第六十七話:脆弱性 (Vulnerability)
すみません。予約の時間を間違えてました。こちらは22時10分に公開しました。
【免責事項】
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。
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【残り18時間】
PEOCは、巨大な探偵事務所のようになっていた。
レオとNSA(国家安全保障局)のチームは、ロシア海軍の将校数千人分の個人データを、壁一面のスクリーンに映し出し、AIによるプロファイリングを進めている。
家族構成、病歴、銀行口座の金の流れ、SNSの裏アカウントの投稿履歴……。
あらゆる情報が、容赦なく、丸裸にされていく。
俺は、それを見ながら、少しだけ、心が痛んだ。
(……うちの会社でも、人事部が、社員のSNSを、こっそりチェックしてるって、噂があったな……)
「……見つけた」
レオの、その一言に、PEOCの全員が、息を飲んだ。
スクリーンの中央に、一人の、男の顔写真が、映し出される。
厳つい、いかにも軍人らしい、中年男性だ。
【艦長:ミハイル・ヴォルコフ】
【階級:大佐】
【経歴:ロシア海軍の英雄。数々の極秘任務を、完璧に遂行。イワノフ大統領からの、信頼も厚い】
「……こいつだ」レオは、断言した。「完璧すぎる。だが……」
彼は、別のウィンドウを開いた。
そこに映っていたのは、一枚の、医療カルテだった。
「……こいつには、娘がいる。アンナ、8歳。だが、彼女は、重い心臓病を患っている。適合するドナーが見つからなければ、余命は、半年……」
「……なんだと?」
ミリー議長が、声を上げた。
「そして、これを見ろ」
レオは、さらに、別のデータを表示した。
それは、モスクワ郊外にある、一軒の、病院の、入退院記録だった。
「アンナ・ヴォルコフは、一週間前、この病院に、極秘に、入院している。そして、彼女の、心臓移植手術の、ドナーが、『奇跡的に』見つかった。手術は、今週の、金曜日に、予定されている」
PEOCが、ざわついた。
「……その病院の、経営母体は?」
「司書」の、冷たい声が、響いた。
「……もちろん」レオは、答えた。「ロシア政府が、100%、株を保有する、国営の、医療機関だ」
ピースが、はまった。
残酷な、パズルの、最後の、ピースが。
イワノフは、ヴォルコフ艦長の、最も、大切なもの……娘の命を、人質に取っているのだ。
艦長に、裏切るという、選択肢は、ない。
もし、彼が、任務の遂行を、ためらえば。
彼の娘の、命は、消える。
「……なんという、非道な…!」
ハリソン首席補佐官が、怒りに、声を、震わせた。
だが、俺の心に、浮かんでいたのは、怒りではなかった。
それは、痛みだった。
俺は、彼のことを、他人事とは、思えなかった。
もし、俺が、彼だったら?
もし、会社の、理不尽な命令と、
自分の、家族の、命を、
天秤に、かけられたら?
俺は、迷わず、会社を、選ぶだろう。
……いや、選ばざるを得ないだろう。
それが、サラリーマンの、悲しい、性だ。
「……分かった」
俺は、静かに、言った。
「フェーズ1、情報収集は、完了だ。
これより、フェーズ2、『包囲網の形成』に、移行する」
俺は、ミリー議長に、向き直った。
「ミリー君。
我が国の、最新鋭の、攻撃型原潜を、
今すぐ、バルト海に、向かわせろ」
「はっ!」
「だが、目的は、攻撃ではない。
いいか、絶対に、攻撃するな。
ただ、ヴォルコフ艦長の、潜水艦の、
真後ろに、ぴったりと、つけろ」
「……真後ろ、に……?」
「そうだ。
ソナーにも、レーダーにも、映らない、
完璧な、死角。
ゴーストのように、ただ、静かに、
彼の、後を、ついていくんだ。
決して、姿を、見せるな」
俺の、その、奇妙な、命令に、
ミリー議長は、戸惑っていた。
だが、その、本当の、意味に、
最初に、気づいたのは、「司書」だった。
彼女は、俺の顔を、見つめて、
かすかに、呟いた。
「……なるほど。
物理的な、包囲網では、ない。
心理的な、『プレッシャー』を、
かけようというのか。
『我々は、お前の全てを、知っているぞ』
という、無言の、圧力を……」
そうだ。
これは、俺が、営業時代に、
ライバル会社の、担当者に、
よく、使っていた、手だ。
相手の、行きつけの、居酒屋に、
偶然を、装って、現れる。
相手の、好きな、ゴルフ場の、
予約を、こっそり、取っておく。
そうやって、無言の、圧力を、かけるのだ。
「俺は、お前のことを、お見通しだぞ」と。
「……そして」
俺は、最後の、指示を、出した。
その、声は、冷たく、そして、重かった。
「……レオ君。
君にしか、できない、仕事だ」
「ヴォルコフ艦長の、潜水艦に、
一本だけ、メッセージを、送れ。
暗号化された、短い、メッセージをな」
「……どんな、メッセージを?」
俺は、目を、閉じた。
そして、究極の、選択を迫られた、
一人の、サラリーマンの、心に、
最も、深く、突き刺さるであろう、
悪魔の、言葉を、告げた。
「……こう、送れ」
『君の娘さん、手術の成功を、祈っている』
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最新話は明日の7時10分更新予定です。




