第二十四話:共通の敵 (The Common Enemy)
【免責事項】
この物語はフィ-クションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。
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「熊だ!」という絶叫は、党派を超えて、森の闇に吸い込まれていった。
アメリカの立法府を牛耳る長老たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。木の根につまずき、泥に足を取られ、その姿は、議事堂での威厳に満ちた姿とは似ても似つかなかった。
面白いことに、共和党のマクレーン議員と、民主党のシェルドン議員は、パニックのあまり、同じ一本の巨大な樫の木の裏に、二人で隠れていた。
「……押すな、シェルドン!」
「君こそ、私の足を踏んでいるぞ、マクレーン!」
二人は、小声で罵り合いながらも、かつてないほど物理的に密着し、共通の脅威から身を隠していた。
その時だった。
森の闇を切り裂いて、数条の緑色のレーザー光線が、熊の眉間に照射された。熊は、驚いたように動きを止め、天を仰ぐ。
次の瞬間、木の上から、黒ずくめの男たちが、音もなく舞い降りてきた。彼らは、熊を取り囲むと、一人が何かの銃を構え、プシュッ、という小さな音と共に、麻酔弾を熊の首筋に撃ち込んだ。巨体は、数秒けいれんした後、静かに地面に倒れた。
「アセット(対象者)確保! これより、離脱を開始する!」
特殊部隊のリーダーらしき男が、無線で報告する。
彼らは、木の裏で震えていたマクレーンとシェルドンを、まるで貴重品(VIP)のように担ぎ上げると、他の議員たちも次々と回収し、森の闇の中を、驚くべき速さで撤収していった。
数分後。
リゾートホテルのテラスに、泥だらけの議員たちが、特殊部隊員に付き添われて帰還した。彼らは、皆、言葉を失っていた。
「……諸君、よく帰還した」
テラスで待っていたミリー議長が、満足げに頷いた。
「今の経験こそが、この合宿の最終目的だ。すなわち、『共通の敵(The Common Enemy)』の前では、党派など無意味である、という教訓だ。君たちが今、森の中で感じた恐怖と、そして、共に生き延びたという安堵感。それこそが、この国が今、最も必要としているものだ」
ミリーの演説に、議員たちは反論する気力もなかった。
彼らはただ、疲労困憊の頭で、自分たちが体験した、あまりに非現実的な出来事を反芻していた。
その夜。
合宿の最後のプログラムとして、キャンプファイヤーが行われた。
パチパチと燃える炎を、泥だらけのポロシャツを着た議員たちが、静かに囲んでいる。昨日のような、刺々しい空気は、どこにもなかった。
俺は、炎の前に立った。
何を話せばいいか、分からなかった。だから、また、正直に話すことにした。
「……皆さん、お疲れ様でした」
俺は、日本の会社の、慰安旅行の最後の夜のように、語りかけた。
「俺がいた会社にも、予算っていう『熊』がいた。毎年、その熊が、営業部と開発部の間に現れるんだ。そして、みんな、熊そっちのけで、仲間同士で喧嘩を始める。結局、誰も熊には勝てず、みんな傷だらけになって、冬を迎える。毎年、その繰り返しだった」
俺は、炎に照らされた、老いた政治家たちの顔を見つめた。
「俺は、もう、そういうのは見たくない。あんたたちは、アメリカで一番、賢くて、力のある人間のはずだ。あんたたちが力を合わせれば、どんなデカい熊だって、退治できるはずだろう」
俺は、マシュマロを刺した枝を、火に翳した。
「予算の話は、ワシントンに帰ってから、ゆっくりやろう。だが、その時は、今日のこの火を、この森の暗さを、そして、あの熊の恐ろしさを、ちょっと思い出してほしい。俺たちが、本当に戦うべき相手は、隣に座っている仲間じゃないってことをな」
誰も、何も言わなかった。
ただ、静かに、燃え盛る炎を見つめていた。
しばらくして、共和党のマクレーン議員が、おもむろに立ち上がった。彼は、隣に座っていた民主党のシェルドン議員の前に、そっと、焼きマシュマロを差し出した。
「……シェルドン」
マクレーンは、言った。
「君の、子供の頃の夢だった、ブルックリン・ドジャースだが……。私の祖父が、大ファンだった」
「……そうか」
シェルドンは、少しだけ驚いた顔で、そのマシュマロを受け取った。
「……私の息子も、野球をやっている。今度、君の孫と、試合でもさせてみるか」
「ふん。うちの孫の方が、強いぞ」
「ほざけ。うちの息子は、州の選抜だ」
二人の会話は、相変わらず、棘があった。
だが、その声のトーンは、不思議と、少しだけ、温かかった。
俺は、その光景を見ながら、思った。
もしかしたら、世界を動かすというのは、ミサイルや経済制裁のことではないのかもしれない。
ただ、一緒に森を走り回り、同じ火に当たり、一つの焼きマシュマロを分け合うこと。
そんな、子供じみたことの中にこそ、全ての答えが隠されているのかもしれない、と。
まあ、全部、ミリー議長が仕組んだ、ヤラセの熊だったんだけどな。
俺は、心の中で、そっと付け加えた。
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最新話は明日の7時10分更新予定です。




