12話 中庭パニック騒動
再開いたします!
初めての嘘に衝撃を受けたのは六歳のときだった。
小学校から帰ると、うちにおばあちゃんの友達が四、五人遊びに来ていた。
私が頭を下げると、みんなが「立派だねぇ!」と褒めてくれる。
嬉しくなった私は、みんなのいるリビングで宿題を始めた。
おばあちゃんたちがなにを話しているのか聞き耳を立てると、ずっと褒め合いをしていた。
あなたの家の息子は立派だ。
あなたの旦那さんは素晴らしい会社に勤めている。
あなたの家はオシャレで羨ましい。
穏やかな時間だった——
一人が帰るまでは。
彼女が抜けて帰った途端、そこは悪口の場になった。
さっき帰った彼女のことを全員で悪く言うのだ。
夫が酒乱だとか、孫の頭が悪いだとか。
さっき褒めていたことも全部嘘だったらしい。
私は怖くなって、その場から立ち去ってしまう。
その日から、人の嘘にかなり敏感に反応するようになった。
嘘ノートなるものまで作ってしまい、そこに家族や他人のついた嘘を記録していく。
子供同士の嘘、大人のつく嘘、悪意はない嘘。
月日が流れ、何冊目かのノートに突入した頃、私はかなり冷めた目で世界を見るようになっていた。
もちろん、表面上は上手くこなしていたと思う。
家族や先生にも大きな迷惑はかけなかったし、友達も多かった。
恋人も何人か付き合ったりもした。
でも心の奥深くでは、誰のことも信用できない。
そんなとき『救済のソラリス』に出会った。
人の嘘に敏感に生きてきた私には、心が読めるという設定はあまりにも魅力的だもの。
同時に、このゲームは嘘を見抜くだけでは幸せになれないことも教えてくれた。
☆
昼休みの屋上で風を感じていると、ドアが開く音がした。
私には関係ない人かと思っていたら、聞き覚えのある声音が届く。
「風に髪をなびかせる君も素敵だね」
嫌々振り返ると、やはりアーサーだった。
下で女子と遊ぶのに飽きて、上がってきたらしい。
「あら、そう言っていただけると自信になりますわ」
「……フッ、言葉と表情が合ってないよ。そんなところも素敵だけどね」
なにが目的だろう……?
アーサーはこちらを伺いながら、距離を少しずつ詰めてくる。
「これから中庭で、大事な用があるんだ。歌をね、うたうんだ。君のためだから、絶対に来て欲しい」
【Gap90%】
念のため、システムを起動しておく。
気になるのはこの二つだ。
【打算】95(−)
【好色】88(+)
さっきのGapと打算の要素から、単に歌を披露するだけが目的じゃないのはわかった。
これらの情報と合わせると、今後起きるのは『中庭パニック騒動』というイベントだろう。
【好色】が+になっていることから、アーサーの中で私の評価が変わっている。
性的な意味も含めて、私を本気でモノにしたいと考えだしたのかな。
いかないという手もある。
でもゲームだと、イベントを断ると別のものが発生することが多い。
アーサーの心境も気になるし、ここは乗ってみよう。
「まあ。それは聞き逃せませんわね」
「だろう!? 僕のコンサートを楽しんでくれ。君のためだけに行うようなものだ」
喜色満面に、アーサーは私の手を引いてエスコートする。
触られっぱなしは嫌だったのでさりげなく手を離しておく。
「僕の『君に愛を込めて』は自信作なんだ。期待していてくれ」
「他にはなんという曲があるのですか」
「……ん? 他?」
「コンサートというからには最低でも数曲はあるのかと」
意地悪っぽく告げると、アーサーは黙り込んでしまう。
考えていなかったのだろう。
だって、一曲目が終わったところで事件が起きるのだから。
「ま、それは聞いてのお楽しみだね。ほら見てくれよ、あんなに観客がいる」
中庭に出ると、中央辺りに人だかりができていた。
基本的には女子ばかりだが、王子に媚びを売りたい男子もそれなりにいる。
そこに向かう途中、植えられた木の下で寝ている男子が目に入る。
「アーサー様、よろしいのですか。睡眠中の方もいますけど」
黒髪の男子は横になり、目を閉じている。
顔をこちらに向けているのでわかるが、かなりの美形だ。
目を開けたら、どんな感じなんだろう。
そして彼のそばには剣があり——日本刀?
このゲームの世界で使われる武器に日本刀なんてあったかしら?
私以外の転生者だったりして……さすがにないか。
アーサーも不思議そうに目を凝らす。
「あんな奴、いたかな? ……まあ、いい。僕の美声でどこまで眠っていられるか勝負だ」
また意味不明な対抗心を出して、アーサーは観衆たちのもとへ。
「ではいってくる。我がパートナー、ソラリス」
私の手の甲にチュッと軽くキスをすると、アーサーは簡易的に作られた壇上にのぼる。
キャーキャーと女子たちの黄色い声が耳にうるさい。
あなたたち、こんな男のなにがいいのよ……?
内心で突っ込みつつ、私はアーサーのコンサートを眺める。
ギター1本での弾き語りだった。
『君に愛を込めて』を聴き終えた観客たちが、盛大な拍手を贈る。
正直、想像の十倍上手かった。
歌も演奏も。
ただ、歌詞が吹き出すほど薄っぺらかった。
小学一年生が書いたと言われても信じる。
「君のために」
壇上のアーサーが投げキッスをする。
私の方に向かってきた気がしたので、一応はたき落としておく。
「——みんな、逃げろおおおっ!」
中庭に、鬼気迫る一声が響き渡った。
その場にいた生徒たちに緊張が走る。
さて、始まるようね。
また更新していきます。
お読みいただき、ありがとうございます。




