第三十五話:PDCAサイクル (The PDCA Cycle)
【免責事項】
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。
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【03:00】
PEOCのメインスクリーンが、二つに分割された。
片方には、タイムズスクエアのカウントダウンタイマー。
もう片方には、ホットドッグ屋台の内部に突入した、爆弾処理班(EOD)のヘルメットカメラの映像が、激しく揺れていた。
「……爆弾を確認! かなり複雑な構造だ!」
「タイマーは、外部からの遠隔操作と連動している! 解体には、最低でも15分はかかる!」
「くそっ、間に合わん!」
現場からの、絶望的な報告。
PEOCの空気は、再び氷点下にまで下がった。
見つけたのに、間に合わない。これ以上の地獄があるだろうか。
【02:30】
「……万策、尽きたか」
ミリー議長が、壁に拳を叩きつけた。
「……ニューヨーク市警に、タイムズスクエアからの、緊急避難命令を……」
ハリソン首席補佐官が、震える声で指示を出す。だが、もはや手遅れだ。あの雑踏を、2分で避難させることなど、神にもできない。
俺は、その光景を、ただ見つめていた。
ダメだ。このままじゃ、ダメだ。
このプロジェクトは、失敗する。
会社のプロジェクトが失敗する時、いつもそこには、一つの共通点があった。
それは、「計画(Plan)」と「実行(Do)」だけで、物事を進めようとすることだ。
だが、優秀なプロジェクトマネージャーは、必ず、その先を見る。
「評価(Check)」と「改善(Action)」。
そう、PDCAサイクルだ。
俺は、マイクを掴んだ。PEOCの全員と、そして、現場で死闘を繰り広げている爆弾処理班の耳に、俺の声を届けるために。
「……現場の、EODチームに告ぐ」
俺は、できるだけ、落ち着いた声で言った。
「君たちの、勇気ある行動に、感謝する」
ヘルメットカメラの映像が、一瞬、こちらを向いた気がした。
「だが、今の計画では、間に合わない。我々は、計画を、改善する必要がある」
「改善、だと……? 大統領、一体何を…?」
「君たちの任務は、もはや爆弾の『解体』ではない」
俺は、きっぱりと言った。
「任務を変更する。これより、爆弾を『梱包』し、『輸送』せよ」
「……はあっ!?」
現場の隊員だけでなく、PEOCの全員が、耳を疑った。
「梱包して、輸送……? どこへです、閣下!」
俺は、タイムズスクエアの地図を指さした。
「……ここだ。ハドソン川だ。タイムズスクエアから、最も近い、巨大な『水』は、そこしかない」
「川に……叩き込む、と? しかし、ダーティーボムです!放射性物質が……!」
「分かっている!」俺は、叫んだ。「だが、ニューヨークの中心で爆発するよりは、マシだ! 川なら、被害を最小限に抑えられる! 放射性物質の拡散も、限定的だ!」
【01:20】
それは、完璧な解決策ではなかった。
最悪と、その次に最悪な選択肢の中から、マシな方を選ぶ、苦渋の決断。
だが、それが、ビジネスというものだ。それが、プロジェクト管理というものだ。
「しかし、どうやって運び出す!? 担いで走るには、重すぎる!」
「だから、『カイゼン』するんだ!」
俺は、ホットドッグ屋台の映像を指さした。
「その屋台には、車輪がついているだろう! それを、そのまま、台車として使え! 爆弾を屋台ごと、ハドソン川まで、押していくんだ!」
あまりに、単純。
あまりに、馬鹿げた、アイデア。
だが、絶望の淵にいた爆弾処理班のリーダーは、その言葉に、賭けた。
「……了解! 全員、屋台を押せ! ハドソン川まで、全力疾走だ!」
メインスクリーンに、信じがたい光景が映し出された。
ニューヨーク、タイムズスクエアのど真ん中を、数人の特殊部隊員が、ホットドッグの屋台を、猛スピードで押しながら、爆走している。
周囲の観光客たちは、何かのパフォーマンスか何かだと思い、スマホでその様子を撮影していた。
【00:30】
「行けええええええええっ!」
PEOCの全員が、まるでスポーツ観戦のように、スクリーンに向かって叫んでいた。
俺も、拳を握りしめていた。
【00:10】
屋台が、川岸のフェンスに到達した。
【00:05】
隊員たちが、屋台を傾ける。
【00:03】
爆弾が、夜の闇に、放り出される。
【00:01】
それが、水面に到達する。
【00:00】
タイマーが、ゼロになった。
そして、ハドソン川の水面下で、巨大な水柱が、音もなく、立ち上った。
静寂。
PEOCの誰もが、息を止めて、その光景を見つめていた。
やがて、ミリー議長が、震える声で、呟いた。
「……被害は?」
「……ニューヨーク市警より報告! タイムズスクエアにおける、人的被害……ゼロ!」
その瞬間、PEOCは、ワールドカップで優勝したかのような、爆発的な歓声に包まれた。
閣僚たちが、抱き合い、涙を流している。
俺は、その場に、へたり込んだ。
疲れた。
もう、本当に、疲れた。
俺は、ただ、日本の会社で、月末の報告書に追われながら、安い居酒屋で、ビールじゃないビールが飲みたい。
だが、そんな俺の肩を、ジェームズが、そっと叩いた。
彼は、いつの間にか、また新しいティーセットを用意していた。
「……お見事でした、閣下」
彼は、完璧な笑みを浮かべて、言った。
「これにて、第一のゲームは、我々の勝利ですな」
……第一の?
その言葉に、俺の背筋を、冷たい汗が、再び流れ落ちた。
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最新話は本日の20時10分更新予定です。




