第六十三話:プロジェクト始動 (Project Kick-off)
【免責事項】
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。
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俺の、震えるペン先が、一枚の、書類の上で、止まっていた。
左には、「司書」が差し出した、俺から全てを奪い、しかし、安楽な余生を約束する、『白紙の委任状』。
右には、ジェームズが広げた、建国の父たちが遺した、24時間だけ神となり、その後、全てを失う、『最後の稟議書』。
俺の脳裏に、一人の男の、顔が、浮かんでいた。
俺がいた会社の、伝説の、営業部長。
彼は、会社が倒産寸前に追い込まれた、巨大なシステム障害の時、たった一人で、全ての責任を背負い、三日三晩、家に帰らず、問題を解決し、そして、その直後、全ての功績を部下に譲り、会社を、静かに、去っていった。
あの時、彼の背中は、やけに、大きく、見えた。
俺は、目を、閉じた。
そして、ゆっくりと、ペンを、動かした。
インクが、乾いた羊皮紙に、吸い込まれていく。
そこに、俺の、震える字で、サインが、刻まれた。
ロナルド・J・ドランプ。
その瞬間、何かが、変わった。
俺の、中で。
恐怖が、消えたわけではない。だが、その、冷たい恐怖の、さらに奥深く。腹の底に、まるで、熱い鉄の塊が、鎮座したかのような、ずっしりとした、覚悟が、生まれた。
そうだ。
プロジェクトは、始まってしまったんだ。
納期は、24時間。
クライアントは、全世界。
そして、このプロジェクトが失敗すれば、会社(世界)は、潰れる。
ならば、俺がやるべきことは、ただ、一つ。
プロジェクトマネージャーとして、この、デスマーチを、完遂させることだ。
俺は、顔を上げた。
その目を見た、ハリソンも、ミリーも、そして、「司書」までもが、息を飲んだ。
そこにいたのは、もはや、怯える、サラリーマンではなかった。
締切前の、巨大プロジェクトの、最終局面で、完全に、ゾーンに入った、鬼の、管理職の顔だった。
「……ジェームズ君」
俺の、静かな、しかし、有無を言わせぬ声が、響いた。
「……残り時間を、正確に、カウントしてくれ」
「はっ、閣下。ただちに」
俺は、「司書」に向き直った。そして、彼女が差し出した、「白紙の委任状」を、手に取ると、ゆっくりと、破り捨てた。
「……君の、プロジェクトは、一旦、保留だ」
「……何?」
「君は、今この瞬間から、『プロジェクト・ゼロ』の、臨時メンバーだ。君のタスクは、一つ。我々が持つ、イワノフ大統領に関する、全ての、心理プロファイルを、分析しろ。彼の、弱点を、だ。アウトプットは、A4一枚のレポート。納期は、1時間後だ。できるかね?」
「司書」は、一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐに、挑戦的な笑みを浮かべた。
「……面白い。やってやろうじゃないか。その、『えーよん、いちまい』とやらを」
次に、俺は、スピーカーに向かって、言った。
「レオ君」
『……なんだよ』
「敵の、潜水艦を探すのは、もういい。君のタスクも、一つだ。イワノフ大統領と、その潜水艦の艦長を、直接、結んでいる、極秘の、通信回線を、探し出せ。何があっても、だ」
『……正気か。そんなもの、あるかどうかも……』
「ある。必ず、ある。トップは、常に、現場の、最終責任者と、直接、話したいものなんだよ。俺が、そうだからな」
そして、最後に、俺は、ミリー議長を見た。
「ミリー君」
「はっ!」
「DEFCONレベルを、上げるな」
「……は? しかし、それでは、敵に、我々の覚悟が……」
「上げるな、と言っている」俺は、一蹴した。「艦隊も、動かすな。全ての、通信を、沈黙させろ。俺が、許可するまで、ペンタゴンは、一切、動くな」
俺は、全員を、見渡した。
「いいか。これから、24時間、このプロジェクトの、全ての、意思決定は、俺が、一人で、行う。君たちは、俺の指示だけを、聞け。稟議書も、根回しも、必要ない。これは、『トップダウン・プロジェクト』だ」
PEOCは、静まり返っていた。
誰もが、俺の、その、あまりの、変貌ぶりに、言葉を失っていた。
そこにいるのは、傲慢な王でも、怯える庶民でもない。
ただ、冷徹に、タスクを、割り振る、完璧な、プロジェクトマネージャーだった。
俺は、ジェームズが設置した、巨大な、24時間の、カウントダウンタイマーを、見つめた。
【23:59:59】
(……ああ、そうだ)
俺は、心の中で、呟いた。
(……この感じだ。忘れていた。月曜の朝の、この、絶望的な、感覚。最高に、最悪だ)
プロジェクト『世界を救え』が、静かに、始動した。
それは、一人のサラリーマンにとって、人生で、最も長く、そして、最も過酷な、月曜日の、始まりだった。
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最新話は本日の20時10分更新予定です。




