第六話:誾千代の本音
戦が終わったあと、野営の周りには火の匂いと血の鉄臭さがまだ残っていた。
さっきまで耳を刺していた怒号や太鼓の響きは、もうどこにもない。
けれど俺の耳には、まだ“残響”がこびりついていた。
怒号、悲鳴、金属同士が砕ける音。
そして——「死にたくない」と泣き叫んだ兵の声。
あれだけ生々しい声は、きっと一生忘れられない。
周りでは医師や兵たちが慌ただしく負傷者の処置をしていた。
俺も腕をかすり傷で切っていて、布で巻かれた部分がズキズキする。
けど、不思議と心は静かだった。
戦場の中に飛び込んだときのほうが、よっぽど怖かった。
「小野。」
振り返ると、誾千代が立っていた。
鎧の上から血が乾きかけていて、顔には泥がついている。
なのに、戦の最中には絶対見せない“柔らかさ”が顔に浮かんでいた。
「腕は大事ないか?」
「え、あ、はい。かすり傷なんで。」
俺が慌てて笑うと、誾千代は小さく息を吐くように微笑んだ。
その顔は、戦では見られない…年相応の少女の横顔だった。
「……小野、そなたは怖かったであろう。」
「いや、まぁ…そりゃ、怖かったですよ。」
誾千代は焚き火の揺れる光を見つめながら言う。
「戦の最中にそなたの顔を見た時、私の初陣を思い出した。」
息が詰まった。
——やっぱり、誾千代も怖かったんだ。
「だが私は武士だ。怖くとも立っていねばならぬ。」
「立花を守るため?」
「それもあるが……」
焚き火がぱち、と音を立てる。
「“皆が見ているから”だ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がざわついた。
どこかで聞いたような言葉。
まるで、ステージの上に立ってライブをする誰かの言葉みたいだった。
「……それ、なんか、うちの子たちと似てますね。」
「うちの子たち?」
「あ、いえ。こっちの話です。」
誾千代は深くは聞かず、焚き火の光を見つめながら小さく続けた。
「人は“見られている”と強くなれる。
だが“見られている”からこそ……
自分を、壊すしかなくなるのだ。」
「壊れぬように立っているだけの私を、皆は“それでこそ誾千代様”と言うのだ。」
炎に照らされた彼女の横顔は、強さと弱さが同居していた。
俺は黙って、ただその姿を見ていた。
ようやく“わかりかけた”気がした
彼女が“戦う理由”も、“泣いた理由”も──
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「“皆が見ているから”だ」
その言葉で、昔の光景が頭に蘇った。
人気が出る前の《Happy☆ness》。
その中に、ファンから“完璧なアイドル”と呼ばれていた子がいた。
歌もダンスも練習熱心。
SNSもこまめに更新。
ミーティングにも積極的に参加する。
……ただ、推されてなかった。
皆が称賛する“完璧なアイドル”像はあるのに、
実際にその子を推すファンは少なかった。
ステージでのその子は
良く言ったら、練習の成果が出た完璧なパフォーマンス
悪く言ったら、個性のなく見ていて面白くないパフォーマンスだった。
俺はもっと個性を出してほしくて、舞台仕事に挑戦させたりもしたけど……
結果は「悪くもないけど良くもない」。
ある日、俺はその子に聞いた。
「もっと自分出していいんじゃない?
今、他のアイドルに埋もれてるよ。」
するとその子は俯いて言った。
「だって…」
—— 「みんなが見てるから…」
完璧なアイドル像に縛られ、
“自分”を出すことから逃げ続けたまま卒業していった。
そして、アイドルを辞めた途端、
まるで弾けるみたいに夜遊びに走り……
“そんな子じゃなかったのに”と
俺たちのほうが驚かされた。
誾千代の言葉が、
その時の彼女と重なって胸が締め付けられた。
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「小野様、道雪様がお呼びです。」
兵士に連れられ、道雪の本陣へ向かった。
道雪のそばには、
戦中に輿を担いで走っていたあの人たちが
もう2人しか残っていなかった…
昨日酒を交わして、たくさん喋ったあの人たち…
道雪の前で改めて思い返した瞬間、さっきの“血の匂い”が喉に逆流してきた。
戦国時代の惨さに、また気を落としそうになった時、
道雪が口を開いた。
「小野、先は敵の綻びを見つけ、よう我らに伝えてくれた。
これで兵の損傷も軽微で済んだ。」
道雪の優しい笑顔に少し気持ちが楽になり、
俺は道雪のお礼に現代人の謙遜というものを見せてやった。
「いえいえ…そんなそんな、道雪様たちの武勇があってからこその綻びでしたので…
僕は気づいたことを皆様に言ってみただけです。」
「逆に、戦略とか知らないど素人が口を出してしまい申し訳ありません…
次からはちゃんと皆さんと相談をしてからご報告しますね。」
道雪は少し眉を寄せ、怪訝な顔をしながら言ってきた。
「貴様の功を誉めているのだ、素直に受け取っておけ」
謙遜しすぎて気持ち悪がられてしまった。
俺はふと今日の戦を思い出し、
伝令の準備が整っていなかったことについて道雪に尋ねた。
「戦の最中、戦術変更とか…トラブル起きたらどうしてるんです?」
「我が先頭に立ち、士気を上げる。
それが立花の戦よ。」
いや、その話じゃなくて……
と内心ツッコミつつ、俺は伝令の準備が出来ていなかった件を説明した。
道雪は重く息を吐く。
「……そなた自ら馬を駆ったのは、そのためか。
すまぬ。今までも、我の知らぬところで混乱があったのやもしれぬ。」
——やっぱりここは改善しないとダメだ。
「伝令の皆さんと一度会わせてもらえませんか?
初動のフローを作らないと、次も危ないと思うんです」
「ふろう…とは何だ?」
「えっと、その…戦が始まる前の“段取り”みたいなやつです」
道雪ははっきり頷いた。
「よかろう。すぐに手配させよう」




