、石川くんに捻くれた性癖が無かったことに感謝すべきだろう。おかげで俺は、今日も童貞のままで済んでいる。

 ただ、パシリだけは絶対に拒否した。そんなことをしたら、自分が虐められている立場だと認めてしまうようなものだ。それはつまり『幼馴染みはじめました!』がただのエロ小説だったということを肯定するに他ならない。

 それだけは絶対に嫌だった。

 だって、他人から見れば下らないことかもしれないけれど、俺は思うのだ。

 ――ラノベの何が悪いって言うんだ。面白いじゃねぇかラノベ。

 どれだけ殴られても、蹴られても、惨めな目にあっても、好きなものを嫌いにはなれなかった。




 高校に入ったら、俺は文芸部にでも入って、自分でもラノベを書こうと思っていた。

 そこでならきっと、ラノベの良さを語れる仲間達と出会えるはずだ。

 毎日イジメに耐えながら、俺はそんな夢を持って勉強に励んだ。石川くんが県立の進学校に行くと自慢していたので、俺は被らないように私立の高校を選んで受験、無事に受かった。

 卒業の時、これであのイジメから逃れられると思うと、感無量で涙が零れてしまった。

 イジメのせいで友達は一人も居なくなったが、イジメのおかげで中学の内から社会の厳しさを知れたと思えば、石川くんとハグだって出来る気がする。いや、頼まれたって嫌だけど。

 そんなわけで俺は晴れやかな気持ちで高校デビューをしようと思っていたのだが、

「美空木中学から来ました、石川優護いしかわ ゆうごです。友達と一緒に過ごす楽しい時間が好きです。ボクシング部に入部しようと思ってます。そんなわけで友達を絶賛募集中です、皆これから三年間よろしく!」

 石川くんはよりによって、俺と同じ高校に進学して来た。石川くんは頭が良かったが、中学三年生の時に女遊びにふけって成績を落とし、本命の県立高校に落ちやがったのだ。

 しかもよりによって同じクラス。そして石川くんは高校に入っても、俺というオモチャを手離す気は無いらしく、

「オラァ!」

 入学初日に俺を体育館裏に呼び出して、春休みに練習でもしていたのか強烈な右ストレートをお見舞いして来た。

「っ……何すんだよ、石川くん……」

「いや、高校に入って何か生まれ変わったような顔をしてやがっから、挨拶代わりに改めて教えとこうと思ってさ。お前がどういう立場なのかってことを」

「……石川くんは、俺にどうしろって言うんだ」

「なに、簡単なことでさ。中学の時みたいに周囲にエロ小説読んでんのがバレて、イジメられたく無かったら……後は分かるな?」

「つまり、パシリでもしろって?」

「そこまでは言わねぇけど、まあ、お互い楽しい高校生活を送る為に、協力し合おうぜ園崎くん?」

 石川くんは二年間も俺をイジメていたのに、全然理解していないのか。

 キッパリと言う。

「絶対に嫌だ」

 パシるわけねぇだろ、ラノベをエロ小説としか言わない奴に。

「テメェ……!」

 その翌日、石川くんはクラスで俺の名前を上げて、

「こいつ、中学の頃、エロ崎って呼ばれててさー!」

 中学時代のことを好き放題に脚色して、『エロ崎』というあだ名を浸透させたのだった。

 その日を境にして、俺はまたクラスで虐められる立場になった。




 それでもまだ堪えられたのは、文芸部という部活動に入るという希望があったからに他ならない。

 教室では駄目でも、ここに入ってラノベを読んで書ければそれで良かった。石川くんもボクシング部に入るようだし、放課後まで俺に構う程暇では無くなるだろう。

 それにここには、同級生の美少女――静峰蓉子しずみね ようこさんも居る。長い艶やな黒髪に整った顔立ち、加えてグラマーなスタイルの持ち主で、入学初日からとんでもない美少女が居ると噂になっていた程だ。

 入学初日の部活見学で一緒になり、ジャンルは違うけど少女小説が好きで、話も合い、共に文芸部に入ることになったのだ。それこそまるでラノベのようなシチュエーションだった。

 彼女は俺が意を決してラノベが好きだと告白しても、「そうなんだ」と言って微笑み、馬鹿にすることは無かった。それは中学の時に夢見ていた、ラノベを理解してくれる仲間との出会い。油断すると涙が零れそうな程に嬉しかった。

 だから、文芸部さえあれば、俺は三年間やって行ける。そう思っていた。

 入学から一週間も経たないある日、文芸部の部室に入って、

「やあ、室崎くん」

 石川くんが静峰さんの隣に座っているのを見るまでは。

 自身の顔からサーッと血の気が引いて行くのが分かった。

「い、石川くん、どうして……。君はボクシング部に入るはずじゃ……」

「まあ、そうだったんだけど。静峰さんの小説を読んだら感動しちゃってさぁ、俺も一から勉強して、こんな小説を書けるようになりたいなと思って」

 絶対に嘘だ。

 静峰さんの女性らしい繊細な心情描写で綴られた小説を理解して『感動した』などとほざく感性をこいつが持っているとは到底思えない。中学の頃に散々女をヤリ捨てていたこいつが、静峰さんが描く優しい世界に感情移入出来るはずがない。

 こいつはただ、『静峰さんに近付く為』にここへ来ただけだ。

 吐き気のするような外面ばかりの爽やかな笑みを浮べて、

「そんなわけで、今日から文芸部に入ることにしたんだ」

 静峰さんは天使のように無垢な笑顔で言う。

「石川くん、園崎くんのクラスメイトなんですってね。入学したばかりでこんなに小説に理解のある人達に出会えるなんて嘘みたいな偶然ね。今日から三人で仲良くしましょうね」

「うん、そうだね」

 白い歯を覗かせながら頷く石川くん。

「……」

 俺は言葉を発せられず、必死に口角を上げることしか出来なかった。

 多分、目は笑っていなかったと思う。というか、おそらく絶望で死んでいた。

 そうして俺は、翌日から学校に通わなくなった。

 家に篭って、ライトノベルをネットで注文しては読み、それでも足りなかったらインターネットで小説の投稿サイトを巡って、色んな作品を読み漁るようになった。

 それを寝て起きては繰り返す。毎日、毎日毎日毎日毎日。

 自分ではライトノベルを書けなくなった。書こうと思って、パソコンのワードを開いても一行だって書けはしない。夢や希望の詰まった作品を自分で書けるとは思えなかった。

 ゴールデンウィークが過ぎて六月に入る頃、俺はある小説に登場する単語を見て気付く。

『引きこもり』という五文字の単語だ。

 ――ああ、そうか俺は……。

 世で言う引きこもりになったのだ。

 考えが至った瞬間、俺の視界は歪んで、瞳から涙がぽろぽろと落ちてキーボードを濡らした。

 自分が情けなくて仕方が無かった。

 結局、俺は二年も抵抗した末に、石川くんから逃げ出したのだ。

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