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(第一部完結!)転生したら合衆国大統領だった件について 〜平社員の常識で、世界を動かしてみた〜  作者: 御手洗弾正


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第三十三話:ブレインストーミング (Brainstorming)

【免責事項】

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。


----------


PEOCのメインスクリーンに、二つの時計が表示された。

一つは、ニューヨーク、タイムズスクエアの現在時刻。

もう一つは、赤いデジタル数字で、無慈悲に時を刻み始めるカウントダウンタイマーだ。


【59:59】


「……ふざけるな!」

最初に沈黙を破ったのは、ミリー議長だった。彼は、スピーカーに向かって吼えた。

「貴様らが誰だか知らんが、アメリカ合衆国を脅迫して、無事で済むと思うな! 我々は、決して、テロリストの要求には屈しない!」


『いかにも、軍人らしい答えだ』スピーカーから、冷笑的な声が返ってきた。『だが、そのプライドのために、ニューヨーク市民100万人の命を、塵にする覚悟がおありかな?』


「くっ……!」ミリーは、言葉に詰まった。


ハリソン首席補-官が、俺に詰め寄る。その顔は、紙のように真っ白だった。

「閣下、ご決断を。核のコードを渡せば、世界が終わるかもしれません。ですが、渡さなければ、ニューヨークが……」


俺は、何も答えられなかった。

頭が、働かない。思考が、完全に停止している。

右を選んでも地獄。左を選んでも地獄。

会社のプロジェクトなら、こんな時、どうする? 答えは簡単だ。「一旦持ち帰って、再検討します」と言って、会議を終わらせる。


だが、今は、持ち帰る先も、再検討する時間もない。


【58:30】


「FBIは、タイムズスクエア周辺の全捜査官を動員! 爆弾を探せ!」

「サイバー軍! 敵の発信源を逆探知しろ! 1分、いや、1秒でも早く!」


ミリーやハリソンが、矢継ぎ早に指示を飛ばす。だが、その声には、悲壮な焦りだけが滲んでいた。60分で、あの雑踏の中から、一つの爆弾を見つけ出すことなど、不可能に近い。


どうする。どうすればいい。

俺は、震える手で、近くにあったホワイトボードマーカーを握りしめた。

パニックになった時、思考を整理する唯一の方法。俺が、新入社員の時からずっとやってきた、ただ一つのこと。


会議だ。


俺は、おもむろに立ち上がると、PEOCの隅にあった、巨大なホワイトボードの前に立った。

そして、振り返り、パニック状態の閣僚たちに、言った。


「……よし。ブレインストーミングを始めよう」


「「「「は?」」」」


部屋にいた全員が、怪訝な顔で俺を見た。

「ブレスト、だと? 閣下、今はそのような悠長なことをしている場合では…!」


「やかましい!」俺は、部長が乗り移ったかのように、一喝した。「思考停止に陥っている時こそ、基本に立ち返るんだ! まずは、現状の課題を、全員で共有する!」


俺は、ホワイトボードの中央に、大きな文字で、こう書いた。


【課題:お客様テロリストの要求と、我がアメリカの存続の両立について】


そして、ミリー議長に向き直った。

「ミリー君。君は、なぜ『要求には屈しない』と考えたのかね? その思考のプロセスを、全員に説明してくれ。SWOT分析を使って」


「す、すうぉっと……?」

百戦錬磨の将軍が、完全に戸惑っている。


「ハリソン君! 君は、なぜ『決断』を私に委ねようとした? 他の選択肢は検討したのかね? 例えば、第三の道を模索するための、タスクフォースの結成とか!」

「た、タスクフォース……?」


俺は、完全に、いつもの会議モードだった。

「いいか! 諦めたら、そこで試合終了だ! あらゆる可能性を洗い出すんだ! 突飛なアイデアを、歓迎しよう! 批判は、禁止だ! さあ、みんな、付箋にアイデアを書いて、このボードに貼ってくれ!」


PEOCの最高幹部たちが、見たこともない色の付箋を手に、呆然と立ち尽くしている。


【52:10】


だが、その時だった。

ずっと黙って俺の奇行を見ていた、執事のジェームズが、すっと手を挙げた。


「……大統領閣下。一つ、よろしいでしょうか」

「なんだね、ジェームズ君。良いアイデアかね?」

「アイデア、というほどでは……。ただ、ブレインストーミングの基本に立ち返り、我々の『利用可能なリソース(資源)』を、洗い出してみてはいかがかと」

「ほう?」

「例えば……」ジェームズは、静かに言った。「ニューヨークには、ホワイトハウスのような政府機関は少ない。ですが、我々が『利用』できる、特殊な『民間アセット』は、存在するかもしれません」


その言葉に、それまで黙っていたCIA長官が、ハッとした顔で顔を上げた。

「……民間アセット……。まさか……!?」


彼は、耳のインカムに、何かを囁いた。数秒後、彼の顔色が変わる。


「閣下!」CIA長官が、俺に駆け寄ってきた。「信じられませんが……可能性があります! タイムズスクエアの、あの巨大な電光掲示板広告の一つ……。あれは、数年前、CIAが民間企業を装って設置した、極秘の広域監視システム『オラクル』の、擬装だったのです!」

「なんだと!?」

「テロ対策のために開発されたものの、プライバシーの問題で凍結されていました。ですが、システムは、まだ生きているはずです! あれを起動すれば、広場にいる、全ての人間と、全ての不審物を、瞬時にスキャンできるかもしれません!」


PEOCに、一筋の光が差した。

ミリー議長が、俺の肩を掴んで、声を震わせた。

「閣下……! あなたは、このことを……この『オラクル』の存在を知っていて、我々を、この結論に導いたのですか……!? 『民間アセット』という、完璧なヒントを与えて……!」


違う。俺は、何も知らない。

俺はただ、会議のファシリテーターとして、みんなの意見を引き出そうとしただけだ。


だが、もはや、誰も俺の真意など気にしていなかった。

「サイバー軍! 今すぐ『オラクル』を再起動しろ!」

「FBI! オラクルのスキャンデータと、現場の捜査官をリンクさせろ!急げ!」


PEOCは、再び、戦場に戻った。

だが、先ほどまでの絶望的なパニックではない。

それは、一縷の望みに賭ける、プロフェッショナルたちの、戦場だった。


俺は、ホワイトボードに書かれた「お客様テロリスト」の文字を、そっと消した。

どうやら、俺のブレストは、またしても、世界を救ってしまったらしい。

もう、何が何だか、分からなかった。


【48:20】


タイマーは、まだ、動いている。

ありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマーク・評価などいただけますと幸いです。

最新話は明日の7時10分更新予定です。

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