第四十五話:朝礼と謝罪会見 (The Morning Assembly and the Apology Press Conference)
【免責事項】
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。
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【残り 1時間】
PEOCは、放送局のスタジオと化していた。
俺の目の前には、無数のカメラと、照明と、そして、アメリカの国旗を背景にした、重々しい演台が設置されている。
レオの、あの狂気じみた提案は、なぜか、満場一致で、承認された。
いや、承認された、というより、他に選択肢がなかった、というのが正しい。ミリー議長は「これぞ、究極の心理戦だ。敵は、我々のロジックを解析できても、閣下の『カオス』そのものは、解析できまい」と興奮気味に語り、ハリソン首席補佐官は、もはや全てを諦めた聖人のような顔で、ただ頷いていた。
そして、俺は。
俺、佐藤拓也は、人生で、最大の、絶望の淵に立っていた。
全世界に向けた、生放送のアドリブ演説。
無理だ。
俺は、会社の朝礼で、毎週月曜日に、持ち回りでやらされる「3分間スピーチ」ですら、前の週の金曜日から、胃が痛くなる男なんだぞ。忘年会の締めの挨拶を頼まれただけで、二次会をすっぽかして、逃げ帰った男なんだ。
そんな俺が、人類の運命を背負って、何を話せばいい?
「……閣下」
アシュリーが、青ざめた顔で、何枚もの原稿を俺に差し出してきた。
「……時間がありません。これは、私が一夜で書き上げた、演説の想定稿です。実際の原稿はプロンプターに映されますが、重要なポイントは、三つです」
彼女は、指を折った。
「第一に、敵『ライブラリアン』の知的傲慢さを、強く非難すること」
「第二に、人類の、自由と多様性の素晴らしさを、高らかに謳い上げること」
「第三に、我々は決して屈しない、という、力強い決意を示すこと。よろしいですね?」
俺は、原稿を受け取った。
そこには、「自由」「民主主義」「人類の不屈の精神」「我々の文明」といった、荘厳で、格調高い言葉が、並んでいた。
だが、そのどれもが、俺の心には、一ミリも響かなかった。
俺の頭の中にあるのは、ただ一つ。
(……どうしよう。どうすれば、この、とんでもないプレッシャーから、逃げられるんだ……)
【残り 15分】
俺は、原稿を、読むことができなかった。
文字が、頭に入ってこない。手は震え、呼吸は浅くなる。
ダメだ。俺は、もう、限界だ。
俺は、フラフラと立ち上がると、アシュリーに、かろうじて声を絞り出した。
「……アシュリー。一つだけ、頼みがある」
「は、はい!何なりと!」
「……俺の、スーツの内ポケットに、『島耕作』の電子版リーダーが入っているはずだ。それを、取ってくれないか……」
「……は?」
アシュリーの目が、点になった。「か、閣下、今、読むのですか!? あと15分で、世界が……!」
「いいから、頼む」
俺は、もはや、懇願していた。
アシュリーは、半信半疑のまま、俺の上着から、電子書籍リーダーを取り出した。
俺は、それを受け取ると、ページをめくった。
最終巻ではない。彼が、まだ、課長だった頃の、あの巻だ。
巨大な派閥抗争に巻き込まれ、理不尽なプロジェクトの責任を押し付けられ、絶体絶命のピンチに陥った、島耕作。
彼は、その時、どうした……?
そうだ。
彼は、派閥のトップに、直談判に行ったんじゃない。
彼は、完璧なプレゼンで、役員会を説得したのでもない。
彼は、ただ、全社員の前で、マイクを握ったんだ。
そして、こう言った。
「この度は、私の不徳の致すところにより、皆様に、多大なるご迷惑をおかけしたことを、深く、お詫び申し上げます」と。
そうだ。
これだ。
俺が、今、やるべきことは、これしかない。
俺は、電子書籍リーダーの電源を切った。
そして、アシュリーが用意した、荘厳な演説原稿を、ゆっくりと、破り捨てた。
「……か、閣下!?」
俺は、彼女の目を見て、静かに、しかし、はっきりと、言った。
その顔には、もう、怯えはなかった。
それは、腹を括った、一人のサラリーマンの顔だった。
「……アシュリー。俺は、アメリカ大統領として、演説は、しない」
「……では、一体、何を?」
俺は、カメラの向こうにいる、全人類に、そして、モニターの向こうで嘲笑っているであろう、敵「ライブラリアン」に、思いを馳せた。
彼らは、クライアントだ。
そして、俺は、とんでもないシステム障害をやらかした、プロジェクトの、責任者だ。
ならば、俺がやるべきことは、ただ、一つ。
「これから、『全世界同時・システム障害に関する、お詫びと経緯説明会見』を、執り行う」
【残り 5分】
アシュリーは、その場で、気を失った。
PEOCは、人類史上、最も静かで、最も絶望的な、カオスに包まれた。
俺は、ただ、ネクタイを締め直し、マイクの前に、立った。
気分は、最悪の記者会見に臨む、どこかの会社の、社長だった。
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最新話は明日の7時10分更新予定です。




