第五十四話:契約成立 (The Deal is Sealed)
【免責事項】
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。
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『銀座で、一杯』
俺の、その一言は、閃光手榴弾よりも、強力だった。
地下図書館に突入してきた、日米合同の特殊部隊員たちは、完全に、思考を停止させた。彼らのヘルメットに搭載された、最新鋭の暗視ゴーグルが、ただ、意味もなく、点滅している。
「……か、閣下?」
ミリー議長が、震える声で、俺に問いかけた。「今、なんと……? 銀座? ビジネスパートナー……?」
「そうだ」俺は、頷いた。「彼女は、もう、テロリストではない。我々の、新しい、コンサルタントだ。『人類の最適化』プロジェクトの、共同責任者、と言ってもいい」
俺は、銃を構えたまま固まっている兵士たちに向かって、言った。
日本の会社で、新しく中途採用の社員が入ってきた時に、いつも言う、あの言葉で。
「……諸君、彼女が、新しく我々のチームに加わった、『司書』君だ。みんな、仲良くしてやってくれ」
「司書」の女性は、俺が差し出した手を、ただ、呆然と見つめていた。
彼女の、完璧な論理で構築された世界は、この数時間で、完全に、崩壊していた。KPI、GNH、根回し、飲み会、そして、銀座。彼女のデータベースには、どの単語も、存在しなかった。
「……全員、銃を下ろせ!」
ミリー議長が、苦渋の決断を下した。「大統領閣下のご命令だ!」
兵士たちは、戸惑いながらも、ゆっくりと、銃を下ろしていく。
かくして、人類史上、最も物騒で、最も静かな「M&A(合併・買収)」が、ここに、成立した。
だが、問題は、ここからだった。
「それで、閣下」ミリーが、俺に尋ねる。「この……新しい『ビジネスパートナー』の身柄は、どうなさるので?」
「どう、とは?」
「彼女を、どこへお連れすれば、よろしいので? グアンタナモ収容所か、あるいは、CIAの秘密施設か……」
「何を言っているんだ、ミリー君」俺は、心底、呆れた。「新しい仲間だぞ。彼女には、最高の環境を用意するに、決まっているだろう」
俺は、アシュリーに、指示を出した。
「アシュリー君。彼女の、身分証明書と、クレジットカードを、至急、手配してくれ。それから、住まいもだ。ホワイトハウスの近くに、セキュリティのしっかりした、タワーマンションは、ないかね? 家具は、最高級のものを。ああ、それから、契約金として、100万ドルほど、彼女の口座に、振り込んでおいてくれ。これは、手付金だ」
「……ひゃ、ひゃくまんドル!?」
アシュリーの悲鳴が、こだました。
「当たり前だろう」俺は、言った。「優秀な人材を、ヘッドハンティングするんだ。それ相応の、誠意を見せなければ、失礼だろう。これは、『採用コスト』だ。経費で、落ちる」
もはや、誰も、俺の暴走を、止められなかった。
彼らは、気づいていない。俺がやっていることは、ただ、日本の会社が、優秀なフリーのエンジニアと、業務委託契約を結ぶ時の、ごく当たり前の、手続きでしかないということに。
その時だった。
ずっと、沈黙を守っていた、「司書」の女性が、初めて、口を開いた。
「……一つ、よろしいかな。ミスター・プレジデント」
彼女の声は、か細いが芯があった。
「……あなたの言う、『ギンザ』とは、一体、何なのだ?」
「ああ、銀座か」俺は、にこやかに、答えた。「日本の、最高の、繁華街だ。美味い寿司屋も、高級なクラブも、何でもある。君のような、聡明な女性を、もてなすには、最高の場所だよ」
「……では」彼女は、続けた。「その、『ギンザ』へ行けば、あなたが、なぜ、あのような『お詫び』の演説をしたのか。なぜ、『運動会』を開いたのか。そして、なぜ、私を『ビジネスパートナー』と呼ぶのか……。その、全ての、『論理』を、理解できるのかね?」
彼女の目は、再び、研究者の目に、戻っていた。
俺という、彼女の人生で、最大の「バグ」を、どうしても、理解したい、という、純粋な、知的好奇心。
「ああ、もちろんだとも」
俺は、自信満々に、頷いた。
(……嘘だ。俺にも、何も、分からん)
「よかろう」
「司書」は、俺が差し出した手を、ついに、握った。その手は、冷たく、少しだけ、震えていた。
「……その、取引、受けよう。あなたの、『ギンザ』とやらに、私も、行こう」
その瞬間、PEOCとの通信回線を通じて、このやり取りを見ていた、レオ・シュタイナーの、絶叫が、響き渡った。
『……やめろ、馬鹿野郎! そいつの手を、握るな! そいつは、人間じゃない! そいつの正体は……!』
だが、彼の声は、途中で、何者かによって、無慈悲に、切断された。
おそらく、ジェームズの、仕業だろう。
俺は、新しいビジネスパートナーの手を、固く、握りしめていた。
彼女の背後で、ミリー議長が、「確保……」と、呟いていたのが、少しだけ、気になったが。
かくして、俺の、奇妙な、東京出張は、終わりを告げた。
世界で最も危険なテロリストを、新しい「契約社員」として、迎え入れる、という、とんでもない、お土産と共に。
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最新話は明日の7時10分更新予定です。




