第八話:告白
「……貴殿は、どこから来た?」
その問いは、静かではあったが、陣屋の空気を一瞬で凍りつかせるほどの重圧を伴っていた。
「雷神」と称される名将、立花道雪。
車椅子代わりの輿に座りながらも、その眼光は射抜いた獲物を逃さない鋭さを持っている。
傍らでは安東家忠が固唾を呑んで見守り、誾千代が不思議そうに俺の顔を覗き込んでいた。
俺の背中を、嫌な汗が伝う。
(ここで嘘をついても、この男には見抜かれる。……いや、嘘をつく気力ももう残っていない)
アイドル業界で培った「ハッタリ」や「営業スマイル」は、本物の死線を潜り抜けてきた男の前では、安っぽい薄紙同然だった。
俺は覚悟を決めた。ここで隠し事をしても、いつか必ず破綻する。ならば、信じられずとも真実を叩きつけるしかない。
俺は深く息を吸い込み、道雪の瞳を真っ直ぐに見返して、言い放った。
「……信じられないでしょうが、俺は未来から来ました。今から四百年以上あとの、日本からです」
その場の空気が、止まった。 一秒。二秒。
パチパチと、陣屋の隅で燃える篝火の音だけがやけに大きく聞こえる。
(さあ、どう来る? 切り捨てられるか? それとも狂人として追い出されるか?)
「……みらい、だと?」
道雪が眉を寄せた。
「そうです。俺のいた時代では、戦なんてありません。みんなスマホっていう光る板を持って、好きなアイドルの動画を見て……あ、アイドルっていうのは、歌って踊って、みんなを笑顔にする人たちのことです。俺はそんな彼女たちを支える仕事をしていたんです」
沈黙。家忠が困ったように頬を掻き、道雪は無表情のまま俺を凝視している。
「では、一つ聞こう。小野殿」
道雪が重々しく口を開いた。
「もし貴殿が本当に未来から来たというのなら、我が立花家はどうなっている。四百年後も、この九州の地で栄え続けているのか。それとも……滅びたか」
心臓が跳ねた。 歴史の知識……。正直に言って、俺はそこまで歴史マニアじゃない。 学校の授業はそれなりに真面目に受けていたから、織田信長が本能寺で死ぬとか、徳川家康が江戸幕府を開くとか、そんなメジャーな出来事なら知っている。だが、教科書にすら載っていたか怪しい九州の地方勢力の歴史なんて、これっぽっちも知らない。
「え……いや、それは……」
言葉に詰まる俺を見て、道雪の目がわずかに冷めた。
「答えられぬか。……ふむ、やはり立花の名は残っておらぬか。風に舞う塵のごとく、歴史の狭間に消えたのだな」
「あ、いや! 違います! 名前は絶対に有名です!」
俺は慌てて記憶の引き出しをひっくり返した。 歴史の教科書ではない。もっと身近な、現代の「娯楽」の記憶だ。
「ええと、その……『戦国有双』っていう、すごく人気のある遊びがあるんです! 俺が持ってた『Wij』っていう機械で遊ぶゲームなんですけど、その中じゃ誾千代様は、めちゃくちゃ強い看板キャラの一人なんですよ! 派手な武器を振り回して、何千人もの敵をなぎ倒すんです!」
「……せんごくむそう? うぃーじぇい?」
家忠が首を傾げ、道雪の眉間の皺も深くなる。
「そうです! 誾千代様だけじゃない。立花家は、四百年後の子供たちだって知ってる『最強の武将グループ』なんです! 道雪様は……ええと、そのゲームにはまだ出てなかった気がしますけど、でも誾千代様のお父上として伝説になってますから!」
必死だった。 だが、道雪の反応は、俺の熱量とは正反対のものだった。
「……く、ふふ。ははははは!」
道雪が突然、肩を揺らして笑い出した。
「うぃーじぇい、という機械の中で、我が娘が千人の敵をなぎ倒すか! 小野殿、貴殿はなかなかに狂っておるな。どこぞの隠れ里の伝承か、あるいは南蛮の幻術か。……だが、面白い。貴殿がどこの誰であれ、その突拍子もない物言いは、この退屈な陣中では良き気晴らしになる」
「あ、いや、冗談じゃなくて、本当に……」
「よい、よい。それ以上は申すな。未来だの何だのと嘘を重ねる必要はない。貴殿が『立花の名は残っている』と、そう言ってくれただけで十分だ」
道雪の笑みは、どこか俺を「風変わりな狂人」として受け入れたような、慈悲深いものだった。
隣で安東家忠も、なんとも言えない切ない表情で俺を見つめている。
「小野殿……無理をなさらずともよいのです。よほど語りたくない過去があるのでしょうな。出身を隠すためにそこまで壮大な作り話を……。我ら立花家は、訳ありの者であっても才あれば拒みませぬ。安心なされ」
家忠は、俺の肩をポンと叩いた。
その目は「かわいそうな人を見る目」だった。 (……完全に、同情されてる。しかも、めっちゃ良い話っぽくまとめられた……)
結局、俺の「一世一代の告白」は、歴史の闇に消えたい男の「必死のジョーク」として、温かくスルーされてしまった。
だが、道雪の笑みは、不意に消えた。
「小野殿。……一つだけ、貴殿の言葉に甘えておこう。もし貴殿が言うことが真実で、未来を知っているというのなら。この先、我が娘……誾千代がどうなるか、教えてはくれぬか」
その問いに、小野の心臓が跳ねた。 「戦国有双」のキャラクターとしての誾千代。
その華やかなモデルの裏側にある、彼女の「最期」にまつわる噂。
(確か……誾千代様は、若くして亡くなるんじゃなかったか……?)
うろ覚えの知識が、脳裏を掠める。 だが、そんな俺の不安を遮るように、誾千代が俺の裾を引いた。
「小野! その『うぃーじぇい』というやつ、私にも見せてくれ! 千人の敵をなぎ倒す私というのを、一度見てみたい!」
「ええ……。あー、今は電池が切れてて、無理ですね……」
俺は適当な嘘で誤魔化した。 誾千代の無邪気な笑顔が、今の俺には少しだけ眩しすぎた。
告白は失敗した。けれど、俺はこの「最強のアイドル」候補を守らなければならないと、改めて強く感じていた。




