第二十三話:接待ゴルフと遭難 (Client Golf and Getting Lost)
すみません、公開の順番を間違えたので文章を入れ替えて、一気に二話公開しています。
【免責事項】
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。
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合宿二日目。
昨夜の懇親会で何かが変わったのか、ホテルの朝食会場の空気は、昨日とは微妙に異なっていた。共和党と民主党の議員たちは、まだ互いに距離を置いてはいるものの、殺伐とした敵意は消え、代わりに「一体、我々は何を見せられているんだ?」という、巨大な茶番劇を共有する共犯者のような、奇妙な連帯感が漂っていた。
午前中のプログラムは、ゴルフだった。
もちろん、ただのゴルフではない。俺が仕組んだ、「シャッフル・ペアマッチ」だ。共和党議員と民主党議員が、必ずペアを組まなければならないという、地獄のルールである。
俺は、共和党のマクレーン議員と民主党のシェルドン議員という、最悪の組み合わせの組に、自らキャディとして帯同した。
「ナイッショー!」
マクレーン議員の打ったボールが、大きく右に曲がって林の中に消えていく。俺は、全力で拍手をしながら叫んだ。
「いやー、今のスライス、すごいキレでしたね! 計算されたフェードボールってやつですか!流石です!」
「……プレジデント。私はただ、ダフっただけだ」
マクレーンは、冷ややかに言った。
次は、シェルドン議員の番だ。彼の打球は、今度は左の池に吸い込まれていった。
「おおーっ!」俺は、再び感嘆の声を上げた。「今のドローボール、お見事です!池を越える最短ルートを狙うとは、なんとアグレッシブな!攻めのマネジメントですね!」
「……大統領。あれは、ただのフックだ」
シェルドンも、呆れた顔で俺を見ていた。
俺は、日本の会社で叩き込まれた「接待ゴルフ」の鉄則を、忠実に実行していた。相手をとにかく褒める。ボールの行方はどうでもいい。気分良くプレーしてもらうことが、全てに優先されるのだ。俺は、二人の失くしたボールを探して、自ら藪の中に分け入って走り回った。
「ボール、ありましたー!」
泥だら-けでボールを差し出す俺の姿に、二人の老獪な政治家は、もはや何も言う気力を失っていた。彼らは、生まれて初めて、自分たちの機嫌を取るためだけに走り回る、アメリカ合衆国大統領という存在を目の当たりにしていた。
午後のプログラムは、「オリエンテーリング」だった。
議員たちは、赤・白の二つのチームに分けられ、それぞれ地図とコンパスだけを渡された。ゴールは、森の奥にある山小屋だ。もちろん、チームは両党の混成チームである。
俺は、ホテルのテラスから、ドローンが送ってくる彼らの映像を、ミリー議長と共に眺めていた。ミリーは、相変わらず「これは、極限状況下における各議員のリーダーシップ資質を測る、高度な人材アセスメントだ」などと呟いている。
案の定、森に入って30分もすると、赤組の内部で口論が始まった。
「地図によれば、この道を右だ!」と共和党議員。
「いや、君のその地図は、情報が古い! 私の直感では、左だ!」と民主党議員。
彼らは、森の真ん中で、予算案の審議と同じように、不毛な党派対立を始めてしまったのだ。
結果、赤組は、完全に道に迷った。
日が傾き始め、森には夕闇の気配が漂い始める。さすがに、まずい。このままでは、アメリカの立法府を司るトップたちが、森で遭難しかねない。そうなったら、俺の責任問題だ。
俺は、マイクを掴むと、ドローンに搭載されたスピーカーを通じて、森で途方に暮れる彼らに、アドバイスを送った。それは、新入社員研修で、グループワークが停滞しているチームに、講師がよくかける言葉だった。
「赤組の諸君、聞こえるか!」
俺の声が、森に響き渡る。
「君たちに、ビジネスで最も重要な言葉を贈ろう! 『ホウ・レン・ソウ』だ!」
森の中の議員たちが、ぽかんとした顔で空を見上げている。
「『ホウレンソウ』……? ほうれん草のことか?」
「違う!」俺は叫んだ。「報告・連絡・相談だ! なぜ、君たちはホウレンソウを怠るんだ! なぜ、勝手に判断して道に迷うんだ! チームで情報を共有し、リーダーに判断を仰ぎ、全員で進むべき道を合意形成しろ! それが、組織というものだろうが!」
俺の、あまりに的確で、そしてあまりに場違いな「ビジネスセミナー」に、森の中の議員たちは、完全に沈黙した。
その時だった。
彼らの背後の藪が、ガサガサと大きく揺れた。
茂みから現れたのは、巨大な……熊だった。
「「「く、熊だあああああああああああっ!」」」
アメリカ議会のトップたちが、パニックに陥り、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
まずい。まずいぞ、佐藤拓也。これは、会社の研修で想定されるリスクを、完全に超えている。
俺は、隣に立つミリー議長に、震える声で尋ねた。
「……ミリー。こういう場合のマニュアルは、あるのか……?」
ミリーは、双眼鏡から目を離さず、冷静に、しかし、どこか嬉しそうに答えた。
「ご安心を、閣下。これにて、最終プログラムの開始です」
「最終……プログラム?」
「はい。テーマは……『共通の脅威に対する、超党派での協力』です」
ミリーがそう言うと、彼の背後に控えていた、屈強な特殊部隊の隊員たちが、静かに森の中へと入っていった。
どうやらこの合宿研修は、俺が考えていたより、遥かに物騒なものだったらしい。
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最新話は本日の21時に更新予定です。




