第五十七話:新人研修と企業理念 (New Employee Training)
【免責事項】
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。
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「司書」がホワイトハウスの「経営企画室長」として迎え入れられてから、数日が過ぎた。
世界は、奇妙なほど、静かだった。
人類を滅亡の淵に追いやった秘密結社のリーダーが、今、ホワイトハウスの中で、アメリカ政府の最高機密情報にアクセスし放題になっている、などとは、誰も知らない。
俺は、すっかり、いつもの日常を取り戻していた。
朝は、閣僚たちを集めて「朝礼」を行い、一日の目標を共有する。
昼は、各部署から上がってくる「稟議書」に、目を通す。(もちろん、ジェームズが用意した、大統領専用の、鷲の紋章が入った立派なサインペンで、だ)
そして、夕方には、部下たちの「日報」をチェックし、明日の業務に備える。
完璧な、中間管理職ライフだ。
俺は、この世界でも、やっていける。そんな、自信さえ、芽生え始めていた。
だが、俺の知らないところで、ホワイトハウスは、静かなるカオスに包まれていた。
【アシュリー補佐官の場合】
「……いい? これが、コーヒーメーカーよ」
アシュリーは、ウエストウィングの給湯室で、「司書」に、社会人としての、基本的なスキルを教えていた。
「このボタンを押せば、豆が挽かれて、熱いお湯が……」
「司書」は、その、何の変哲もないコーヒーメーカーを、まるで未知の古代文明の遺物でも見るかのように、分析していた。
「……なるほど。カフェインというアルカロイドを、水という溶媒に抽出し、人間の神経系を刺激することで、知的生産性を、一時的に向上させるための、装置か。実に、興味深い。最適な抽出温度と、豆の焙煎度の、相関関係についての、データは、あるかね?」
「……ただの、コーヒーメーカーよ」
アシュリーは、力なく、答えるしかなかった。
【ミリー議長の場合】
「状況は!」
PEOCで、ミリー議長は、部下からの報告を、受けていた。
「はっ! ターゲット『ライブラリアン』は、現在、執務室にて、日本の『マンガ』と呼ばれる書物を、読書中の模様!」
「マンガ……? YOKANに続く、新たな暗号か?」
「解析によれば、『シマ・コウサク』という、日本のビジネスマンの生態を描いた、年代記のようです」
「ビジネスマン……?」ミリーは、唸った。「なるほど。敵国の、経済界の、構造を、分析しているのか。……油断するなよ。奴が、ページをめくる、その瞬間にこそ、何かの、意図が隠されているかもしれん……」
【レオ・シュタイナーの場合】
マサチューセッツ州の、とある地下室。
レオは、モニターに映る、無数のコードの壁を、睨みつけていた。
(……クソっ! また、弾かれた!)
彼は、この数日間、ホワイトハウスのネットワークに侵入し、「司書」に与えられた、あのノートパソコンの、中身を盗み見ようと、あらゆるハッキングを、試みていた。
だが、その全てが、完璧な、鉄壁のファイアウォールによって、防がれていた。
まるで、レオの思考を、先読みしているかのように。
『……無駄だよ、少年』
突然、レオのPCのスピーカーから、女の声が、響いた。
『君の才能は、認める。だが、君が、私の『オフィス』のドアを、ノックもなしに、開けようとするのは、少々、礼儀に欠けるのではないかな?』
「……てめえ!」
「司書」本人からだった。彼女は、ホワイトハウスの執務室にいながら、レオの、秘密の隠れ家を、完全に、特定していたのだ。
『……君のハッキング技術は、美しい。だが、一点だけ、欠けているものがある』
「司書」は、静かに、告げた。
『……それは、『報告・連絡・相談』だ。君は、あまりに、個人に、頼りすぎている』
レオは、何も、言い返せなかった。
彼は、生まれて初めて、自分よりも、遥かに、格上の存在と、出会ってしまったことを、悟った。
そして、金曜日の午後。
俺が、そろそろ仕事を終えて、週末のゴルフの予定でも立てようかと思っていた、その時だった。
オーバル・オフィスに、アシュリーに案内されて、「司書」が、入ってきた。
彼女の脇には、分厚い、数百枚はあろうかという、書類の束が、抱えられていた。
「……ミスター・プレジデント」
彼女は、俺の前に立つと、その書類の束を、机の上に、ドン、と置いた。
「……頼まれていた、『きかくしょ』の、第一稿が、完成した」
俺は、その表紙を見て、目を見開いた。
【『人類の最適化』プロジェクトに関する、企画提案書(第一稿)】
【提出先:代表取締役社長 ロナルド・J・ドランプ様】
【提出元:経営企画室長 “司書”】
完璧だ。
完璧な、日本の会社の、企画書のフォーマットだ。
「……目次から、説明しよう」
彼女は、銀縁の眼鏡を、クイ、と上げると、言った。
「第一章、現状分析(As-Is)。第二章、あるべき姿(To-Be)。第三章、課題と解決策……」
彼女は、変わった。
この数日間で、彼女は、「島耕作」を、全巻、読破したのだ。
そして、彼女の、天才的な知性は、その物語の中から、日本の会社組織における、「権力闘争の、本質」と、「プロジェクト推進の、奥義」を、完璧に、学び取ってしまっていた。
彼女は、もはや、ただの、思想家ではない。
最強の、ビジネスパーソンとして、覚醒してしまったのだ。
「……そして、最終章」
彼女は、俺を、まっすぐに、見つめた。
「……このプロジェクトを成功に導くための、最も重要な、提言だ。それは……」
「……あなた自身の、『リストラクチャリング(組織再編)』だ、ミスター・プレジデント」
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最新話は明日の7時10分更新予定です。




