第三十六話:ゲームマスター (The Gamemaster)
【免責事項】
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。
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PEOC(大統領危機管理センター)は、歓喜に沸いていた。
ニューヨークの危機は去り、死傷者はゼロ。歴史に残る、奇跡的な勝利だった。ミリー議長は「見事なPDCAサイクルだった」と俺の肩を叩き、ハリソン首席補佐官は安堵のあまり椅子に崩れ落ち、アシュリーは静かに涙を拭っていた。
だが、俺の心は、少しも晴れなかった。
ジェームズが淹れてくれた、勝利の紅茶を飲みながら、俺は彼の言葉を反芻していた。
『第一のゲームは、我々の勝利ですな』
第一の?
つまり、まだ、第二、第三のゲームが、あるということか。
これは、まだ、始まりに過ぎない、と。
「……諸君、静粛に」
ミリー議長の厳しい声が、歓喜の空気を切り裂いた。
「祝杯を挙げるのは、まだ早い。敵は、まだホワイトハウスの内部にいる。そして、奴らの手には、まだ『フットボール』がある。我々は、勝ってはいない。一点差でリードしたまま、試合が中断しているに過ぎん」
PEOCは、再び、戦場の緊張感を取り戻した。
「ジェームズが捕らえた兵士たちの身元は?」ハリソンが尋ねる。
「不明です」CIA長官が答えた。「国籍、所属、一切が不明。指紋も、歯の治療痕も、データベースにヒットしません。彼らは、まるで、この世に存在しない兵士のようです」
「サイバー攻撃の痕跡は?」
「同じく。ゴーストです。これほど完璧なハッキングは、どの国家にも不可能でしょう」
敵の正体が、全く見えない。
一体、誰が、何のために、こんなことを?
俺は、混乱する頭で、またしても、ごく素朴な、サラリーマン的な疑問を口にしていた。
「……なあ。彼らの、費用対効果は、どうなっているんだ?」
「……は?」
ミリー議長が、怪訝な顔で俺を見た。
「いや、だからさ」俺は続けた。「これだけの、大規模な作戦を実行するからには、それ相応の『見返り』がないと、割に合わないだろう? 彼らの『事業計画書』には、一体、どんな利益が、書かれているんだ?」
あまりに場違いな、経営学的な問い。
だが、その言葉に、執事のジェームズが、静かに反応した。
「……閣下のおっしゃる通りです」
彼は、一歩、前に進み出た。
「ミリー議長。今回の敵は、これまでのテロリストとは、根本的に目的が異なります。彼らが求めているのは、金でも、宗教でも、領土でもない」
ジェームズは、PEOCの全員を見渡して、言った。
「彼らが求めているのは、『証明』です」
「証明?」
「はい。彼らは、自分たちの知性が、世界の指導者たち……すなわち、我々よりも、優れているということを、証明したいのです。そして、世界は、愚かな政治家ではなく、彼らのような、優れた知性を持つエリートによって『管理』されるべきだと、本気で信じているのです」
ジェームズの言葉に、俺は、ある種の既視感を覚えていた。
そうだ。会社にも、いた。自分のやり方が絶対的に正しいと信じ、他部署のやり方を「非効率だ」と見下し、会社全体を自分の思い通りにコントロールしようとする、あの、鼻持ちならないエリート社員たち。
「……閣下の『ブレインストーミング』というご提案」ジェームズは、俺を見て、続けた。「敵は、モニターの向こうで、それを見ていたはずです。そして、こう考えたことでしょう。『やはり、こいつらは愚かだ。絶体絶命の危機に、お遊戯のような会議を始めた』と。彼らは、我々を、見下しているのです」
その時だった。
一人の情報分析官が、悲鳴のような声を上げた。
「閣下! メインスクリーンに、外部から、新たなメッセージが!」
PEOCのメインスクリーンが、ノイズと共に切り替わった。
そこに映し出されたのは、チェス盤だった。
白と、黒の駒が並んでいる。
そして、盤上に、文字が、タイプされていく。
『第一のゲームは見事だった、ミスター・プレジデント。君の、常識外れの思考。実に、興味深い』
『だが、君の『運』は、いつまで続くかな?』
次の瞬間、チェス盤の、白のポーンが、一つ、前に進んだ。
『第二のゲームを、始めよう』
『盤上は、世界そのものだ』
『チェックメイトまで、あと7手』
『――より。 “ライブラリアン(図書館員)”』
ライブラリアン。
それが、敵の名前らしい。
彼らは、俺たちに、宣戦を布告してきたのだ。
全世界をチェス盤に見立てた、知的な、殺戮ゲームを。
俺は、そのスクリーンを見ながら、絶望に打ちひしがれていた。
無理だ。
俺は、将棋も、囲碁も、そして、チェスも、ルールすら、知らないんだ。
助けてくれ、部長。
今度の敵は、パワーポイントの作り方に、めちゃくちゃうるさいタイプの上司だ。
俺が、一番、苦手なやつだ。
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最新話は明日の7時10分更新予定です。




