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(第一部完結!)転生したら合衆国大統領だった件について 〜平社員の常識で、世界を動かしてみた〜  作者: 御手洗弾正


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第三十話:執事とティーカップ (The Butler and the Teacup)

【免責事項】

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。


----------


兵士イワンの顔から、血の気が引いていた。

それは、大統領ターゲットを前にした時の油断や、女性補佐官(邪魔者)を見た時の苛立ちとは、全く質の違う感情だった。彼の目に見開かれていたのは、圧倒的な、本能的な恐怖。まるで、蛇に睨まれた蛙のようだった。


「……ありえない」イワンは、震える声で呟いた。「なぜ、あなたがここに……。“ザ・シャドー”は、引退したはず……」


“影”と呼ばれた老執事は、何も答えなかった。

彼は、ただ、完璧な姿勢を保ったまま、手に持った銀のトレイを、ゆっくりと胸の高さに掲げた。そのトレイの上には、美しい絵柄のティーカップと、湯気の立つポット、そして、皿に盛られた二つのスコーンが乗っている。


「問答は無用です」老執事は、静かに言った。「このホワイトハウスにおいて、大統領閣下のお茶の時間を妨げる者は、たとえ誰であろうと、排除させていただきます」


その言葉が、引き金だった。

恐怖を振り払うかのように、イワンは雄叫びを上げ、アサルトライフルを執事の胸に向け、引き金を引いた!


だが、銃声は響かなかった。

イワンが引き金を引く、コンマ数秒前。老執事の手から、銀色の何かが、閃光のように投げつけられていた。

カキン!という硬い音。ライフルの排莢口はいきょうこうに、寸分の狂いもなく、ティースプーンが深々と突き刺さっていたのだ。ジャミングを起こし、完全に沈黙したライフル。


イワンは、舌打ちをすると、ライフルを捨て、戦闘ナイフを抜き放ち、執事の喉元めがけて突進した。屈強な兵士の、必殺の間合い。


しかし、老執事は、一歩も動かない。

彼は、突進してくるイワンの顔面に、皿の上のスコーンを、指で弾いて飛ばした。まだ焼きたてで湯気の立つスコーンが、イワンの右目に直撃する。

「ぐあああっ!」


熱さと小麦粉の粉末で視界を奪われ、イワンが一瞬だけ怯んだ、その隙。

老執事は、流れるような動作で、イワンの懐に入り込むと、手に持った銀のトレイの縁で、相手の首筋にある急所を、的確に打ち抜いた。


ゴッ、という鈍い音。

特殊部隊の兵士イワンは、白目をむき、まるで糸の切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。


静寂。

残されたのは、廊下に立ち上る硝煙と、紅茶の芳醇な香りだけだった。

俺とアシュリーは、口をあんぐりと開けたまま、その信じがたい光景を、ただ見つめていた。


強すぎる。

なんだ、このじいさん。絶対に、ただの執事じゃない。


老執事は、気絶したイワンには一瞥もくれず、俺たちの前に進み出ると、完璧な角度で、深々とお辞儀をした。

「……お見苦しいところを、お見せいたしました。大統領閣下、ならびに、アシュリー補佐官。お怪我はございませんか?」


「あ、ああ……」俺は、かろうじて声を絞り出した。「あんたは、一体……?」


老執事は、顔を上げた。その柔和な笑顔は、先ほどまで屈強な兵士を叩きのめしていた人物とは、到底思えなかった。


「自己紹介が遅れました。私の名は、ジェームズと申します」

彼は、胸に手を当てて、言った。

「ホワイトハウスの、執務長を、務めております」

「しつむちょう…?」

「はい。表向きは、このウエストウィングの施設管理と、閣下のお身の回りのお世話をするのが仕事ですが……」


ジェームズは、言葉を切ると、悪戯っぽく片目を瞑った。

「……私の、本当の仕事は、少々異なります。私の家系は、初代ワシントン大統領の時代から、このホワイトハウスに仕えてまいりました。我々の忠誠は、大統領という『個人』ではなく、大統領という『職務そのもの』に捧げられております。そして、その職務を、内外のあらゆる脅威から、物理的にお守りすること。それこそが、私の真の役目なのです」


つまり、この人は、何百年も前から、ホワイトハウスに住み着いている、戦闘執事バトル・バトラーみたいな存在だということか。アメリカ、怖すぎるだろ。


ジェームズは、少しも乱れていないティーセットを、俺の前に差し出した。

「さあ、閣下。まずは、お心を落ち着かせるために、一杯いかがでしょうか。本日の紅茶は、ダージリンのファーストフラッシュでございます」


煙が立ち込め、壁には銃弾の跡が無数に残り、廊下には特殊部隊の兵士が転がっている。

そんな、地獄のような光景の中で、俺は、完璧に淹れられた、一杯の紅茶を受け取っていた。


「さて、と」

ジェームズは、満足げに頷くと、廊下の奥の闇を見つめた。そこからは、まだ複数の足音が聞こえてくる。


「それでは、ミスター・プレジデント。この、少々行儀の悪いお客様たちを、綺麗に『お掃除』してまいりますので、アシュリー補佐官とご一緒に、ここでしばし、ティータイムをお楽しみください」

ありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマーク・評価などいただけますと幸いです。

最新話は明日の7時10分更新予定です。

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