最終話 この世界の特等席で
王都に戻ると、急に現実味が増してきたのか、バイスが騒ぎ出した。
「嫌だ、嫌だぁっ! 僕はシュリーマン家だぞ! なんで僕がっ……! 許して、ソラリス様ぁっ!」
鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにして、這いつくばって私のドレスの裾を掴もうとする。
スッと体を引いて、触られるのを避けた。
これを見た父が、不快そうに眉を顰める。
「ここまで情けない者は滅多に見ないな。呆れてものも言えん。もう連れていけ」
命令が出されると、バイスは無様な姿で連行されていく。
「ソラリス……ソラリス様! 僕たちの仲はすべてが嘘じゃなかったはずです……! どうか、考え直してくださいっ」
この期に及んで、まだ私ならどうにかできると考えているのかな。
許してほしいと泣き叫ぶ彼に、私は冷たい目で見下ろして突き放す。
「見苦しいですわよ。あなたが完璧に偽っていたように、私もずっと演技をしていたのです。あなたを助けるくらいなら、自害する方が百倍マシですわ」
【絶望】−100
【恐怖】−100
最後になるであろうバイスのレーダーチャートだ。
さようなら、偽物のパートナー様。
☆
帝王の心臓(ただの石ころ)強奪未遂と、公爵令嬢の暗殺未遂。
言い逃れのできない現行犯で捕らえられたバイスの末路は、実にあっけないものだった。
シュリーマン家は、お父様の手回しによって即座に破綻にまで追い込まれた。
バイス自身は身分を剥奪され、国境沿いにある魔石鉱山での終身強制労働が言い渡された。
当然だろう。
あまりにも他人のことを舐めすぎたのだ。
自分の手を汚さず、綺麗な顔と言葉で他人を操ることを至上の価値としていた彼にとって、そこはまさに地獄。
甘い言葉も演技も一切通用しない、泥と暴力だけが支配する底辺の場所だ。
そこで彼は一生、自らの手で泥にまみれながら魔石を掘り続けるのだ。
☆
「……ついこの間まで、ただのわがまま娘と思っていたが、存外に牙が鋭くなったようだな」
執務室のソファに深く腰掛けた父が、ワイングラスを傾けながら私を見た。
「人って成長するものですから」
「うむ。シュリーマン家の利権と流通ルート、すべて我がノルディ家で丸飲みさせてもらった。……よくやった、ソラリス」
打算的な父のことだ。
こいつ使える……という判定なのだろうが、高評価なのは悪いことじゃない。
利益をもたらす有能なビジネスパートナーとして、私を認めてくれた。
これで当分、家を追い出されたり路頭に迷うバッドエンドの心配はないかな。
「失礼いたします」
ノックと共に執務室に入ってきたのは、真新しい準騎士団の制服に身を包んだレオンだった。
私の家に彼がいるのは、少し不思議な感覚だ。
「お父様。彼が私の専属騎士として、しばらく護衛につきたいと申し出てくれました」
レオンが一礼する。
父は意外そうな顔で尋ねる。
「構わんが、君はサブパートナーだろう? それはどうする?」
「そちらは維持させていただければ、と思います。それとは別にソラリス嬢が学院にいる間、俺に護衛をさせてください」
公爵令嬢というのはなにかと犯罪に巻き込まれやすい。
父としても断る理由はないだろう。
「そのほうが、こちらも助かる。今回もソラリスを助けてくれたこと、感謝する。あとで褒美を渡しておく」
「はっ、ありがたき幸せ」
「それでは、失礼しますわ」
私たちは二人で執務室を出て、廊下を歩く。
大股で歩いていた以前とは違い、レオンは私の斜め後ろを、歩幅を合わせて静かについてくる。
「……よかったのですか? 私の専属なんて……。ただの騎士団員の方が、あなたの正義には近かったのでは?」
振り返って尋ねると、レオンは真っ直ぐに私の目を見つめ返してきた。
「ずっとではない。しばらくの間だけだ」
それでも、ありがたくはある。
レオンは少し間を取ってから、本音を漏らす。
「正直、俺は君のことが大嫌いだった。……少し前までは。でも最近は、もう少し知りたいという気持ちが芽生えてきた」
「あら、それは嬉しいお言葉ですこと」
「それにバイスとの戦い。君がいなければ、俺は負けていたかもしれない。その礼も兼ねてだ」
フッとレオンが笑う。
堅物な感じだったので、初めて見たかもしれない。
中々素晴らしい感じじゃないの。
内面も確認させてもらった。
【総合】+270
【親近】+62
【敬意】+57
【忠誠】+52
【信頼】+50
【庇護】+49
おー、最初に比べるとだいぶ変わった。
まだ好感度マックスにはほど遠いけれど、かなり改善してきている。
これを維持、または向上させていけるように頑張ろう。
人の心って、うつろいやすいからね。
☆
それから数日後。
学院内は、シュリーマン家の没落とバイスの退学の噂で持ちきりだった。
かなりショックを受けていた男女が多いようで、早退する人も結構いた。
内面は悪魔みたいなのが、これだけ聖人としてもてはやされるのは怖いよね。
「いや、逆に聖人って怪しいのかも」
人間、普通に生きてたら聖人にはなれない。
狙ってポイントを重ねていかないとね。
そう考えると、聖人って怖い。
さて、私は騒音を避け、学園の二階にある見晴らしの良いテラスで風に当たる。
ふと下の中庭を見下ろすと、金髪の美しい青年が令嬢たちに囲まれて浮かれているのが見えた。
この国の王太子であり、私のサブパートナー。
アーサー殿下だ。
遠いけど、頑張って口の動きを読んでみる。
「君の瞳はどんな宝石よりも美しい。ずっと僕の傍で、その輝きを見せてくれるよな?」
「きゃあっ、アーサー殿下……!」
みたいな感じの会話をしているっぽいね。
甘い言葉に、令嬢たちが頬を赤く染めてため息をつく。
まるで絵画のような、完璧な王子様の姿だ。
見た目だけは。
敏感に反応するシステムを、私は冷めた目で眺める。
【Gap:100%】
——うわぁ、なにがすごいって、喋る言葉のほとんどがこれなことだ。
ある意味、バイスよりもすごい。
ちなみに、あの王子も私を破滅に導く可能性がある……だけじゃなく、この国自体を滅ぼす危険性がある。
このまま、野放しにはできない。
「ここにいたのか」
レオンが弁当を片手にやってきた。
「レオン様、お身体の調子はどうでしょう?」
「俺なら元気だ。昨日も十時間訓練したぞ」
「よかったですわ。また、忙しくなりそうですの」
「……そうか。俺にできることは、協力しよう」
レオンの力が使えるのは本当に助かる。
次は、王子の化けの皮を優雅に引っぺがして差し上げなくてはね。
この学院には、まだまだ私を楽しませてくれるイベントがたくさん用意されている。
たった一つのハッピーエンド目指して……
私は邁進するのみですわ——
終わり
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
これにて終わりとなります。
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