第2話
天使や悪魔には及ばない。
でも、この世で、限りなく最強に近い生物。
それがドラゴンだ。
あたしはトレジャーハンターのミィナ。
前回の冒険を終えたあと、あたしと相棒のゼクスは、手に入れた宝珠を依頼人に渡し、そのまま一緒に旅を続けた。
ふらりと辺鄙な村に立ち寄ったが、そこは何だか騒がしかった。
どうやら裏山でドラゴンが目撃されたと言うのだ。幸いなことにまだ犠牲者は出てないが、ドラゴンが近所をうろついていたら、それは村人としてはさぞかし不安であろう。
あたしは村人に向かって、そのドラゴンはあたし達が退治してくる、と宣言した。
その日はもう遅かったので、一旦あたし達は宿で休むことにした。
勿論、あたしとゼクスは別々の部屋だ。でも、明日の手はずの打ち合わせをする必要がある。あたしはゼクスの部屋を訪問した。
ゼクスは不機嫌そうだった。相談もなく、あたしが勝手にドラゴンを退治すると言ったことを、怒っているらしい。
ゼクスはあたしをベットの上に座らせ、自分は机の椅子に腰掛ける。あたしは膝の上で指を組んで、上目遣いで、ちょっとゼクスを見上げた。
「あはは……ごめんね? 村人たちが困ってるの見て、ほっておけなくて」
「別にいい。お前が言い出さなくても、どっち道、俺が退治に行くことになっただろうからな」
素っ気無い口調。こんな可愛いあたしが、可愛らしい仕草をして、可愛らしく謝ってるのに、全く動揺する様子がない。まったく折角サービスで赤いチェックのパジャマ姿でわざわざ訪問したのに。顔色ひとつ変えないのは、自信なくすなあ。
ゼクスってば、ほんと、クールなんだから。でも、表情ひとつ変えてなくても、あたしにはゼクスの機嫌がよくない、ということくらいは分かるよ。
「でも、じゃあ、何で怒ってるの……? 何でそんなおっかない顔してるの?」
「お前に怒ってるわけではない。ただ、気に入らないだけだ」
それは報酬も低いし、儲かる仕事ではないからね……。命の危険は凄い高いのに。
「でも、ほら、ドラゴンって、宝物、溜め込んでること多いみたいじゃない。ドラゴン倒したら、その宝、全部あたし達のものだよ! あたし達、大金持ちだよ!」
「それは無理だろう。今回のドラゴンは、話を聞いた限り、レッサードラゴンだ。エンシェントドラゴンとは違う。知能も動物並みだから、せいぜい餌を溜め込んでいるくらいであろう。宝の価値など、理解する知能はない」
「レッサードラゴンとエンシェントドラゴンって、違うの?」
「種族が違う。分かりやすく言うと、人間とチンパンジーが違うくらいに違う」
「じゃあ、お宝もなしかあ。村人からの報酬も期待できないし。でも、困ってる人、見殺しにできないし」
あたしは気持ちを切り替えて、にこっとゼクスに微笑みかけた。スマイルスマイル。
「村人のために頑張ろう! じゃ、駄目?」
「駄目じゃないが、戦うのは俺がする。お前は後ろで大人しく見てろ」
「えー、あたしだって、そこそこは戦えるよ?」
「そこそこでどうにかなる相手ではない。今回はお前のトラップを発見したり解除したりする技術も役には立たないし、お前の得意の糸もドラゴンの硬い鱗相手では役に立たないし、俺にただ任せておけばいい」
「それでゼクスはいいの? あたし、ただ見てるだけで、役に立たなくて、本当に?」
「お前が怪我しなければ、それでいい」
「有難う。なら、任せるよ。あたし、ゼクスのこと、信じてるもん」
あたしは満面の笑みを浮かべた。ゼクスは少し笑って、それからそんな自分に気づいて、すーっと目を逸らす。笑った顔のゼクスはやっぱり素敵だなあ。無愛想な顔のゼクスもあたし好みのシャープな感じの二枚目なんだけどね。
あたしはさらに上機嫌ににこにこ笑った。
ゼクスは突然、すーっと視線を窓にやる。そして不意に立ち上がり、窓を開けて、外をきょろきょろ見る。
「どうしたの?」
「視線を感じたが、気のせいか……?」
独り言のように、ゼクスは言った。視線? ここ、宿屋の2階の部屋だよ? どうやってこの部屋覗いたり出来るのよ?
「それは本当に気のせいじゃないの……?」
「だといいがな……」
ゼクスはそう呟くように言い、あたしの前に戻ってきた。
「そろそろ俺は寝る。お前は部屋に戻れ」
「はーい。おやすみなさーい」
あたしはえいやと弾みを付けて、ベットから立ち上がる。そして部屋を出て行った。
扉を開けると、宿屋の主人が丁度部屋の前を通りかかり、あたしの顔とパジャマをじろじろ見ていった。
男の人の部屋にパジャマで尋ねるなんて、はしたなく思われちゃったかな。
あたしは顔を少し赤くした。
朝食の時間。
あたしは基本早起きだ。と言ってもゼクスの方が早起きなんだけど。
でも、ゼクスは朝は剣の鍛錬を日課としていて、朝食はかなり遅い方なのだ。
最初はゼクスと一緒に朝食が食べたくて、あたしも朝食食べるの待ってたけど、最近は割り切ってあたしはあたしで先に朝食を食べている。
だって美味しいは正義だし。腹ぺこは悪だ。お腹が空いてたら、我慢せず、直ぐに美味しいものが食べたいのだ。
と言うわけで、あたしは今日も一人で宿屋の食堂で朝食を食べだした。
そのあたしの前の席に、一人の男が座る。黒尽くめの魔術師風の男。杖も持ってるし、多分魔術師なのだろう。
男は話しかけてきた。
「君が竜退治を依頼された冒険者の方ですか?」
「そうだけど、おじさん、誰?」
「おじさんはひどいなあ。おにーさん、と呼んでください。僕はアシュレイ。旅の魔術師です」
これ、ナンパ? 確かにあたし、可愛い自身あるけど。
今日もいつもの、冒険するにはちょっと機能性の悪いフリフリのミニスカートの服、着ているし。だって可愛い格好好きなんだもん。
でも、こういう服、いつも着てるせいで、中身も軽く思われるのか、ほんと、あたし、いつもナンパされる。特に冒険者には。
まっ、慣れてるから、気にしないけどね。もう恐いとかも思わなくなったし。またいつものように軽く流せばいっか、そう考えた。
「あたしはトレジャーハンターのミィナ。正式には冒険者とトレジャーハンターは違うよ。相棒のゼクスも冒険者ではなくて、傭兵、と名乗ってるしね。でも、ドラゴン退治に依頼を受けたのはあたしたちだよ」
「手を引いて貰えませんか?」
「手を引く……? あなたがドラゴンを退治する、ということ?」
「ええ。僕が退治します。ですから、あなた方は手出ししなくて平気です」
そんなこと言われても、もう依頼は受けちゃったし。それに何か嫌だ。後から出てきて、受けた仕事横取りしようと、脅してるみたいなもんだよね、この人。
「嫌だもん。もうあたし達は約束したんだから、約束は守らないと」
「あなた方も、ドラゴンの血の持つ不死の力が目当てですか?」
「不死の力?」
何だろ、それ? そんな話、初めて聞いた。
きょとんとしたあたしの顔を見て、男の人はあたしがそのことについて何も知らない、と分かったのだろう。
苦笑いしながら教えてくれた。
「昔、ドラゴンの血を浴びた一人の勇者が不死身の肉体を手に入れた、という伝説があります」
「へえー、ドラゴンの血って、そんな力があったんだ?」
「……でも、それ、嘘ですから。出任せですから。エンシェント種ならともかく、少なくてもレッサー種の血にはそんな力ありませんから」
「へっ? それが嘘なら、何であなたはドラゴンにそんなに執着してるの?」
「ご想像にお任せします。それで手を引いてくれますか?」
当然あたしの返事はノーだ。
男はやれやれと肩を竦めると、その場を立ち去っていった。
何だったんだろう、あの人? 変な人?
あたしはとりあえず一旦あの男のことは忘れて、美味しい朝食を平らげるのに専念した。
春だ! 気持ちいい!
鳥の囀りや風の音が心地よいメロディーをかもし出している。
春の山は気持ちいいよね。
はしゃぎながら歩くあたしの後ろをゼクスは淡々と歩いていた。ゼクスには季節を楽しむという心のゆとりがないみたいである。
「楽しくないの、ゼクス? こんな気持ちいいのに?」
「それより、罠は気をつけてくれ。猟師の仕掛けた罠が残ってるかもしれないしな。罠に関してはお前の方が専門分野だからな」
「大丈夫。あったら直ぐ気づくよ。罠どころか、もうこのあたりまで来ると、人が来た跡もないね。ドラゴンを見た目撃場所もずーっと前に通り過ぎたし。あとはドラゴンのいるところまで、危険はない、と思うよ」
そんなことを言ってるあたしの目の前に、熊さんが現れた。
ある日、森の中、熊さんに、出会った!
「おはよう、熊さん!」
「馬鹿か、お前は!? 冬眠から覚めたばっかの凶暴な熊を刺激するな!?」
ゼクスは熊をキッと睨んで、殺気を放った。その殺気に怯えるように熊さんは逃げていった。
「あーあ、熊さんがいっちゃった」
「あーあ、じゃない! まったく……」
ゼクスはふぅと溜息を吐き出す。
あのくらいの熊さんなら襲われてもあたしでも対処出来たんだけどね。でも、助けて貰ったし、礼は言おうかな。
「有難う、ゼクス」
「……礼はいいから、足手まといになるのもいいから、せめて大人しくしててくれ」
「命がけの危険なときでも、あたしはあたし、マイペース。人生楽しまないと。女の子は図太く生きないと」
あたしはにっこり笑って、また歩き出した。
ゼクスは何も言い返さず、ただ、黙々とあたしの後に続く。振り返るとやっぱりゼクスは不満そうな顔をしていた。
生真面目な人とマイペースな人って、お互いを合わせるの、なかなか大変なんだよね。それでも、いつかあたしとゼクスの間でも、お互いのことをもっとよく知ってもっと仲良くなっていけるといいな。
それからは無言で歩き続け、ついに目的地に辿り着いた。
裏山の洞窟の前に、一匹の巨大なドラゴンが立ちはだかっていた。
ゼクスはすらりと長剣を抜き放つ。
「ミィナ! 下がって隠れてろ!」
「う、うん!」
あたしは素直に言われた通り下がる。ドラゴンも恐いけど、ドラゴンよりも言うこと聞かなかったときのゼクスの方がもっと恐かったからだ。
それにゼクスなら大丈夫。ゼクスは凄い強いし、勝てない相手に勝負を挑むほど愚かではないから、ゼクスが一人で平気と言ってなるなら本当に平気なのだ。
ゼクスが助けを求めたときだけ手助けしよ。
あたしはそう決めて、ドラゴンとゼクスの死闘を眺めることにした。
ドラゴンは確かに強い。でも、ゼクスはもっと強い。ドラゴンの攻撃を掻い潜って、長剣で確実にドラゴンの身体を切り裂いていっている。これは……もう完全ゼクスが余裕で勝つだろう。
その時あたしの耳に微かな獣の声が聴こえた。あたしの五感はトレジャーハンターになるためにかなり鍛えられているのだ。常人よりも視力も聴力も味覚も触覚も全ての感覚が勝っている。そんなあたしだからこそ、聞けた音だった。
この声、ドラゴンに似てる……? 洞窟の中から聴こえる……? まさかもっと沢山のドラゴンが洞窟の中にいる!?
1匹ならゼクスなら余裕だろうけど、ドラゴンが沢山いたら、そうしたらゼクスでもさすがにピンチなのではないだろうか?
あたしは物陰に隠れつつ洞窟に移動した。ドラゴンの視界を上手く避けたから、ドラゴンには気づかれてないはず。あたしは洞窟の中を覗き込んだ。
そこにいたのは、ちっちゃい、ミニサイズのドラゴンだった。
これって、ドラゴンの赤ちゃん……? そうか、今、ゼクスと戦ってるドラゴンはこの子たちを守ろうとしてたんだ!
ゼクスの方を急いでみると、もう既に決着は着いていた。ゼクスの圧勝だった。ゼクスは傷だらけのドラゴンにトドメを刺そうとした。
あたしは思わず大声を上げる。
「だめーっ! その子を殺しちゃ駄目っ!」
「えっ……?」
ゼクスは驚いたように剣を止める。かろうじてトドメが刺されるのは免れた。でも、ドラゴンは既に限界まで戦っていたらしく、トドメを刺されなくてもそのままゆっくりと大地に倒れていった。
ゼクスは剣を構えたまま、あたしの方に近づいてくる。そして洞窟の中を見る。
「なるほど……そういうことか」
「うん、そういうことだよ! だから、あの子、助けてあげて!」
あたしは両手を合わせて拝む。でも、ゼクスは渋い顔をした。
「しかし、子供たちを守るために、あのドラゴンは近づいた人間を無差別に襲うかもしれない。ドラゴンをこのまま生かしておいて、村人に犠牲が出たら、そのとき、お前は後悔するだろう……?」
「でも……そうだ! じゃあ、ドラゴンさんたちに、遠くに行ってもらおう! 村からずっと離れた人気のない森の中! そうしたら、万事解決だよ!」
「言ったはずだ。レッサードラゴンは知能は動物と同じだ。説得は通じない」
「それは分かってるけど……」
でも、だからといって、あの親ドラゴンと子ドラゴンたちを殺しちゃうのは、色々嫌だよぅ。あたしは何か方法がないか、必死で考えた。
あたしの五感は人より優秀だ。普通なら、誰かがこっそり近づいてきたら直ぐ分かる。でも、その時は考え事に集中していたため、気づかなかった。
あたしの背後から、突然声がした。
「ドラゴン、退治するつもりがないのでしたら、僕にくださいな」
「ひゃっ!?」
あたしは驚きの声をあげて後ろを見た。そこには、ドラゴンの赤ちゃんたちの傍には、あの宿屋で会った魔術師風の男がいた。
あたしの喉元には、その男からピタッと短剣が突きつけられている。下手に身動きしたら、そのまま簡単に刺し殺されてしまうだろう。
それでもあたしは疑問の声を掛けずにはいられなかった。
「あなたは!?」
「話は聞いてましたよ。退治するつもりはないでしょ、あなた方は。親ドラゴンは殺します。この子ドラゴンたちは僕が責任を持って預かりましょう」
魔術師風の男はにこにこ人当たりのいい笑みを浮かべている。何だかこの人、この人のいい笑みを浮かべたまま人を殺しても平然としてそうな雰囲気があって……本気で恐い。
あたしはなるべく恐怖を表に出さないように虚勢を張って、強気な顔で魔術師を睨む。
「その子たちをどうするつもり!?」
「レッサー種とは言えドラゴンの子。僕の研究通りに上手く調合すれば、エンシェントドラゴンの血ほどの効果はないにしても、レッサードラゴンの血でも人間の身体を格段に強化できるのです。その子たちは連れ帰ってその材料にします。親ドラゴンは大きすぎて運ぶのが面倒なので片付けるだけです」
レッサードラゴンの知能は所詮動物並み。つまり動物と同じだ。人間は食べるためや実験のために動物を殺すし、この男の人がドラゴンを殺すのに躊躇いを感じない気持ちも理性では分かる。
でも、理性では分かっても、あたしの感情はそれを否定する。単にあたしの身勝手な我侭なんだけどね。
それにこの人はドラゴンを手に入れるために、あたしをゼクスへの人質にしてる。
ドラゴンを助けるためでなく、悪人を懲らしめるためになら、あたしはとりあえず思う通りに行動してもいいよね!
あたしは手を背後に回し、指を動かす。普通の人には見えない糸を操り、男の人の腕を糸で絡めとった。あたしはそのまま糸を締め上げる。突然襲った痛みに男は顔を顰めて、短剣の切っ先を少しあたしから逸らした。
「きさま!? 逆らうつもりですか、小娘のくせにっ!?」
あたしはバク転して魔術師から離れる。糸を操り、短剣を取り上げようとしたけど、あたしの操る糸は魔術師の人外の怪力で容易く引きちぎられた。
「えっ、な、何っ!?」
「実験は成功しているのです! 私の身体は既に強化され、無敵に近い力を手にしています! さあ、死にたくないなら、私の前から速やかに立ち去るか、命乞いでもして謝りなさい!」
「嫌よ! あんたみたいなマッドな悪人、このままにしておけるわけないわ、ドラゴンよりたちが悪いわよ!」
魔術師は杖を突き出す。呪文を唱える。炎の塊があたし目掛けて飛んでくる。さすがにあたしの身が軽くても魔法までは避けられない! もう駄目!
しかし炎の塊はあたしに届く前に一刀両断にされた。
あたしの目の前には、いつの間にか、ゼクスの背中があった。
ゼクスがあたしを庇い、魔法を剣で切り裂いたのだ。
「お前の相手は……俺がする」
「あなた、剣の腕前には自信があるみたいですけど、私に勝てると思ってるのですか?」
「お前こそ、俺に勝てる、と思ってるのか? 自惚れるな」
ゼクスは一気に間合いを詰める。しかしそうはさせまいと超人的な動きで魔術師はあちこちを跳び回り、隙を見てはゼクスに魔法を放ってくる。
ゼクスが接近できたらゼクスの勝ち、魔術師……名前はアシュレイだっけ、アシュレイの遠距離からの魔法がゼクスを捕らえたらアシュレイの勝ち、そういう勝負になりそうだ。
二人の動きがあまりに早すぎて、あたしの出る幕は完全になさそうだ。
あたしは改めて手の中の小瓶を眺めた。実はアシュレイの手に糸を飛ばしたとき、同時に糸でアシュレイの懐にあったこの小瓶を盗み取ったのだ。あたしの糸を使えばスリだって簡単に出来る。犯罪になるから普段はしないけど。
あたしは瓶をじーっと眺めていたが、思い切って、それを一気に飲んでみた。このままじゃ、ゼクスもドラゴンも危ないし、一か八かの賭けだった。あたしだって、命を賭けても守りたいものがあるのだ! 男は度胸、女は愛嬌。あたしは愛嬌には自信ある。でも、女の子にも度胸はあっても困らないよね。
大丈夫、あたしはピンピンしている。どうやらこの薬は毒ではないみたい。でも、何も起きない。それなら、とあたしは周囲を見回す。直ぐ傍には血溜りの中、倒れている親ドラゴンがいた。
「ごめんね、ちょっと試させてね……」
そう断ってから、あたしはドラゴンの血を舐めた。
何だか、さっきの薬とドラゴンの血が腹の中で反応を始めたのか、かーっと全身が熱くなっていく。さっきまで捉えることの出来なかったぜクスとアシュレイの戦う姿がスローモーションのように見えた。
今なら、いける!
あたしは跳躍した。一気に二人の戦ってる場所まで。そして高速で動いているアシュレイに思い切り飛び蹴りを放った。
アシュレイの顔が驚愕で歪む。
「馬鹿な、たかが小娘ごときが、私の速度についていけるなんて!」
「その小娘に薬をすられた悪人が何をほざいているのよ!」
「薬を!? あの薬に、適合した、というのですか!?」
アシュレイは歪んだ顔のまま、あたしの方を見る。と突然、あたしの中の時間が元に戻る。嘘っ、薬、たったこれだけの時間しか効果ないの!? アシュレイはずーっと戦ってても効果切れてないのに、理不尽だ!?
しかしその一瞬の隙で十分だったみたいだ。ゼクスの長剣がアシュレイの腹をえぐった。
「ぐはっ!?」
アシュレイとあたしはそのまま地上に落下する。あたしのことはゼクスがお姫様だっこで抱きとめてくれた。しかしアシュレイはそのまま地面に激突し、うつ伏せに倒れて動かなくなった。
あたしは恐る恐るゼクスに尋ねた。
「死んだの……?」
「身体が強化されてるなら、これくらいで致命傷にはならないだろう。しばらくは大人しく生死の境を彷徨ってるはずだ」
って、ゼクスの顔が近い近い!? あたしはカーッと顔を赤くして、もじもじしてしまう。
そんなあたしをゼクスは地面にゆっくりと降ろしてくれる。
はっ、照れてる場合じゃない!
あたしは親ドラゴンとアシュレイの怪我の具合をチェックする。大丈夫、これなら助かる!
あたしは薬草を取り出して、治癒を始めた。勿論、親ドラゴンの方から優先して先に治癒することにした。
『ママ、大丈夫……?』
ふと声が聞こえた。振り返ると赤ちゃんドラゴンが円らな瞳であたしのことを見ていた。
「えっ、今の、あなたが言ったの?」
『ママ、平気? 大丈夫?』
ゼクスはあたしのことを不思議そうに見ている。ゼクスにはドラゴンの声は聞こえないらしい。あたし、ドラゴンの言葉が分かるようになったのだ! これが幻聴でなければだけど。
ゼクスの話によると、ドラゴンの血を飲んだ青年が小鳥の話を聞けるようになった、という伝説があるそうだ。
あたしがドラゴンの言葉、分かるようになったのは、ドラゴンの血を飲んだからかもしれなかった。
あたしは怪我が治ったドラゴンを説得し、遠くの人のいないところに引っ越してもらった。
アシュレイは治安を守る人に突き出しておいた。
これにて一見落着だ。
でも、レッサードラゴンに知能ないなんて嘘じゃない。学説というのは本当にあてにならないものなんだなあ、と実感した。あたし、今度レポート、冒険者ギルドに投書しよ。少しでもレッサードラゴンさんの待遇、改善されるといいな。
そんなことを考えながら、あたしとゼクスは村から立ち去った。
事件かいけーつ!
でも、ゼクスはむすっと面白くなさそうな顔で黙々とあたしの前を歩いている。
うん、間違いないよね。不機嫌オーラ、出しまくってる。
「どうしたの、ゼクス? あたし、何か悪いこと、した?」
「いや、お前には助けられた。偉そうなこと言いながらあの魔術師相手に苦戦はしたし、俺だけだったらドラゴンまでは助けられなかったからな」
「じゃあ、問題ないじゃない。万事解決」
そう言ってあたしが笑うと、アシュレイはくるっと振り返り、冷ややかな目であたしのことを睨む。
「だが、今回は偶然、上手くいっただけだ。薬に適合しなければお前は死んでた」
「そ、それはそうだけど……」
「熊のときもそうだ、お前は楽観的すぎる。のーてんきすぎる。行き当たりばったりすぎる」
「う、うん……」
「依頼のときもドラゴン退治なんて危険な依頼、迷いもせず引き受けて。俺がいなくてもお前は引き受けてたんだろ? そんなんじゃ、いつかお前、本当に死ぬぞ」
「ごめんなさい……」
あたしはしゅんと項垂れた。ゼクス、あたしのこと、心配してくれてたんだ。あたし、この楽観的性格、マイペースな性格、直さないと駄目なのかなあ……。トレジャーハンターに向いてないのかなあ……。せめて、ひらひらミニスカートはやめようかなあ……。
そう落ち込んでると、ゼクスの震える指があたしの髪に触れる。顔を上げると、何故かゼクスは、悔しそうに唇をかみ締めていた。
「俺は自惚れてた。俺が傍にいたら、お前を死なせることはない、と。だが、俺にも限界があることを今回は思い知った」
「ち、違うよ! あたしが悪いんだよ! あたしがゼクスに頼りきりだから! あたしもしっかりしないと駄目だよね!」
あたしは慌てる。だって、本当にゼクスの責任じゃないもん。あたしが悪いんだもん。
でも、ゼクスは真剣な目で、今度はあたしの顔を真っ直ぐ見つめたきた。
「お前にはお前のままでいて欲しい。頼ってくれるのは嬉しいんだ。だから、八つ当たりだ、本当にまだ未熟なのは俺の方だ」
あたしも真っ直ぐ、ゼクスを見つめ返す。
一瞬悩んだけど、答えは直ぐ出た。
「分かった。あたしはあたし。短所を長所に変えるのは難しいもん。でも、長所を磨くことはできる。あたし、長所をさらに磨いて、さらに尖った形になってもあたしだけの理想のトレジャーハンターになってみせる!」
「ああ、それでいい……」
「でも、ゼクスもそのままでいい。そのままのゼクスがあたしはいいの。二人で頑張って長所磨いていこ。そして今は個性がぶつかり合うでこぼこコンビでも、時が経てばきっとぴったり息の合うコンビになると思うんだ。だから、傍にまだいさせて! ゼクス! あたしを相棒のままでいさせて!」
あたしはゼクスに向かって頭を下げる。
ゼクスの不機嫌でなくなったいつも無感情な声が、あたしに降りてきた。
「いつからコンビになった? いつから相棒になった?」
「えっ?」
「お前が勝手に俺が行くほうにだまってついてきてるだけだ、今のところはな」
「えー、あたしたち、コンビじゃなかったの!? 相棒じゃなかったの!? それはちゃんと尋ねたりはしなかったけど、あたしはコンビで相棒のつもりだったのに!」
「だが、既に息はある意味、ぴったりあってるのかもな……分かった」
「……えっ?」
「……俺とお前は今日から仲間だ。改めて、よろしく頼む、ミィナ」
あたしはトレジャーハンターのミィナ。
今回の冒険を終えたあとも、あたしと相棒のゼクスは一緒に旅を続けることとなった。
でも、今回の冒険のおかげで、前より確実に、二人の距離は近づいた気がする。