第六十五話:絶望的プロジェクト (The Hopeless Project)
免責事項】
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。
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【残り22時間】
『全面核戦争を、
引き起こすことなく、な』
イワノフの、その言葉を最後に、
ホットラインは、沈黙した。
PEOCを支配したのは、
先ほどまでの比ではない、
底なしの、絶望だった。
「……不可能だ」
CIA長官が、椅子に崩れ落ちた。
「世界中の海の中から、
たった一隻の、最新鋭の、戦略原潜を、探し出せだと?
しかも、攻撃はするな、と?
……できるはずがない。
これは、ゲームですらない。
ただの、処刑宣告だ」
その通りだった。
どうしようも、ない。
俺は、もう、考えるのを、やめたかった。
だが、PEOCにいる、全員が、
俺を、見ている。
絶望の淵で、最後の、神の一手を、待っている。
やめてくれ。
俺は、神様じゃない。
ただの、サラリーマンなんだ。
潜水艦なんて、映画でしか、見たことがない。
俺は、自分の家の鍵ですら、週に一度は、見失う男なんだぞ。
無理だ。
もう、辞めたい。
この、プレッシャーに、耐えられない。
俺は、全てを、投げ出したかった。
だが、その時。
俺の脳裏に、あの、伝説の営業部長の、声が、響いた。
『いいか、佐藤。
どんなに、絶望的なプロジェクトでもな。
絶対に、諦めるな。
客の前で、死んだ魚のような目を、見せるな。
ハッタリでも、いい。
やれるフリを、しろ。
お前が、諦めたら、その瞬間に、プロジェクトは、死ぬんだよ』
そうだ。
俺は、今、この、
株式会社「地球」の、
存亡をかけた、プロジェクトの、
責任者、なんだ。
俺が、諦めるわけには、いかない。
俺は、顔を上げた。
そして、絶望に沈む、我が社の、
優秀な、社員たちに、告げた。
その声は、震えていたかもしれない。
だが、必死に、いつもの、上司の、声色を、作った。
「……よし」
俺は、言った。
「……最悪の、状況だな。
だが、やるしかない」
俺は、振り返った。
そして、PEOCの隅で、呆然と立ち尽くしている、
アシュリーに、命じた。
それは、炎上するプロジェクトの、
深夜の会議で、いつも、俺が、口にしていた、
あの、言葉だった。
「アシュリー君。
ホワイトボードを、持ってきてくれ」
「……え?」
「聞こえなかったのかね?
今から、緊急の、キックオフミーティングだ」
俺は、震える手で、マーカーを、握りしめた。
(何をすればいいか、分からない。
だが、少なくとも、会議をしているフリをすれば、
何か、やっているようには、見えるはずだ……!)
「『潜水艦探索プロジェクト』の、
WBS(作業分解構成図)の、
作成を、始めるぞ」
俺の、その一言に、
絶望に沈んでいた、プロフェッショナルたちの顔に、
かすかな、光が、宿った。
彼らは、まだ、信じているのだ。
俺が、また、何か、
奇跡のような、解決策を、
この、ホワイトボードの上に、
描いてくれるのだと。
俺は、その、あまりに重い、期待に、
押し潰されそうになりながら、
ただ、祈った。
(助けてくれ、部長……!)
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最新話は本日の11時10分更新予定です。




