第四十八話:出張準備と序列 (Business Trip Prep and The Pecking Order)
【免責事項】
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。
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ホワイトハウス襲撃事件から、数日が過ぎた。
世界は、まだ熱に浮かされたようだった。「ライブラリアン」と名乗る謎の組織の出現と、それを「お詫び会見」という、さらに謎の行動で撃退したドランプ大統領。ニュースキャスターたちは、連日、専門家と称する人々を集めて、俺の行動の真意を、ああでもないこうでもないと分析していた。
ホワイトハウスは、物理的な修復と、精神的な回復の途上にあった。廊下の壁には、まだ焦げ跡が残り、時折、電動ドリルの音が響く。だが、職員たちの顔には、奇妙な高揚感が漂っていた。人類の終わりを、この場所で、共に乗り越えた、という連帯感。
そして、俺は、次なる「大仕事」に向けて、準備を進めていた。
最重要クライアント、『ライブラリアン』との、初・面談だ。
「……いいかね、諸君」
俺は、修復されたばかりのオーバル・オフィスで、国家安全保障チームの面々を前に、ホワイトボードを使って、講義をしていた。テーマは、「絶対に失敗できない、日本でのビジネス交渉術」だ。
「まず、最も重要なのは、『席次』だ。会議室に入った時、どこに座るか。それですべてが決まる」
俺は、ホワイトボードに、会議室の図を描いた。
「入り口から、最も遠い席。そこが、『上座』だ。一番、偉い人が座る。今回の場合は、もちろん、俺だ」
「そして、入り口に一番近い席、『下座』。ここには、一番身分の低い人間が座る。お茶を淹れたり、資料を配ったりする、若手の仕事だな」
ミリー議長が、真剣な顔で、メモを取っている。
「……なるほど。つまり、下座に、あえて、海兵隊の特殊部隊を配置することで、敵の油断を誘い、いざという時に、喉元を掻き切る、と。そういうことですな、閣下?」
違う。そういう話は、していない。
「次に、重要なのが、『名刺交換』だ」
俺は、続けた。
「いいか、名刺は、自分の分身だ。絶対に、ぞんざいに扱ってはいけない。相手より低い位置から、両手で、敬意を込めて差し出す。受け取ったら、すぐにしまわず、まずは、相手の名前を、声に出して、確認する。そして、会議が終わるまで、テーブルの上に、座布団のように、並べておくんだ」
アシュリーが、震える声で、質問した。
「……か、閣下。その、『名刺』ですが……。大統領閣下用の、公式な名刺は、存在しないのですが……」
「何!?」俺は、愕然とした。「名刺がない!? ビジネスマンとして、ありえない! 今すぐ、作れ! 肩書は……そうだな、『アメリカ合衆国 代表取締役社長 兼 最高経営責任者』で、頼む!」
その時だった。
部屋の隅で、ずっと黙ってノートパソコンを睨んでいた、レオ・シュタイナーが、吐き捨てるように言った。
「……あんたたち、本気か?」
彼の声は、冷え切っていた。
「相手は、世界を滅ぼそうとした、テロリストだぞ。そいつらと、名刺交換? 席順? あんたたちは、ピクニックにでも行くつもりか?」
レオは、立ち上がると、メインスクリーンに、一つの画像を表示した。
「……例の座標、日本の皇居。あの場所を、徹底的に洗った。そしたら、一つ、奇妙なことが分かった」
「なんだ?」
「あの場所の、地下深くに、第二次大戦中に作られた、巨大な地下壕がある。そして、そこには……日本で唯一、外部のインターネットから、物理的に、完全に、遮断された、政府専用の、極秘の、光ファイバー網が、引き込まれている」
レオは、俺を、まっすぐに見つめた。
「……あんたが言う、『商談』場所は、敵の、完璧な、サーバー室だ。罠だよ。あんたを、そこにおびき寄せて、何を仕掛けてくるか、分かったもんじゃない」
PEOCの空気が、再び、緊張に包まれた。
「……では、やはり、行くべきではない、と?」ハリソンが、尋ねる。
「いや」レオは、意外な言葉を口にした。「行くべきだ」
「……え?」
「こいつらは、俺と同じ、ハッカーだ。ハッカーは、正面からの殴り合いは、好まない。奴らは、必ず、何か、ルールのある『ゲーム』を、仕掛けてくる。そして……」
彼は、不敵に笑った。
「……どんなゲームにも、必勝法は、ある」
俺は、レオの言葉に、深く、頷いた。
そうだ。ビジネスも、ゲームだ。そして、俺は、そのゲームの、プロフェッショナル(サラリーマン)だ。
「……決まりだな」
俺は、全員に、告げた。
「我々は、日本に行く。そして、この、最重要クライアントとの、契約を、必ず、勝ち取ってくる」
俺は、ジェームズに、目配せをした。
「ジェームズ君。手土産の、準備は?」
「はい、閣下」
老執事は、完璧なお辞儀と共に、答えた。
「『とらや』の最高級羊羹、『夜の梅』。その製造工程、歴史、そして、込められた『侘び寂び』の精神について、完璧なプレゼンテーションができるよう、準備は、整っております」
よし。
これで、万全だ。
俺は、オーバル・オフィスに設えられた、姿見の前で、練習を始めた。
名刺を、相手より、少しだけ、低く差し出す、完璧な角度を。
そして、90度の、最も、誠意が伝わる、お辞儀を。
日本の、東京。
俺の、故郷。
まさか、こんな形で、里帰りすることになるとはな。
俺は、心の中で、涙した。
これは、出張だ。
決して、帰省では、ない。
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最新話は明日の7時10分更新予定です。




