第3話
アンデット。みんなは聞き馴染みのない単語だろう。
もう既に死んでいるのに動いてる存在。それをアンデットと呼んでいる。
有名なところでは、ゾンビ。あれもアンデッドだ。
アンデッドの中でも、最強のアンデッド、それは不死の王"ノーライフキング"、と呼ばれている。
今回あたしたちはアンデッドのいる遺跡の探索に向かうこととなった。
トレジャーハンター少女、ミィナ、今日もお宝、ゲットするぞー!
あたしは今滞在している村の近くにあったトレジャーハンターギルドの支部に入っていった。
路銀はまだまだたっぷりあったけど、稼げるときに稼いでおかないと、世の中、何が起こるか分からない。
近くの宿にゼクスには待機してもらって、あたし一人でここに来ることにした。ゼクスはトレジャーハンターギルド会員じゃないしね。部外者を連れてくるより、あたし一人の方がギルドから色々情報が聞きだせると思ったからだ。
ゼクスとはあたしの相棒の、寡黙な双剣使いの剣士だ。剣の腕前は超一流。最初は一人で、各地を旅し、傭兵みたいなことをしてたらしい。王族とも、何やら因縁があるみたいだ。……と言っても本人は過去を語らないので、あくまであたしの妄想内の設定だけど。これは。まあ、超一流の剣士なのは確か!
そういうあたしは、天涯孤独だったトレジャーハンターの少女! あたしも最初は一人で孤独に、各地の遺跡からお宝を頂いていた。でも、ある日、ゼクスと出会い、あたしの猛烈アピールで、あたしとゼクスはコンビ結成となった。つまり、ゼクスはもうあたしの唯一無二のパートナーだ。
あたしたちは二人でコンビを組んで、色々な仕事をこなしてきた。でも、あたしとゼクスの距離が縮んだかというと、良く分からない。
とりあえず、あたしは真っ直ぐ受付嬢のところに向かう。
うわ、凄い可愛い女の子!
あたしもトレジャーハンターにしては見た目に気合入れて凄いフリフリなミニなスカートの服を着てるけど、この受付の女の子は何と言うか、スカートを履いてなくて女の子らしい装いとか全然してないのに、凄い可愛い。素材があたしと違う!
いいなー、羨ましいなー。
いけない、いけない、それより仕事の話。
あたしは受付の女の子に尋ねた。
「あの、この辺りで何か手ごろな仕事ありませんか?」
「はい? お仕事ですか?」
受付の女の子は不信そうにあたしのことをじろじろ見る。あたしのこの可愛い服装じゃ、あんまりトレジャーハンターには見えないもんね。あたしはトレジャーハンターの身分書を提示した。
「あたし、ギルドの正式な認定をもらったトレジャーハンターなんです」
「どれどれ……うわ、すごーい、A+ランクだ!」
受付の女の子は感心したように、あたしの身分書を見た。
えへん、色々頑張って実績作ってきたからね。Aランクまでのぼりつめるのに、どれだけ苦労したことか!
「うーん、Aランクの未探索の遺跡はこの近くにないですね。でも、Bランクの方にぴったりの遺跡だったら、近くで見つかってますけど……」
「それでいいわ! その資料、ちょーだい!」
「いいんですか……? はい、こちらです」
受付の女の子は遺跡の資料を渡してくれた。
あたしは素早く資料を読み込む。うん、これなら丁度いいお小遣い稼ぎになりそうだ。
「有難うね!」
あたしは受付の女の子に礼を言うと、そのトレジャーハンターギルドを後にした。
でも、ほんと、あの受付の女の子、可愛かったなー、いいなー。
宿屋であたしの相棒のゼクスが待っていた。相棒……いい響きだなあ。思わずじーんときちゃう。
ゼクスと相棒と呼べる仲になるまで、どれだけ長い期間、かかったか!
でも、もうあたしたち、仲良しだもんね!
あたしはゼクスに笑顔で話しかけた。
「ただいまー、いいところ、見つけてきたよー」
ゼクスは冷たい目で、あたしのことを見てくる。
「それで……? どんなところだ……?」
ゼクスったら、相変わらず無表情だなあ。少しは嬉しそうにすればいいのに、折角お金儲けの話、取ってきたのに。
でも、まあ、これがゼクスだよね。愛想のいいゼクスというのも想像付かないから、いいか。
「今度行く場所は古代文明で不死の研究をしていた魔術師の研究所みたい」
「……研究所?」
「研究成果とかあったら、持って帰ってきて売って欲しいみたい。特に危険はなさそうだよー」
「期限は決まってるのか?」
「うーん、特に決まってないから、準備して、明日の朝早速出発して、探索しよう、と思ってる」
「なら、俺もそれまで自由にしてよう」
ゼクスは立ち上がり、外へ向けて歩き出した。
「ちょ、ゼクス、何してるつもり!? 特にすることないなら、一緒の買い物、付き合ってよー」
「買い物は任せた。俺は鍛錬をしている」
もー! 少しは付き合ってくれてもいいのに! ほんと、ゼクスってば、余裕ない生き方してるなあ……。
そんなにきちきち毎日真面目に生きてても、楽しくない、と思うんだけど……。あたしが少しでもゼクスに、人生の楽しさ、教えてあげられると、いいなあ。って、余計なお世話かもしれないね。
とりあえずあたしはあたしで、のんびり、買い物、楽しんでこよ!
あたしはふらり、と村の中を買い物と散策することにした。
さあ、いよいよ、遺跡を探索するぞー! あたしの存在が必要だってこと、ゼクスに思い知らせてやるんだから!
と息巻いてたけど、遺跡に入って最初の部屋を抜けた廊下のトラップを、あたし、見逃してた!?
それはテレポートの罠で、あたしとゼクスは別々の場所に飛ばされてしまった。
今はあたし一人しか、この付近にはいないみたい。
ゼクスと出会う前にはあたし、ずーっと一人で冒険してきたのに、こうしてゼクスと離れ離れになると、何だか、あって当然のものがないみたいに、何だか心細い気分になる。
早くゼクスと合流しよ。ゼクスもあたしがいなくて、あたし抜きで遺跡に放り出されて、困ってるだろうし。
あたしは罠を警戒しつつ、遺跡の中を迷子になっているゼクスを探すため、前進することにした。
前進していいんだよね……? 実は後退するのが正しいということはないよね……?
あ、いけないいけない、迷いは禁物。二者択一なら、進もう!
あたしは前進した。
しばらく廊下を歩いていると、あたしの正面の方角から、何かがカサカサと近づいてくる。
この遺跡の番人かな?
あたしは目を凝らして、動いているものを見る。
ある日、遺跡の中、クモさんに、出会った! 罠だらけの遺跡の中、クモさんに出会った!
うそー!? 虫は苦手!? 倒せない敵ではないと思うけど、虫はほんと、大嫌いなのよ!? あたしの大事な糸で触れたくないよ!?
助けて、ゼクス!
「きゃぁぁぁ!」
そのとき、あたしの前に誰かが背中を向けてあたしをクモさんから庇うように立ちはだかってくれる。
あたしも背は低い方だけど、あたしよりさらに小柄な背中。
あれ、この子……あ! あのトレジャーハンターギルドの受付の女の子だ!
何でこんなところに……?
受付の女の子は笛を取り出すと、その笛を鳴らしはじめた。
あれ、この音色、魔力が篭ってるみたい。何だか勇気が湧いてきた!
受付の女の子は笛の演奏を止めると、クモさんに笛を武器に殴りかかる。何度も何度も笛を叩き付けているうちに、クモさんは倒れて動かなくなった。
「あの……大丈夫ですか!?」
受付の女の子は心配そうに聞いてくる。
「あ、うん。クモが苦手なだけだったから……。でも、有難う! 何でここに……?」
「ごめんなさい、ミスしちゃったんです!」
受付の女の子は頭を下げる。
「ごめんなさいって、何が……?」
「あの遺跡の資料、実はSランクの遺跡の資料だったんです! さすがに危険かなあ、と思って、慌てて後を追ったのですけど、間に合わなくて、もう遺跡に入っちゃってたみたいなので……」
「いいよ、いいよ、気にしないで! もう入っちゃったものは仕方ない! この遺跡、攻略しよ! それとも、出口とか、分かるの……?」
「いえ、無我夢中で追ってきたら、テレポーターの罠に引っかかってしまったので、出口はちょっと分からないです……」
何か、この受付の女の子、すごーい、しょげてる。でも、仕方ないよね、ミスはあるし! ここはポジティブに気持ち切り替えていかないと!
あたしはにっこりと微笑んで、その子に手を差し出した。
「あたしはミィナ。もしかしたら、証明書見て知ってるかもしれないけど。16歳。トレジャーハンター暦は2年だよ」
「それじゃあ、先輩さんですね。まだ訓練を終えたばかりの新人で、今はあの支部で受付の研修中です」
「名前は?」
「サジェリ……です……」
へえー、この子、名前も可愛いなあ。いかにも可愛いらしい女の子、という感じの名前。
「愛用の武器は糸。あなたは?」
「笛での支援が得意です。一応、笛で殴って攻撃もできますけど……攻撃はさっきみたいな先輩の苦手な敵でない限り、先輩に頼らせてもらえると嬉しいです……あんまりその、攻撃は得意じゃないですから……」
サジェリは困ったようにもじもじする。そういう仕草も可愛らしい。
でも、こんな可愛い女の子に頼ってもらえるなんて、あたしも嬉しいな。妹に頼ってもらえるおねーちゃん、という感じで。
「うん、分かった! よろしくね!」
あたしは手を突き出す。サジェリはおずおずとあたしの手に自分の手をちょこんとタッチさせた。
新パーティ、結成、と。
「あたしの相棒がまだ中にいるの。その人と合流しつつ、余力あれば遺跡の宝もゲットしよ!」
「まだ相棒さんがいるのですか!? それは危険だ。早く助けないといけないですね!」
「うん、行くよ!」
「はい、先輩! 分かりました!」
あたしたちは再び、この廊下を突き進むことにした。
「遺跡の探険なんて、研修で来て依頼です。ちょっとドキドキしちゃいます……」
サジェリは落ち着かなさそうに、周囲をきょろきょろ見ている。
一方あたしは、罠を警戒しつつ、慎重に歩いている。遺跡探索はあたしの得意分野。
それよりも、早く、ゼクスを助けないと!
ゼクスはただの剣士だから、罠とかあったら、見破ったり解除とか出来ないだろうし、今頃この遺跡で途方にくれてるに違いない!
そこにあたしが颯爽と現れて、ゼクスを助けてあげるの。ゼクスはあたしのこと、尊敬し、女神さまみたいに敬うに違いない! それが楽しみ!
「何だか、先輩はすっごく、楽しそうですね……?」
サジェリがあたしの顔を見て言う。いかんいかん、あたし、つい浮かれて、にまにましてた。注意力散漫になってた!
あたしは慌てて、話題を逸らせる。ここで妄想に耽って注意力散漫になってたことがバレたら、先輩としての威厳が!
「そう言えば、さっき、あたしが戦えるかどうか聞いてきたよね? この遺跡にまだまだ色々、魔物がいるの? あと、何でこの遺跡、Sランクなの?」
「えっと、それですか? ここは実は不死王と呼ばれてた人の遺跡らしいです。不死の研究をしていて、ついには自分を生ける死体、アンデッドに変えてしまったそうです。今でも、その不死王は、この遺跡を彷徨い、財宝を狙ってやってくるトレジャーハンターたちを抹殺しているらしいです」
「不死王? アンデット? それってまさか……」
不死王の正体は不死の王"ノーライフキング"!? そんな化け物に襲われたら、いくらゼクスでも危ない! 早く、みんなでここから脱出しないと! 財宝とか言ってる場合じゃない!
「急ご! それは早く、ここから逃げないと!」
「はい! 僕も先輩と同意見です!」
あれ、この女の子、一人称、「ボク」なんだ。「ボクっ娘」なんだ。まあ、いいや、そんなこと。
でも、この遺跡、ノーライフキングが彷徨ってると分かったら、何か途端に怖くなってきた……。不死身の殺人鬼って、ほんと、ホラーの世界だよね……。怖いな、何かと遭遇しなければいいけれど……。
ぽたり。
あたしの首筋にひやりとしたものが垂れてきた。
ひゃぁぁぁぁぁ!?
「怖いよぅ……」
あたしは先輩としての威厳も忘れて、サジェリに抱きつく。
ガタガタガタ、ブルブルブル、震える。
サジェリからの反応はない。あたしは涙目で見上げた。サジェリ、何だか、顔が赤くなってる。
「どうしたの、サジェリも怖いの……?」
「そうでなくて、その、先輩、意外と胸……」
何かサジェリが言いかけて、そのとき、サジェリもひゃっと声をあげた。
そしてあたしに怯えたようにしがみついてくる。
ちょっと、突然抱きつかれても支えきれない! あたしとサジェリは地面に倒れこんだ。
「いたたぁ……サジェリ、大丈夫??」
サジェリはあたしの腰の辺りに、跨るような体勢で座り込んでいる。
あたしの顔を呆然と見下ろすと、再び顔を赤くして、あたしの上から飛び退いた。
「ごめんなさい! 何か冷たいものが首筋に垂れてきて、その……」
冷たいもの……?
ぽたん……ぽたん……。
音がする。あたしはそこを確認した。
それは天井からただの水が垂れてるみたいだけだった.
それが分かって、あたしとサジェリは顔を見合わせる。
あたしはにっこり、と笑った。
「良かったね、別にただの水だったみたい」
「そうですね……」
サジェリも安心したみたいだ。まだ少し顔が赤いけど、まあ、それはあたしの気のせいかもしれないし、ここは突っ込まなくていいか。
サジェリがあたしの上からどいてくれて、あたしとサジェリは立ち上がる。
あたしは数歩前を進むと、にっこりとサジェリに微笑みかけて、手を差し出す。
「じゃあ、いこ、サジェリ。はぐれるといけないから、手」
「え? え?」
サジェリは戸惑うようにあたしの笑顔を見て、それからおずおずとあたしの手を取った。
あたしたちはさらに遺跡を奥へと進んだ。
剣戟の音が聞こえる。ゼクスが戦っているみたいだ。あたしは音の方へ駆け出していった。慌ててサジェリも付いてくる。
そこはひろーい広間になっていた。いかにも、ラスボスの部屋、という感じの部屋だ。
そこではゼクスと腐乱した動く死体とが戦っていた。
「ゼクスっ! 大丈夫!?」
ゼクスはあたしの声に剣を振るう手を休めることなく、淡々と答える。
「心配するな。見ての通り、ぴんぴんしてる。お前はこの広間に罠がないかだけ、注意しててくれ」
ゼクスの身体は心配ないという割には、あちこちぼろぼろだった。どうやら罠を無理矢理力づくで突破してここまで来たみたいだ。さすがゼクス。ある意味、ゼクスらしい罠の突破の仕方だ。
あたしは広間を素早く見回し、何も罠がないのを確認する。それからゼクスの方へ視線を戻す。
一見、ゼクスと動く死体との戦いは、ゼクスが勝ちそうな雰囲気だった。どうやらあの死体、不死王の正体は、少なくてもノーライフキングではなかったみたい。良かったあ……。でも、あたしに荷の重い相手であることは確かだった。あたしがとても手出し出来る相手ではない。
サジェリは凛とした顔付きになると、笛を口元に当てた。
「援護します!」
笛を吹き始める。少しゼクスが驚いた顔をする。でも、ゼクスは直ぐに表情を消し、不死王に斬りかかる。その動きは以前よりもキレがいいように見えた。これもサジェリの支援のおかげだろう。
それに動く死体も気付いたのか、たじろいだように、数歩、後ずさりする。と思いきや、凄まじい速度でゼクスの脇を抜けて、サジェリ目掛けて一直線に襲い掛かってきた。
「危ない、サジェリ!?」
あたしは不死王に次々に糸を飛ばす。でも、見えてるように、不死王はあたしの糸をかわしまくった。
「お前の相手は……俺だ。忘れてもらっては困る」
背後からゼクスが不死王を斬り捨てる。そして一瞬不死王の足の止まった隙に、不死王の前に回りこんで、サジェリをお姫さま抱っこした。
「え、え!?」
サジェリは目を丸くしてる。間近でゼクスの美形の顔見てるんだもんね、それは戸惑うよね、ドキドキするよね、いいなー。いつもはそこにいるのあたしなのに。
でも、あたしもただ羨ましがってた訳ではない。不死王の動きが止まった隙に糸で不死王を縛り上げる。
「よし、良くやったぞ、ミィナ」
「ううん、それより、早く、ゼクス!」
早く不死王倒して、サジェリから離れてよ、もう!
ゼクスは少し遠い位置に下がり、サジェリを下ろすと、不死王に歩み寄って、不死王の身体を一刀両断した。
それで不死王は動かなくなった。
「良かった、ゼクス!」
あたしはゼクスに駆け寄り、飛びつこうとする。
でも、ゼクスはあたしの横をすり抜け、サジェリに駆け寄る。サジェリに抱き着く。
「大丈夫か……?」
「あの……有難うございます……」
ううん、サジェリがよろめいたから、支えてあげただけみたいだ。
「すみません、僕、怖くて、急に力が抜けてしまって……」
「いい、それなら、このまま、俺が出口まで、運んでいく」
ゼクスは再び、サジェリをお姫様だっこした。
美形のゼクスと可愛い少女のサジェリ……凄い絵になってる。
何よっ、ゼクスってば! 相手が可愛い子だからって! あたしだって、可愛いんだからね! あたしをもっと優しくしなさいよ!
ゼクスがあたしの方を見る。戸惑うように聞いてきた。
「どうした、ミィナ? 何か怒ってるように見えるぞ?」
「知らない、もう、ゼクスのばかっ!」
あたしはゼクスにチロッと舌を出してみせる。
あれ、でも、おかしいな、何をあたし、こんなに怒ってるんだろ。
ただ、ひとつ分かることは、ゼクスが悪い! それだけだ!
「いいのか、ミィナ? 宝を探さなくても」
「ここには何もないでしょ、もういいわよっ、さっさと帰りましょう!」
あたしの剣幕に、サジェリが何だか不安そうにあたしを見てる。
ごめん、サジェリのせいじゃないけど、このイライラ、あたし、止まらないんだもん。
あたしは一刻も早く、ゼクスからサジェリを引き離したくて、さっさと遺跡を後にした。
「本当に有難うございました。もうここで、大丈夫です」
村に着くと、ぺこり、と頭を下げて、サジェリはあたしたちの前から去っていった。
「うん、またね……」
かろうじてあたしは笑顔を作って、サジェリを見送る。
後にはあたしとゼクスだけが取り残される。
くるん、とあたしはゼクスに背中を向けて、無言で宿へ歩いていこうとした。
「待て」
ゼクスの声があたしを追ってくる。
あたしは振り返らない。返事もしない。
「何を、そんな、怒ってるんだ……嫉妬か……?」
嫉妬ぉ!? そんなわけないじゃない! 誰の何を嫉妬してるというのよ、あたしが。
あたしはキッとゼクスの方を振り返った。指をピッと突きつける。
「誰が嫉妬ですって! そんな訳ないわよっ!」
「そうだな、それはないか。あいつ、男だしな」
「……はぁ!? 誰と誰が男なのよ!」
「いや、サジェリ……男だろ? 気が付かなかったのか……?」
何、馬鹿なこと言ってるのよ! あんな可愛い子が男の子のはず、ないじゃない!
って、男……男……ええっ!?
ゼクスは少し呆れたように息を吐き出した。
「やっぱり、気づいてなかったのか。あいつは男だ」
「それは確かなの!? そんな、馬鹿な!?」
「一目見て男だと直ぐ分かったぞ。それに身体つきが女とは違う。男だ」
体つきって、そんなの、見て分かるんだ。
「ゼクスってば、もしかして、すごーいむっつり?」
あたしがそう聞くと、ゼクスはすごーい苦い顔をした。
「違う。それだけは断固、違う」
「ふうん、そうなんだ。むっつりなんだ」
「だから、違う」
「男の子と分かっても、ときめいちゃった? サジェリに?」
あたしはクスクス笑いながら、ゼクスの背中をぽんぽん軽く叩く。
あれ、あたし、いつの間にか、機嫌悪いの、治った? どうしてだろ? まあ、いいか。やっぱり怒ってない方が気持ちが清清しいよね。
普段ならゼクス、あたしがこんな気安くしてると、嫌そうな顔をするんだけど、今は別に嫌そうな顔をしてなかった。
「そうだな、あれだけ、可愛ければ、男と分かってても、つい」
……えっ? ええっ!?
「冗談だ」
あたしの驚いた顔を見て、ゼクスは無表情に言うと、宿に向かって歩き出した。
「いくぞ、ミィナ」
「あ、待ってよ、ゼクス!」
あたしは慌てて、ゼクスの後を追った。
何故、ゼクスとサジェリの二人がくっついて、あんなにイラッとしたのか、このときのあたしは、全く分からなかった。
それが分かる日は、まだまだ先の日のことだった。