5話 どこの誰が、天才製作者ですって?
これ以上ないくらいの晴天だ。
魔道具発表会の今日は、校庭に大勢の人が集まっている。
オルディ学院の生徒より、むしろ部外者の方が多い。
商人、魔道具研究者、貴族など。
半年に一度の大きいイベントなのだ。
「お嬢様、こちらの席へどうぞ」
黒髪の紳士的な男性が、私をVIP席に案内する。
「ありがとう、ジャイル」
彼は、我がノルディ公爵家に仕える優秀な三十歳だ。
まだ若いが商会の幹部で、今日も父の代理で来ている。
公爵家の商売の中には魔道具の販売があり、オルドとも契約しているのだ。
最前列の席に、私は腰掛けた。
目の前には、簡易的ではあるが立派な壇上がある。
「ねぇ、オルド先生との契約はどのくらいになるの?」
「教授とは、もう五年になります」
「結構長いのね。制作者としては優秀、か」
「ええ。ですが、実は契約終了も考えていたのです。段々と作る魔道具が低品質になりまして」
「才能の枯渇かしら」
「そう感じていました。ところが一年前から、見違えるように最高の品を出すようになりましてね」
グレイが助手になった時期だ。
ジャイルはその辺、気づいているのだろうか?
尻目で確認すると、不思議そうな顔をしていた。
「……お嬢様、そういったことに興味を持つようになったのですね」
「公爵令嬢としての自覚が芽生えてきたのよ」
「さすがです、お嬢様! 私は将来が楽しみで仕方ありません!」
彼のレーダーチャートを確認してみよう。
ジャイル・オードリー
【総合値】−288
【呆れ】−94
【軽蔑】−91
【諦観】−88
【失望】−85
【忠誠】+70
……私はジト目になった。
大嘘つきもいいところですね、あなた。
そんな私たちの元に、今日の主役がやってきた。
「ジャイル様ッ。もう到着されていたのですな!」
「これはオルド教授。ご無沙汰しております」
「いや〜、期待してください! 今日は自信作ですぞ!」
オルドのテンションが果てしなく高い。
熊のようにずんぐりした体型で髭も濃い。
二重顎に脂ぎった肌。
中年男性がなにも頑張らずに生活するとこうなる……の見本みたいだ。
「今回は、より多くの人に売れやすい仕様です。契約の件、ちと頑張っていただきたい」
「ええ。見合うものであれば、高額でも出しますよ」
「過去最高額でお願いしたい。私も豪邸を建ててましてな。額次第では、他も考えております」
だいぶ強欲だし失礼だ。
ジャイルは顔色変えずに対応する。
「我々は適正な額をお出しします。いままでのように」
「がはは、結構! 公爵家も私も大儲けですなぁ!」
よくもまあ、ここまで下品になれるよね。
彼は、私にも注意を向けてくる。
「魔力の弱いソラリス嬢でも、使える魔道具ですぞ」
「素敵ですわ。私のサブパートナーも関与していると聞きました」
「あ〜、ほんのわずかですが、手伝ってもらいました。設計やコードは、私がすべて行っておりますがね」
【Gap100%】の文字が痛々しい。
オルドは今回いかに頑張ったかを力説した後、舞台裏に消えていった。
彼が消えるなり、ジャイルは大きく嘆息する。
「やれやれ。腕はそれなりですが、性格に難ありですねぇ」
「それなり?」
最高級の魔道具を作る相手に使う言葉だろうか?
ジャイルは表情を変えずに訂正する。
「失礼しました。私も偉そうでしたね」
「助手のグレイについて、どう思うの?」
「……素晴らしい才能です。実はお父上もそれに気づいています。だからこそ、お嬢様のサブパートナーにしたのです」
なるほどねー。
ここはあまり突っ込まないでおこう。
その方が、こちらもやりやすい。
さて、発表会が始まる。
盛大な拍手で迎えられながら、オルドは壇上に一人でのぼった。
「皆さん、私が天才製作者のオルドです。冗談です、がははは!」
唾を飛ばしながら、豪快に笑う。
「さて、毎回驚きがある発表会ですが、本日は過去一番でしょうな! なにせ、私の最高傑作が完成しました!」
オォーッ! と地鳴りのような歓声が上がる。
正直、気持ちはわかる。
地球でも有名メーカーの新作発表会とか、盛り上がるもんね。
商品が魔道具ときたら、なおさら熱い。
「こちらをご覧ください」
昨日、研究室で見たガントレットだ。
オルドは右に左に動かして、観客にアピールする。
「皆さんの中には、魔法が使えない者も多いでしょう。ですが、これがあれば皆さんの夢が叶います!」
「オルド教授。それは、誰でも魔法が使えるということでしょうか?」
手を挙げて質問したのはジャイルだ。
オルドは自信たっぷりにうなずく。
「その通りです! これさえあれば、火魔法が使えるのです!」
信じられないくらい校庭が盛り上がった。
魔法がある世界なのに、魔法が使えない。
私もそうだけど、これほど悲しいこともないよね。
つまりあれは、叶わない夢を持っていた人たちに希望を与える魔道具。
「早くやってみせてくれ!」
「俺たちが実験台になってもいい! 頼む!」
あちこちから出る逸る声に、オルドは満足げにうなずく。
「実験台は私です。魔道具作りの天才などと呼ばれていますが……実は私も魔力が貧弱で、生まれてこの方魔法を使えたことがありません」
オルドは右手にガントレットを嵌める。
そして蒼穹を掴むが如く、腕を伸ばした。
「見ていてくださいっ。これが私の研究の全てだぁぁあああッ!!」
雄叫びのような声をあげ、火魔法が発動する。
——ポスッ
百円ライターかな?
ってくらい弱々しい火が一瞬生まれて、すぐに消えた。
煙だけはご立派で、オルドの暑苦しい顔を黒く汚す。
静まり返る会場。
「は……はははっ。冗談は終わりにして、本気でいきますぞ!」
オルドはもう一度挑戦した。
結果は同じだった。
「なんだこれはッ……! どういうことだぁ!?」
そのセリフは、集まった人たちが言いたいことだよね。
ジャイルが涼しい顔で立ち上がる。
逆に怖い。
「教授、それが火魔法なのでしょうか?」
「ち、違う! これはなにかの間違いでっ。おいグレイィィ——」
舞台裾にいたグレイの元に全力で走っていくオルド。
衆人環視ということも忘れ、彼の肩口を殴るように押す。
「貴様、私の言う通りに調整したのか!?」
「……ちゃんと、やりましたが」
「だったら、なぜああなる!? まともに炎が出ないではないか!」
「——見苦しいですわね」
私の一声が校庭に響いた。
「オルド先生、まず私のサブパートナーに乱暴な真似をするのはやめてください」
「……これは失礼。ですがこれは師弟の問題ですぞ。部外者は黙ってください」
「でも先生の発明なのに、助手であるグレイ様に責任を押しつけるのは変です。それでは、魔道具の真の制作者が彼のようではありませんか」
指摘すると、オルドの勢いが止まった。
顔中から焦燥の汗を吹きだしている。
私は、グレイにビシッと指をさす。
「グレイ様も、身の潔白を自分で証明するべきですわ! その程度できないようなら、この場でサブパートナーを破棄いたします!」
「……わかったよ。やればいいんだろう」
捻くれた感じでグレイはガントレットを受け取り、壇上にあがる。
彼はオルドのように気合いを入れたり、力んだりしない。
ごく自然体で、どこか気怠げに腕を空に伸ばした。
——ゴォオォォオオオオ!!
目を瞠るような鮮やかな炎の渦。
それが天高く昇っていく。
広がる熱気が私たちの情感を刺激し、また炎の美しさに、誰もが心を奪われた。
誰か一人が手を叩くと、それが連鎖して万雷の拍手へと変わる。
「さすがですわグレイ様! でもおかしいですわね? なぜ先生ではダメで、彼は成功したのでしょう。……あ、わかりましたわ!?」
ここはもう大仰に、私は手を合わせる。
誰もが注目している中、核心に迫ることを口にする。
「グレイ様の癖で、制作者の魔力にだけ反応するようにコードを書いたのでは?」
「……確認します」
グレイの指先が光り、魔術コードが空中に浮かび上がる。
それをその場で素早く書き換えていく。
「失礼。オルド先生が正しかったです。完全にボクのミスでした」
どよめきが起こる。
淡々と反してはいるけれど、衝撃の暴露をしているからだ。
ジャイルが真っ先に反応した。
「オルド教授、これはどういうことでしょう。貴方の発明ではないのですか?」
「いやいやいや……! これにはですな、事情がありまして……」
とぼけようとするので、私がトドメを刺しておく。
「事情って、まさかグレイ様の発明を横取りしていたのでは!? なんてことでしょう! それが教師のやることですか!?」
ヒステリック気味に叫ぶと、観客たちからも軽蔑の声が巻き起こる。
「弟子の作品を自分の物にしてたわけか」
「最低じゃねえか! 逆らえない教え子を食い物にするなんてっ」
オルドは誤解だと繰り返すばかりで、まともな説明はしない。
いや、できないんだよね。
実際、みんなが話す通りだから。
「ジャイル、こんな酷い人との契約なんてやめるべきだわ!」
「ええ、お嬢様の仰る通りです」
ジャイルは感情を切り捨てた目で、オルドを冷然と見下ろす。
「オルド教授。ノルディ公爵家は、貴方との契約を破棄します。我々を欺いたことに対する違約金、さらに支援金に関する返還請求書を後日お送りします。ご覚悟ください」
「……だからぁ……違うってぇ…………」
オルドは膝から地面に落ち、うなだれる。
己の強欲が招いたことだし、なんの同情の余地もないかな。
私はグレイに視線を送る。
声は出さずに、口の動きだけでコミュニケーションを図る。
『上手くいきましたわね?』
『ああ、気分がいいよ』
『私も楽しかったです。やっぱり復讐は最高の娯楽ですわ』
悪役令嬢らしいセリフを言っておく。
☆
帰りの馬車の中で、私はジャイルに尋ねる。
「制作者がオルド先生じゃないって、知っていたのでしょう?」
瞑目していたジャイルが、静かに瞼を上げる。
「公爵様と私は、オルドをずっと疑っていました。魔道具の質が上がった時期を考えると、グレイ様が制作者ではないかとも」
「だからお父様は、婚約者候補に彼を割り込ませてきたのね」
公爵は戦略的な人なので、天才と娘がくっつくのならば、それも良しと考えたのだ。
「仰る通りです。問題は、グレイ様本人がオルドに協力的だったことです。それで証拠が掴めませんでした」
グレイは限界まで我慢して、ある日プッツンといくタイプだからね。
オルドを尊敬してたのも大きい。
「昔の先生は、本当に凄かったの?」
「彼も間違いなく天才でした。でも金と欲に溺れて才を腐らせてしまった」
「難しいのね、人生って」
「今回は、お嬢様とグレイ様の演技のおかげです。感謝いたします」
穏やかな笑みを浮かべながら、ジャイルは胸に手を当てる。
彼は優秀なので、私たちの三流演技など楽に見抜いていたのだろう。
「なんの話かしら」
「ふふ。しかし、お嬢様は変わられましたね。なにが起きたのでしょう」
「さあ。よくわからないわ」
とぼけたフリして、もう一度ジャイルの内面をのぞき見る。
ジャイル・オードリー
【総合値】+80
【忠誠】+75
【感心】+62
【興味】+58
【警戒】−70
【軽蔑】−45
私の評価、プラ転していた。




