14話 最強の腹心
異質な存在である、カゲロウが見えなくなるとアーサーが地団駄を踏む。
「あんな意味不明な奴に邪魔されるとは……!」
意味不明か……。
確かに、カゲロウは謎が多いので私も注意を払っていかないと。
それはそうと、アーサーが悔しがっていると、誰かが拍手をしながら近づいてくる。
長い灰髪を後ろで結った男子生徒だ。
白皙で、目元は涼しく、体の線は細い。
「アーサー殿下、すばらしい判断です」
「あっ、ジーク……」
彼の顔を見るなり、アーサーの表情に安堵の色が戻る。
ジーク・ディスレイル。
この男のことはよく知っている。
これまた有名なキャラだった。
「素晴らしいって、僕の判断が?」
「はい。先ほどの凶暴な男子の腕を見抜き、敢えて彼にゴブリンを始末させた。そして殿下は、ソラリス様を守ることに集中しておりました」
ジークは、すらすらと文字でも読んでるみたいに言葉を紡ぐ。
これを聞いたアーサーは気分を良くして、さりげなく私にアピールしてくる。
「さすがジーク、気づいていたか。僕にとって一番大事なのは、ソラリスだからね」
「ええ、私もソラリス様がご無事で安心しました」
ジークの言葉に【Gap】が反応しない。
無事で安心しているのは本当ってことね。
ただ、『駒としての私』が壊れてなくて良かったという意味だろう。
「別のゴブリンがいるかもしれません。中に入りましょう」
ジークに促されて、私とアーサーは建物の中に移動する。
その間、私はさりげなくジークの様子を観察した。
彼の父はこの国の宰相だ。
それもあってアーサーとは幼い頃から懇意にしている。
私が気になるのは一つ。
「ジーク様とお話するのは、随分と久しぶりですわ」
「私からすると、ソラリス様は遠い存在ですからね。もっと殿下と親密になっていただけたら、お話する機会も増えて嬉しいのですが」
そう話すジークの内面をチェックさせてもらう。
【総合値】−450
【欺瞞】90(−)
【打算】90(−)
【支配】90(−)
【警戒】90(−)
【冷酷】90(−)
おぉう……見事なまでに数字が揃った感情は初めてなので、ある意味感動しそう。
でも、最悪ね。
私にとっては良くない展開になっているかもしれない。
アーサーが私のことを見直し、手に入れようとする場合、二つのパターンがある。
1、本人が単独で、自分の嫁にしようと思い直すパターン。
2、ジークの入れ知恵であるパターン。
1の場合、跳ね返すのはそんなに難しくない。
アーサーは抜けてるところもあり、単体では底が知れている。
でも悪友のジークが絡んでいると話は別だ。
難易度Dが、難易度Aくらいに跳ね上がる。
【欺瞞】と【打算】があることから、おそらくアーサーと組んでいるだろう。
「殿下、私はソラリス様にお話があるので、先に教室に戻ってください」
校舎に入るなり、ジークは意外にもそう告げる。
のけ者にされた感じになったアーサーも戸惑っている。
「話って、どういう内容なんだい?」
「……実は、昔からソラリス様に恋心を抱いていたので、それを告げようかと」
「なんだって!? 僕を裏切るのか!?」
アーサーが唾をまき散らしながら興奮する。
さっきの失敗もあって、心に余裕がないのだろう。
こんなの誰が聞いても冗談でしかないのに。
このまま本気でケンカされても面倒なので、私がフォローを入れる。
「ジーク様の冗談ですわ」
「そ、そうか……そうだよな。ジークが僕を裏切るわけがない」
「フフ、わかりませんよ。人の心なんて」
「おいジーク、本当にやめてくれ」
「大丈夫です。少し、確認しただけなので」
「わかった。それじゃあ、愛しのソラリス。また後で」
アーサーは私の手の甲に口づけをすると、教室に戻っていった。
彼がいなくなると、ジークは私の目をジッと見据えた。
少し、鼓動が速い。
なぜ彼がアーサーを追い出したのか、私にもわからないからだ。
「二つ聞きたいことがあります。一つ、さっきの男子について、どう思いましたか?」
「さあ……どこの野犬かと思いましたわ」
「フフッ。最近のソラリス様は、やはり面白い。でもあの男、ただ者ではないですね。もし今後、ソラリス様に接触してくる場合、お伝えください」
つまり、私とカゲロウが接触するのは嫌ってことね。
なぜジークが嫌がるか、だ。
「なぜ、私が接触するのはいけませんの?」
「あの男は危険な香りがするからです。アーサー様のパートナーである貴方は、私にとっても大切な人です」
「サブパートナー、ですよ」
もう婚約が確定したかのような口ぶりはやめてほしい。
そういう態度を敢えて出しておく。
「これは失礼。他に二人いましたね。でも私としては、アーサー様と貴方に結ばれてほしい」
隠そうともしないのね。
ちなみに彼の目的はほぼ判明している。
第二王子であるアーサーを、この国の王にしたいのだ。
そうすれば将来、自分が王の宰相になれる。
現状だと、アーサーの兄である第一王子が王になる。
そのため、有力貴族で公爵家である私とアーサーを結びつけ、さらに第一王子を出し抜く策を考えているはず。
私が顔をそらし、答えないでいるとジークは話題を変えてくる。
「二つ目、よろしいでしょうか」
「どうぞ」
「なぜ、殿下に足をかけて転ばせました?」
——おっと、少しまずい展開だ。
必死に筋の通る言い訳を、頭の中で探す。
「……あのゴブリンは逃げる者を追っていました。アーサー様に、立ち向かってほしくなかったのですわ」
少し苦しいが、サブパートナーの命を案じたのであれば不自然ではない。
ジークの無表情を見るに、嘘だとバレてはいそうだけれど。
「そうでしたか。では、ソラリス様にはアーサー様に対する気持ちは残っていると」
「逆に、なぜ残っていないと?」
「最近のソラリス様はお変わりになりました。アーサー様に対しても、執着心が消えたように感じます」
いつ観察してたのよ!
そう突っ込みたい。
そして観察眼が半端じゃないのも、このジークの特徴なのよね。
私はシステムで相手の嘘や感情を見抜くけど、彼はきっとそれを無しで同じようなことをやる。
私に求められているのは、ポーカーフェイスと演技力だ。
「人の心は簡単に変えられないもの。それなら自分の心を変える方が、よほど楽ですわ」
「……真理ですね。その言葉、胸に刻んでおきます。では、戻りましょうか」
その後、私たちは教室に戻る。
ジークとアーサーとはクラスが違うけれど、彼は入り口までついてきた。
「ソラリス様、そのうち、お話する機会をいただけたら嬉しいです」
「ええ、もちろんですわ」
私は頷いて席に戻った。
ふと入り口を確認すると、ジークは他の生徒にカゲロウのことを尋ねていた。
みんな知らないようで、首を横に振っていた。
ジークの存在は知られていて、私の取り巻きたちが噂話を始める。
「ジーク様って最近、婚約破棄なさったみたいよ」
「えっ!? 新しい人ができたってこと?」
「それがね、そういうわけでもないらしくて」
「じゃあいまは、お相手はいない?」
「ちょっと、無理よ。あなたじゃ、釣り合わないわ」
「まだなにも言ってないでしょ!」
「あら、じゃあ狙ってないの?」
「……それは秘密」
「ほらぁ!」
女子たちが妄想話に花を咲かせて盛り上がっている。
……婚約破棄したんだ。
それは知らないので、なぜそうしたのかは正直気になる。
私の方から、少し調べてみるのもアリかもしれない。
というか、積極的に動かないと負ける。
ジークは、あの腹黒バイスよりも冷静で淡々と物事をこなしていく。
気づいたら糸で雁字搦めになることから、プレイヤーからはキラースパイダーなんて呼ばれてもいた。
「ねえ、もっと詳しく教えてくださる?」
取り巻きたちは、知っている情報をあれこれ教えてくれた。
感謝すると同時に、この子たちとは秘密を共有できないとも思った。




