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(第一部完結!)転生したら合衆国大統領だった件について 〜平社員の常識で、世界を動かしてみた〜  作者: 御手洗弾正


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第三十九話:定跡とハッタリ (Opening Theory and Bluffs)

【免責事項】

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。


----------


PEOC(大統領危機管理センター)は、奇妙な静寂に包まれていた。

もはや、そこは軍事作戦司令室ではなかった。世界で最も高価で、最も観客の多い、eスポーツのアリーナと化していた。


部屋の中央に、一つの椅子が置かれた。そこに座るのは、フードを目深にかぶった、天才ハッカー、レオ・シュタイナー。

彼の前には、巨大なタッチパネル式のモニターが設置され、そこに、敵「ライブラリアン」が提示した、チェス盤が映し出されている。


そして、俺たち――ミリー議長、ハリソン首席補-官、CIA長官、執事のジェームズ――は、固唾を飲んで、その後ろ姿を見守っていた。プロジェクトの進捗を、現場担当者の背後から、じっと見守る管理職のように。


「……よし」

レオは、誰にともなく呟くと、スクリーンに指を伸ばした。

そして、何のためらいもなく、黒のポーンを、二つ、前に進めた。


e5。


「……なに?」

ミリー議長が、声を漏らした。「それは……相手の『キングズ・ポーン・ゲーム』に、全く同じ手で応じる、『オープン・ゲーム』……。あまりに、オーソドックスすぎる……」


その通りだった。

それは、チェスの教科書の、1ページ目に載っているような、あまりに基本的な応手。

敵の、謎に満ちた第一手に、あまりに素直に、正面から応じる一手だった。


『……フン。愚かな』


PEOCのスピーカーから、ライブラリアンの、嘲笑うかのような声が響いた。

次の瞬間、スクリーン上の、白のナイトが、動いた。


f3。


「……ナイトを展開してきたか」ミリーが唸る。「黒のポーンを攻撃する、定石通りの一手だ。だが、ここからの選択肢は、無数にある。どうする、レオ君……!」


全員の視線が、レオの背中に集中する。

だが、レオは、動かない。

それどころか、彼は、椅子の上で、あくびを一つした。


「……おい」レオは、こちらを振り返りもせずに、言った。「コーヒー。ブラックで。あと、ドーナツ。砂糖がたっぷりかかったやつを」


「き、貴様!」ミリーが、声を荒らげる。「今、そんな場合では…!」

「うるさいな」レオは、忌々しげに言った。「頭を使うには、糖分が必要なんだよ。常識だろ?」


アシュリーが、慌ててコーヒーとドーナツを手配する。

レオは、それを受け取ると、まるで自分の部屋でくつろぐかのように、ゆっくりと、コーヒーを啜り始めた。


スクリーン上の、チェス盤は、動かない。

PEOCを、耐え難い沈黙が支配する。


5分が経過した。

10分が経過した。


『……どうしたのかな? ミスター・プレジデント』

ライブラリアンの声が、再び響いた。その声には、明らかな、苛立ちの色が滲んでいた。

『次の手が、思いつかないのかね? それとも、君の雇った『天才』とやらは、長考がお好みなのかな?』


「……レオ君」俺は、たまらず、口を開いた。「何か、考えがあるのかね? 時間だけが、過ぎていくが……」


レオは、ドーナツの最後の一口を飲み込むと、ようやく、こちらを振り返った。

その目は、冷めていた。


「……あんたたち、何も分かってないんだな」

彼は、吐き捨てるように言った。


「これは、チェスじゃない。ポーカーだ」

「……ポーカー?」


「そうだ」レオは、再び、スクリーンに向き直った。「相手は、俺たちの思考を、試している。俺たちが、この定石の裏に、どんな深読みをするか、どんな罠を警戒するかを、観察しているんだ。だから……」


彼は、にやりと、笑った。

その顔は、19歳の青年のものではなく、百戦錬磨のギャンブラーの顔だった。


「……こっちは、何もしない。相手が、焦れて、ボロを出すまでな」


彼は、そう言うと、タッチパネルの隅にある、小さなチャットウィンドウを開き、そこに、短いメッセージを打ち込んだ。


『Sorry, AFK. (ごめん、離席中)』


そのメッセージがスクリーンに表示された瞬間、PEOCの全員が、息を飲んだ。

AFK。Away From Keyboard。オンラインゲームで、一時的に席を外す時に使われる、スラングだ。


人類の運命を賭けた、究極の頭脳戦の、真っ最中に。

我々の代表は、「ちょっと離席するわ」と、相手に伝えたのだ。


『…………ふざけるな!』


スピーカーから、ライブラリアンの、初めて、感情を露わにした、怒声が響き渡った。

その声は、機械で変声されてはいたが、その奥にある、純粋な屈辱と、怒りは、隠しようもなかった。


「……かかったな」

レオは、冷たく、呟いた。


「プライドの高い、エリート野郎ほど、『無視される』ことには、耐えられないんだよ」


かくして、人類の命運を賭けた戦いは、高度な頭脳戦から、相手を煽り、キレさせる、低レベルなネット上のレスバトルへと、その姿を変えようとしていた。


俺は、胃を押さえながら、思った。

(……まずい。このやり方、俺が、会社のSNSで、一番嫌いなやつだ……)

ありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマーク・評価などいただけますと幸いです。

最新話は明日の8時10分更新予定です。

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