第六十四話:トップ会談 (The Top Meeting)
【免責事項】
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。
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【残り23時間】
PEOCは、静かな、しかし、熱狂的な、集中力に支配されていた。
それは、巨大プロジェクトの、締切前夜の、空気だった。
誰もが、自分のタスクに、没頭している。私語は、ない。あるのは、キーボードの打鍵音と、時折響く、状況報告の声だけだ。
そして、俺は、その中央で、プロジェクトの進捗を管理する、PMとして、静かに、全体を見渡していた。
恐怖も、不安も、もうない。
あるのは、ただ、このプロジェクトを、絶対に、納期までに、終わらせる、という、鋼の、意志だけだ。
「……出ました」
最初に、声を上げたのは、「司書」だった。
約束通り、きっかり1時間で、彼女は、一枚の、A4用紙を、俺の前に、差し出した。
【ヴィクトル・イワノフ大統領に関する、心理分析レポート】
その内容は、衝撃的だった。
CIAが、何年もかけて、分析してきた、複雑なレポートとは、全く違う。
彼女の分析は、シンプルで、しかし、本質を、抉り出すような、鋭さに満ちていた。
結論:イワ-ノフは、『秩序』の、信奉者である。
彼は、混乱と、予測不能な事態を、何よりも、嫌う。彼が求めるのは、チェス盤の駒のように、全てが、計算通りに、動く、完璧な世界。彼にとって、今回の核による脅迫は、世界というチェス盤を、自らの望む形に、再配置するための、『リセットボタン』に過ぎない。
「……そして」彼女は、付け加えた。「彼の、最大の、弱点。それは、彼が、自分以外の、『プレイヤー』の存在を、許せないことです。彼は、自分が、唯一の、ゲームマスターでなければ、気が済まない」
その時だった。
スピーカーから、レオの、興奮した、声が、響いた。
『……見つけたぞ! クソッ、とんでもない、セキュリティだったが……。見つけた! イワノフと、潜水艦の艦長を、直接結ぶ、ゴースト・チャネルだ!』
「よくやった、レオ君!」
俺は、叫んだ。
これで、役者は、揃った。
敵の、性格分析(顧客プロファイル)。
そして、敵との、直接交渉の、ルート。
俺は、PEOCの、全員に、告げた。
「……よし。これより、最終交渉に、入る」
「……最終交渉?」ミリー議長が、聞き返した。「閣下、一体、何を……? 脅迫か? それとも、取引か?」
「どちらでもない」
俺は、首を横に振った。
「これは、『トップ会談』だ」
俺は、レオに、命じた。
「レオ君。その、ゴースト・チャネルに、俺の声を、乗せろ。イワノフに、直接、繋ぐんだ」
『……正気か!? 向こうは、核の発射ボタンを、持ってるんだぞ!』
「だから、話すんだ」俺は、言った。「プロジェクトが、炎上している時は、担当者同士で、いくら話しても、ダメだ。責任のなすりつけ合いになるだけだ。……最後は、トップ同士が、腹を割って、話すしかないんだよ」
それは、日本の会社で、どうしようもなくなった、大型案件を、最後にまとめるための、究極の、奥の手だった。
PEOCが、固唾をのんで、見守る中、俺は、マイクの前に、座った。
やがて、スピーカーから、ノイズと共に、あの、冷たい声が、聞こえてきた。
『……何のつもりだ、ミスター・プレジデント。降伏の、準備は、できたかな?』
俺は、静かに、語りかけた。
それは、政治家でも、軍人でもない。
ただの、一人の、プロジェクトマネージャーとしての、言葉だった。
「……イワノフ大統領。君の、気持ちは、よく分かる」
『……何?』
「君は、今の、この、混沌とした世界が、気に入らないんだろう? 全てが、予測不能で、非論理的で、君の、完璧な計画通りには、進まない。……違うかね?」
電話の向こうで、イワノフが、息を飲む気配がした。
「俺も、同じだ」俺は、続けた。「俺も、嫌いだ。部下が、勝手なことをして、プロジェクトが、炎上するのはな。だから、俺は、今、ホワイトハウスに、完璧な、トップダウンの、管理システムを、再構築しているところだ」
『……それが、どうしたというのだ?』
「君と、俺は、似ている」
俺は、きっぱりと言った。
「君も、俺も、『秩序』を、愛する、人間だ。ならば、話は、早い」
俺は、彼に、驚くべき、提案を、投げかけた。
それは、人類の、誰も、予想しなかった、一言だった。
「……イワノフ大統領。君に、一つ、新しい、プロジェクトを、提案したい」
『……プロジェクト?』
「ああ。『全世界・統治システム・最適化プロジェクト』だ。君の、その、完璧な、計画性と、俺の、この、予測不能な、行動力。その二つを、組み合わせれば、きっと、世界は、もっと、良くなる。……そうは、思わんかね?」
「……俺と、手を、組め、と……? 馬鹿な!」
「馬鹿なものか」俺は、笑った。「君は、チェスの、名手だと聞いている。だがな、イワノフ君。一人でやるチェスほど、つまらないものはないだろう?」
俺は、最後の、殺し文句を、放った。
それは、会社の、優秀だが、孤立しがちな、エース社員を、口説き落とす時に、いつも使っていた、言葉だった。
「……俺と、一緒に、世界を『経営』しないか、イワノフ君。君を、我が社の、『筆頭株主』として、迎え入れようじゃないか」
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最新話は明日の7時10分更新予定です。




