第二話:雷神とその家族
戦国時代へタイムスリップした「小野」
立花と叫んでいた者と、いよいよ相対する.....!
気づけば、俺は戦国時代の戦場のど真ん中にいた。
鉄の匂いと土煙。叫び声が空を裂く。
その混乱の中、背後から誰かに腕を掴まれた。
振り向くと、同い年くらいの若い侍が血まみれの顔で俺を見ている。
「貴様、どこの者だ!立花家の間者か!」
「か、間者!?ちがっ、俺は――」
言葉を飲み込んだ瞬間、男が倒れた。
背中に、一本の矢が突き刺さっていた。
「下がれ!」
凛とした声が、戦場の空気を裂いた。
振り向くと、一人の女性が馬に跨っていた。
黒い甲冑が風に揺れ、瞳は刃のように鋭く、それでいてどこか悲しげでもあった。
「我が名は立花誾千代。敵か味方か、答えよ!」
——立花誾千代。
さっきテレビの特集で聞いたばかりの名前が、現実の声として響いた。
言葉を失った俺を、彼女は馬上から見下ろし、わずかに眉をひそめる。
「ち、違うんです!気づいたらここにいて……俺もよくわからないんですけど、たぶん……タイムスリップです!」
一瞬、彼女の表情が固まった。
次の瞬間、兵たちの視線が一斉に俺へ向く。
あ、これは——詰んだかもしれない。
斬られる覚悟で、ぎゅっと目を閉じた。
.....
…..あれ、斬られない。
恐る恐る目を開けると、誾千代は刀を静かに鞘へ戻していた。
「異様な服装……怪しき者め。しかし、この場で殺すのは惜しい」
低くも美しい声が、どこか不思議な余韻を残す。
「この者を、道雪様の陣へ連れてゆけ」
背後の兵が動き出す。
どうやら——俺は、生き延びたらしい。
よくわからない言葉を口走ったのが、結果的によかったのかもしれない。
夜、陣営に連れられた俺は、立花道雪と思われる男と対面した。
雷のごとき眼光。
動かぬ下半身を隠すように布をかけ、輿の上から俺を見据える。
「名を申せ」
その鋼のような低く通る声に、思わず背筋が凍る。
「……お、小野です」
「おの、か。聞かぬ名だな。出身は?」
「福岡、です」
「ふく……どこの国の地か」
男の眉がぴくりと動く。
どこかで見た時代劇のイメージが頭をよぎった。
下手なことを言えば、侍はすぐに斬る——そう思うだけで、喉が動かなくなる。
「未来から来ました」
……なんて言っても、通じるわけがない。
俺はただ、沈黙するしかなかった。
道雪はわずかに笑った。
「まあよい、敵意は無さそうだ」
「運命というものは妙な縁を結ぶ。
雷に打たれた我が身がまだ生きておるのも、何かの導きであろう」
斬られなかったという安堵と、拭いきれぬ不安が胸の奥でせめぎ合う。
それでも、なんとか声を絞り出した。
「あ、ありがとうございます……」
その後、道雪のはからいか、俺には寝床まで用意された。
入り口には見張りが立ち、藁の寝床が一つ。
見ず知らずの部屋着の若者を受け入れるにしては扱いが良すぎることに違和感を覚えながらも、
ありがたく身を横にした。
「小野、入るぞ」
誾千代が粥を運んできた。
あまりの高待遇に、つい現代の感覚が顔を出す。
「飯これだけなん…!?」
思わず固まる俺を見て、誾千代は小さく笑った。
「毒など入っておらぬ。食え」
器を手に取り、一口すする。
――驚くほど、温かかった。
人の手で作られた料理を口にするのは、いつ以来だろう。
ただの粥なのに、涙が出そうになるほど優しかった。
しばらく無言で食事を取りながらふと落ち着くと、
この戦国時代のことが気になってきた。
「あなたたちは……いつもこうして戦ってるんですか?」
「そうだ。我ら立花家は大友の家臣。筑前を守るため戦い続けている」
誾千代の声には迷いがなかった。
「……怖くないんですか?」
問いに、彼女は微笑みを浮かべた。
その瞳の奥に、かすかな悲しみが揺れる。
「我は7歳のころから城を任された身。恐れていては、守れるものも守れぬ」
「死ぬのも……怖くないんですか?」
「怖くはない。守る者がある限り、人は立てる」
その言葉が胸を打った。
“守る者”――俺には、そんな存在がいたか?
仕事も、仲間も、全部“数字”でしか見てこなかった。
目の前の命を守るために動くなんて、考えたこともなかった。
「俺、ここに来る前……何も信じられなくなってたんです」
誾千代が眉をひそめ、片膝をついて俺に問いかける。
「信じられぬのは、他人か、自分か」
「……たぶん、どっちもです」
彼女は小さくうなずいた。
「ならば、まずは自らを知れ。ここでは、生きるか死ぬかしかない」
ただの現代マネージャーに戦場に立てって、無理ゲーすぎる。
明日死ぬんじゃないかと焦る俺を見透かしたように、彼女は続けた。
「戦でなくともよい。知恵でも、言葉でも、何かを為せ」
彼女の目はまっすぐで、嘘がなかった。
――あの《Happy☆ness》で笑っていた“ゆき”や“あいな”とは、違う。
ここにあるのは、本物の覚悟だ。
俺は、何を怖がっていたんだろう。
何も信じず、何も守らず、ただ惰性で生きていた自分。
信念とかはまだわからないけど、ここにいると何か得られるような気がしてしまった。
「……わかりました。俺にできること、探してみます」
誾千代が小さく頷いたとき、外で雷鳴が轟いた。
道雪の異名、“雷神”。
その名の通り、雷が夜空を裂き、俺の胸にも何かが灯った。
ふと耳を澄ますと、どこかで小さく「ワン!」と聞こえた。
まさかと思って振り返ると、荷物の影に――茶太郎がいた。
「お前……まさか、お前も来たのか」
泥にまみれ、爪はボロボロ。
それでも俺を見つけて駆け寄ってくる小さな体を抱き上げると、
茶太郎は膝の上に丸くなり、安心したように息を吐いた。
その瞬間、涙がこぼれた。
「……ありがとう。お前がいてくれてよかった」
ここは異世界じゃない。
けれど、異世界よりずっと“本気”の世界に来てしまった。
――俺、ここで生きてみよう。
現代よりずっと辛いかもしれないし
もしかしたら——死ぬかもしれない
でも道雪、誾千代を見ていて思ってしまった。
「こんな人たちを……マネジメントしてみたい」
誰かのために動く素晴らしさが、ここで感じられるような気がした。
次回、第三話「雷神にマネジメントはまだ早い」へ――。
最後まで見ていただきありがとうございます!
これからも楽しんでみていただけたら幸いです。




