7話 その相談、引き受けますわ
あの腹黒をどうやって躾ましょうかね。
取り巻きの相手をしつつ弁当を食べていると、教室が騒がしくなる。
「きゃあ〜、バイス様よ!」
「バイス様、どうされたのですかー?」
「いや、ソラリス様はいるかなって」
黄色い声援に包まれながら、バイスがやってくる。
「これ、珍しい薔薇なんだ。魔素濃度の高い場所で、こうなるんだって。昨日、偶然見かけて買ったんだ」
水色のバラを一本、私に手渡してくる。
「まあ! 絶対にお高いのに、私のために買っていただけるなんて!?」
両手を組んで、目を潤ませておく。
バイスは私の手を優しく握り、小さくうなずいた。
「貴女の喜ぶ顔を見れたんだ。全然高くない買い物だったよ」
「はぁぁ……」
うっとりと、私は彼を見つめる。
「放課後、一緒に紅茶でも飲もう。二人で話したいことがあるんだ」
「ふ、二人で……?」
「うん。二人だけで、ね」
パチッ、とウインクをすると、バイスは颯爽と教室から出ていく。
……おそらく、あのイベントね。
確定ではないけれど、準備はしておこう。
「あの……ソラリス様の本命は、やっぱりバイス様なのですか? 殿下の方がお似合いだと、私は思っているのですが……」
「わたくしも、身分的にもつり合っていると思います!」
将来、バイスとどうにかなりたい女子たちが騒ぎ始めた。
「誰と結ばれるかは、私が決めることですわ。私にとってバイス様は、死ぬほど大切な人です!」
ここはヒステリック気味に伝えておく。
こうでもしないと、言葉尻を捉えてバイスに報告する女子が現れかねない。
いまは余計なことをされては困るんだよね。
☆
放課後、私は中庭に向かう。
洒落たガーデンパラソルがあり、テーブルと椅子も用意されてあった。
バイスが満面の笑みで手を振っている。
私もはにかみながら、小走りで近づく。
「お姫様、こちらにどうぞ」
椅子を引いて、私を座らせてくれた。
バイスはこういった気遣いも完璧にこなす。
ティーポットからカップに紅茶を注ぎ、私の前に差し出す。
「いい香りですわ〜! なにが入っているのかしら?」
念のため、Gapは1%以上にしておく。
「柑橘香のブレンドだよ。高品質だし、気に入ってくれると僕は嬉しいんだけど」
「バイス様が淹れてくれる紅茶なら低品質だろうと、毒が入っていようと飲みますわ!」
「毒なんて入れないよ。試してみて」
嘘はなさそうだ。
まあ、ここで毒を盛るタイプではない。
グレイみたいな嫌がらせもないだろう。
この男はもっと計算高い。
利用価値のある獲物を易々と逃したりはしないのだ。
紅茶を一口含む。
確かに美味しい。
「いままで飲んだ紅茶で、一番美味しいですわ!」
「よかった! 少し心配だったんだ、気に入ってもらえるかって」
バイスはホッと胸を撫で下ろし、椅子に腰を落ち着ける。
「……この間の魔道具発表会、大変だったね。公爵家は先生との契約を打ち切ったと聞いたよ」
「ええ。グレイ様との契約に切り替えたそうです」
「それって、彼が君の婚約者になる確率が上がったってことだよね……」
落ち込んだように、バイスはうつむく。
「あのときも、どこか信頼し合ってる風に見えたし……。僕としては、内心焦ってるんだ」
「それって、つまり……」
私が指をもじもじさせると、彼は勢いよく立ち上がった。
私の前に跪いて、真摯な顔で手を差し出す。
「親の意向じゃなく、僕は自分の意志でソラリス様と一緒になりたい。僕が最も大切にしたいもの、わかるかい?」
「……いいえ。教えてください」
「君の笑顔だよ」
【Gap100%】
バイス・シュリーマン
【総合値】−481
【欺瞞】−100
【支配】−96
【嘲笑】−96
【打算】−95
【愉悦】−94
いや、目の当たりにするとキツいね。
システムと原作知識がなければ、さすがに騙されるかもしれない。
そのくらい演技力がズバ抜けている。
原作のソラリスが骨抜きにされるわけだ。
バイスは気を抜くと、簡単にバッドエンドに連れていかれる。
「本当ですかぁ……バイス様ぁ……!」
彼の手を取り、頭が沸騰した様子を演じる。
バイスは首肯して席に戻ると、今度は急に表情を固くした。
「ただ、障害は多い。最近うちのビジネスが上手くいかなくてね。公爵家に誤解されているみたいなんだ」
彼のシュリーマン家は伯爵家で、うちと同じように商売を手広く展開中だ。
同じ業種だと、客を食い合うこともあった。
私は前のめりになって尋ねる。
「うちが、なにか邪魔をしていますの?」
「いや、むしろ逆だよ。うちが、公爵家の魔石流通ルートの妨害をしていると誤解されてて」
【Gap65%】
虚実織り交ぜている感じかな。
あまり理解力が高いと、以前のソラリスっぽくはないか。
首を傾げておく。
「よくわかりませんが、私がお父様に頼めばいいのですね?」
「それは、まずいんだ。うちは公爵家とトラブルになりたくない。でも流通ルートが不明だと、知らずに邪魔してしまう。そこで可能であれば————いや、やっぱり貴女にこんなことは頼めない」
首を左右に振って、バイスは苦しそうな表情を浮かべた。
「仰ってください! 私、バイス様のお力になりたいんです!」
「……いいのかい?」
「覚悟はありますっ」
「それなら流通ルートの資料をこっそり見せてほしい。確認したらすぐに返す。うちは今後、そのルートに関与しない」
「そうしたら、うちの誤解も解けて関係も改善……ですわね?」
「そう。僕たちが結ばれる可能性が高まる!」
さりげなく、婚姻をちらつかせてきた。
徹底して、こちらの心を操作しようとしてくるね。
さらにバイスは、資料入手のレクチャーも行う。
「公爵の執務室には金庫があるよね? 鍵穴はあるタイプかな」
「ええ、金庫も鍵穴もありますわ」
「大切な資料はおそらく、その中だ。鍵の問題は、これで解決できるよ」
バイスは懐から銀のペーパーナイフを取り出した。
爽やかな笑みで、私に渡してくる。
「『解錠変化』という魔道具なんだ。これを鍵穴に差し込むと、中で液状に溶けて適合する形に固まる」
裏社会でしか流通しないような泥棒キットを、花でも贈るような顔で渡すんだね……。
用意周到すぎるし。
私はキットを受け取った。
「絶対に無理はしないで。ソラリス様が危険な目に遭うくらいなら、最悪うちが潰れた方がマシだから」
「潰れるだなんて……絶対に成功させますわ!」
「君だけが頼りだ」
真摯に言って、私の手に指を絡ませてくる。
一応、バイスの内面を解析したところ……
【警戒】−94
【疑念】−88
他が下がり、これが上昇していた。
えっ、どうして……?
さすがに、チョロすぎて怪しまれた?
もう少し悩んだり葛藤するべきだったか……!
「でもやっぱり私、少し怖いですわ……」
「ごめん、やっぱりこんなこと、いけない」
バイスは解錠変化を静かに取る。
その表情は非常に切ない。
私は一瞬迷ってから、立ち上がって彼の手首を掴む。
「……やっぱり私やりますわ! バイス様が苦しむ姿は見たくないんです」
「本当に、無理はしてない?」
「はい。その代わり、一度だけ抱擁してください。勇気をくださいっ」
そう頼むと、バイスは快く要求に応えてくれた。
包まれるような抱擁で、ここだけ見れば完璧なパートナーだった。
「待っていてくださいね、バイス様」
「僕は、貴女を信じている」
五秒くらい見つめ合う。
私の方から顔を少し逸らす。
魔道具を懐に入れると、一緒に中庭から出ていく。
横目で確認すると【警戒】と【疑念】はひとまず消えていた。
さて、私もそろそろ仕掛けますか。
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