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(第一部完結!)転生したら合衆国大統領だった件について 〜平社員の常識で、世界を動かしてみた〜  作者: 御手洗弾正


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第五十二話:仕様書なきプロジェクト (The Project Without a Spec Sheet)

【免責事項】

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。


----------


『……御社おんしゃの、『ご要望』は、何なんでしょうか?』


俺の、その一言は、静寂な図書館に、奇妙な波紋を広げた。

ライブラリアンの女性――彼女は、自らを「司書ししょ」と名乗った――は、銀縁の眼鏡の奥で、わずかに、目を見開いていた。


「……ご、要望?」

彼女は、生まれて初めて聞く、異国の言語のように、その言葉を繰り返した。


「ああ」俺は、完全に、いつもの営業モードだった。「あなたの会社の、壮大なビジョンは、よく分かった。人類の救済、情報の刷新。素晴らしい理念コンセプトだ。だが、肝心の、『何を』『いつまでに』『どうしてほしいのか』が、全く、見えてこない」


俺は、一歩、前に進み出た。

「今回のプロジェクト(世界崩壊)で、あなたが、我々(アメリカ)に、具体的に、求めているものは、何だ? 核の認証コードか? 全世界の銀行システムのアクセス権か? それとも、俺自身の、身柄か? 要求仕様書ようきゅうしようしょを、出してくれなければ、こちらとしても、見積もりの出しようがないだろう?」


それは、クライアントとの、最初の打ち合わせで、必ず確認すべき、最も重要な質問だった。

何を、求められているのか。


だが、「司書」の女性にとって、その質問は、全く、想定の範囲外だったらしい。

彼女の、完璧な論理で構築された世界観が、ミシリ、と音を立てて、軋み始めた。


「……我々は、あなた方に、何かを『要求』しているわけではない」彼女は、かろうじて、答えた。「我々は、ただ、人類の『最適化』を、実行しようとしているだけだ。あなたという『バグ』のせいで、その計画に、遅延が生じているが……」


「ダメだ、それは」

俺は、きっぱりと、首を横に振った。

「ダメな、プロジェクトの、典型的なパターンだ。目的が、曖"昧すぎる」


俺は、近くにあった、ホワイトボード(なぜか、ここにもあった)の前に立つと、マーカーを手に取った。

「いいかい、『人類の最適化』などという、フワッとした目標では、現場(世界)は、動かない。もっと、具体的な、KPI(重要業績評価指標)を、設定する必要がある」


俺は、ボードに、こう書いた。


【プロジェクト:人類の最適化(仮)】


KPI①:全世界の紛争発生件数を、前年比で50%削減


KPI②:全世界の貧困率を、5年以内に、20%改善


KPI③:全世界のGNH(平均幸福度指数)を、10ポイント向上


「……どうだ?」俺は、振り返った。「これなら、具体的で、分かりやすいだろう? 我々が、何を達成すれば、このプロジェクトが『成功』なのか。まずは、この目標について、両社で、合意形成ごういけいせいする必要がある」


「司書」は、言葉を失っていた。

彼女の顔に浮かんでいたのは、もはや、俺に対する優越感ではない。

自分の理解を超えた、全く新しい概念ビジネスフレームワークに直面した、純粋な、学術的な、混乱だった。


「……そ、その、けーぴーあい、とは……一体、何の略語なのです……?」

彼女の声は、震えていた。


「よし」俺は、満足げに頷いた。「ようやく、建設的な話し合いができそうだ。では、まず、このKPI、重要業績評価指標を達成するための、具体的な、タスクと、スケジュールについて、ブレストを始めようじゃないか」


俺は、彼女に、マーカーを、手渡した。

「さあ、君の意見を聞かせてくれ。君の部署ライブラリアンが、担当できるタスクは、どれかね?」


「司書」は、おそるおそる、そのマーカーを受け取った。

彼女は、生まれて初めて、誰かと「対等な立場」で、一つの目標について、議論しようとしていた。


その時だった。

地下深くにある、この図書館全体が、巨大な地震のように、激しく、揺れた。

天井から、パラパラと、埃が落ちてくる。


「……何だ!?」


「……来たか」

「司書」は、呟いた。その顔には、焦りの色が浮かんでいた。


彼女は、壁一面の、巨大なスクリーンを、指さした。

そこには、この地下施設を取り囲む、日本の、自衛隊と、米軍の、特殊部隊の配置図が、映し出されていた。


「……どうやら、君の『部下』たちが、しびれを切らしたようだ。我々の、この、『会議』を、邪魔しに、来たらしい」


スクリーンには、ミリー議長が、装甲車の前で、メガホンを片手に、叫んでいる姿が、映っていた。

「……これは、演習ではない! 繰り返す、これは、演習ではない! POTUS(大統領)を、何としてでも、奪還せよ! 全員、突入だ!」


まずい。

俺は、肝心なことを、忘れていた。

クライアントとの、重要な商談の前に、必ず、やっておくべきこと。


それは、「今日の会議は、長引くから」と、会社に、一本、電話を入れておくことだった。

どうやら俺は、その、「ホウ・レン・ソウ」を、怠ってしまったらしい。

ありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマーク・評価などいただけますと幸いです。

最新話は本日の11時10分更新予定です。

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