第七話:伝令フロー
翌朝。
陣の奥、地図と簡単な柵が組まれた一角に呼び出された。
「小野、こちらへ来い」
立花道雪の声に促され、俺は膝をつく。
その隣にいたのは、初めて見る男だった。
年の頃は四十前後。背は高くないが、姿勢が異様なほど崩れない。
派手さはない。
けれど――目だけが、戦場の空気を知り尽くした色をしている。
「こちらが、安東家忠だ」
「は。立花道雪様の代より、伝令を任されております」
安東はそう名乗ると、俺を一瞬だけ見た。
値踏みするような視線。だが、不思議と嫌な感じはしない。
“人を使う側”の目だった。
「昨日の戦、伝令の件で話があると聞いた」
「はい。戦中、情報が届くまでに時間がかかりすぎちゃってました」
道雪が静かに頷く。
「小野の申す“段取り”というやつだ。
まずは、今のやり方を話せ」
安東は一歩前に出て、淡々と語り始めた。
「戦が始まれば、基本は三つ」
そう言って、指を折る。
「一つ。伝令走り。
徒歩、あるいは馬で直接伝える」
「二つ。狼煙。
高台より煙を上げ、数と間隔で意味を持たせる」
「三つ。太鼓、法螺貝。
音で軍の動きを変える」
兵たちは黙って耳を傾けている。
「だが……」
安東は一拍、言葉を切った。
「戦が急になれば、狼煙の準備は間に合わぬ。
太鼓も、敵の音と混じれば誤る。
結局、最後は“人が走る”ことになる」
昨日の混乱が、はっきりと脳裏に蘇る。
俺は地面に描かれた陣形を見つめながら、口を開いた。
「……現代で言うと、それ」
全員の視線が集まる。
「全部、“自己判断”に頼りすぎてます」
安東の眉が、わずかに動いた。
「誰が見るか。
誰が伝えるか。
誰が受け取るか。
全部、その場の流れ任せになってる」
「速い人がいれば助かるし、
いなければ詰む」
兵の一人が、黙って頷いた。
「現代だと、これ……事故ります」
一瞬、空気が止まる。
意味を察して頷く者。
言葉が理解できず、俯く者。
反応は様々だった。
「……崩れる、って意味です」
誾千代は腕を組んだまま、黙って聞いている。
安東が低い声で言った。
「ならば、小野殿。
そなたは、どう変える」
俺は息を整えた。
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その瞬間、また《Happy☆ness》のことを思い出していた。
メンバーは、一人で全部をこなせるわけじゃない。
リーダーとして引っ張る者がいれば、
技術を磨く者もいる。
遅刻ばかりする者、
ビジュアルは抜群だが技術が追いつかない者。
それぞれが欠けたまま、補い合って、
ようやく“グループ”になる。
その上には、方向を決めるプロデューサーがいて、
話を受けて曲を作る作曲家がいて、
曲を聞いて振りを付ける振付師がいる。
アイドルに限らない。
人には“役割”がある。
その役割を無視して、
全員が好き勝手に動けば、
組織は簡単に壊れる。
そんなことを考えていると、
あの日、戦国へ飛ぶ前に話した
「ゆき」と「あいな」の顔が浮かんだ。
SNSに囚われすぎている、と
俺は心の中で彼女たちを責めていた。
でも今なら思う。
SNSだって、立派な集客だ。
他のメンバーが技術で支えていたからこそ、
彼女たちは“見せる役割”を担おうとしていたのかもしれない。
「……少し離れると、
憎たらしかった子も可愛く見えるもんだな」
そんな独り言を胸の中で呟き、
俺は思考を戦場へ戻した。
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短い沈黙のあと、
俺は口を開いた。
「役割を、固定します」
地面に線を引く。
「“見る役”。
前線で敵の動きを観察する者」
「“渡す役”。
狼煙、太鼓、伝令走りを事前に決める」
「“受け取る役”。
必ず、道雪様か誾千代さんに届く位置を作る」
安東が腕を組む。
「戦の前に、そこまで決めると?」
「はい」
即答だった。
「“起きてから考える”と、人は迷います」
道雪が口を挟む。
「だが、戦は生き物だ。
想定通りにはいかぬ」
安東も続けた。
「混乱こそが戦だ。
段取りが、逆に足を引くこともある」
「だからです」
俺は顔を上げた。
「中身はズレてもいい。
“誰が動くか”だけ決めておけば、
情報は必ず前に進む」
安東はしばらく黙って俺を見つめていた。
「……理に、かなっている」
低く、重い声。
「道雪様の時代にも、
伝令の遅れで兵を失ったことがある」
その一言で、空気が変わった。
「小野殿の申すことは、理にかなっている。
だが……軽くはない」
誾千代が口を開く。
「小野」
視線が合った。
「そなたは、なぜそこまで戦を“整えよう”とする」
胸が詰まる。
「……死にたくないからです」
兵たちがざわつく。
「俺は武士じゃない。
昨日みたいな戦を、何度も越えられる人間じゃない」
「だから、生き残る確率を上げたい」
誾千代は、しばらく俺を見つめていた。
「……異物だと思っていた」
心臓が跳ねる。
「だが、只者ではないともな」
安東が深く頭を下げた。
「小野殿。
その“段取り”、形にしてみましょう」
「伝令は、命を運ぶ役目です」
「ならば、その命を無駄にせぬやり方を、
我らも学ぶべきでしょう」
兵たちも静かに頷いた。
地図を囲み、自然と議論が始まる。
狼煙の数。
太鼓の合図。
伝令の交代制。
話し合いながら、俺はふと気づく。
――言葉が、通じている。
誰も俺を笑わない。
この世界の理屈の中で、
俺の考えが“使われている”。
(俺……順応してきてないか)
「死にたくないから、現代に戻りたい」
それは本音だ。
でも同時に、
(ここなら、役に立てる)
そんな感覚が、確かに芽生えていた。
怖い。
この世界に、居場所を感じ始めている自分が。
誾千代が、ふとこちらを見る。
その視線は、昨日よりほんの少しだけ――
また“仲間を見る目”に近くなっていた気がした。
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安東と俺、誾千代を中心に、
伝令体制についての話し合いは本格化した。
まず、陣を張った際に
必ず伝令方法を即座に決め、準備することをルールとした。
準備を担う専属の組を作り、
それぞれに伝令の得意分野を持たせる。
安東は道雪様の出陣に同行するが、
不在でも回る体制を敷く。
戦場の地形によって、準備を変えることも決めた。
風通しの良い場所では、狼煙は役に立たない。
山と山に挟まれた場所では、
太鼓の音が反響し、合図を誤る。
それは現場の兵士だからこそ出てくる意見だった。
議論は勢いを増し、
伝令の“流れ”は、しっかりと形になった。
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兵士から温かい茶をもらい、
道雪様、安東、誾千代と並んで腰を下ろす。
安東は一口飲み、息を吐いた。
「小野。
貴殿のおかげで、我らの軍は隅々まで指示が届くであろう」
「敗走する兵も減り、
討死する兵も減る」
「感謝する」
その言葉は、重すぎた。
現代の知識を借りているだけの俺に、
命を賭けて戦う武将の言葉は、
簡単に受け取れるものじゃない。
「いや……僕は意見を言っただけで……」
そう言って誾千代に視線を向けると、
なぜか彼女は、少し誇らしげな顔をしていた。
「小野は、我らが気づかぬところに目を向ける。
しかも、それが助けになることばかりだ」
また褒められてしまった。
どう返せばいいかわからず、
夕焼け空を見上げながら、
俺は茶を一口飲んだ。
その時、道雪が静かに問いかけた。
「小野。
貴殿はなぜ、そこまで博識なのだ」
「なぜ、あの戦場の渦中に身一つでいた」
「死ぬるのが怖いという貴殿が、
なぜ、あのようなことができた」
「貴殿は……どこから来た?」
――次回
現代と、戦国時代。
しばらく時間空いちゃったので少し長めにしてみました。
ぎっくり腰になってしまい腰が痛いです。
仕事が思わぬ場面で役立つ時ってありますよね、そんな時だけは自分が誇らしいです。




