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(第一部完結!)転生したら合衆国大統領だった件について 〜平社員の常識で、世界を動かしてみた〜  作者: 御手洗弾正


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第十九話:勝者なきゲーム

【免責事項】

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。


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「パン食い競争」。

その競技名が通訳された瞬間、グラウンドにいた指導者たちの間に、最後の緊張が走った。綱引きで生まれた奇妙な連帯感は消え去り、誰もが「個人」としての尊厳をかけた、最終決戦の顔つきになっていた。


ゴールラインの前に、一本の長いロープが張られ、そこから様々なパンが、紐で吊り下げられている。フランス代表にはクロワッサン、ドイツ代表にはプレッツェル、そして中東の指導者たちには、ピタパン。俺なりの、細やかな配慮だった。


「いいか!」俺は、メガホンで最後の指示を出す。「手を使うのは、反則だ! 口だけで、パンをもぎ取ること! それが、唯一のルールだ!」


スタートラインには、選りすぐりの指導者たちが並んだ。

イスラエルのアリエル首相。パレスチナのアッバス議長。サウジアラビアのムハンマド皇太子。そして、なぜか「個人的な尊厳を取り戻す」と息巻いているフランスのマクロン大統領。


彼らの目は、もはや外交官のそれではない。獲物を狙う、飢えた獣の目だ。


「用意!……はじめ!」


ピーッ!


号砲とともに、世界の指導者たちが、一斉に走り出した。

その光景は、人類史のどんな絵画にも、どんな映像にも記録されたことのない、あまりに愚かで、そしてどこか感動的なものですらあった。


国の威信を背負った男たちが、泥だらけのジャージ姿で、宙に揺れるパンに向かって、必死にジャンプを繰り返している。

マクロン大統領は、得意の跳躍力でクロワッサンに食らいつこうとするが、空振りばかり。サウジアラビアの皇太子は、有り余るオイルマネーでこのパンを買い取れないかと、一瞬考えてしまった自分を恥じた。


だが、勝負は、二人の男に絞られていた。

アリエル首相と、アッバス議長だ。

二人は、ゴール手前で、まるで示し合わせたかのように、同時に同じピタパンに狙いを定めた。


「「うおおおおっ!」」


二人の雄叫びが、沖縄の空に響き渡る。

アリエルが跳ぶ。アッバスも跳ぶ。二人の歯が、同時に、ピタパンの両端に、ガブリと食らいついた。


そして。

ブチッ。


ピタパンは、ちょうど真ん中から、綺麗に二つに引きちぎられた。

二人は、それぞれパンの半分を口にくわえたまま、同時に、地面に着地した。


静寂。

勝者は、いない。いるのは、パンの半分をくわえたまま、互いを睨みつける、二人の指導者だけだ。


「……引き分けだ」

「いや、俺の方が、コンマ1秒早かった」

「何を言う、ワシの歯形の方が深いぞ」

「そもそも、貴様がワシのパンを狙ったのが悪い!」


再び、取っ組み合いが始まろうとしていた。

まずい。最後の最後で、全てが台無しになる。俺の苦労が、水の泡だ。


俺は、とっさに、マイクを掴んで叫んだ。

それは、運動会の最後に、PTA会長が言う、あの締めの言葉。そして、日本の会社組織が、最も愛する、あの結論だった。


「……勝者、なし!」

俺は、高らかに宣言した。

「引き分けだ! いや、違うな! 全員が、勝者だ!」


アリエルも、アッバスも、ぽかんとした顔で俺を見ている。

俺は、構わずに続けた。

「この運動会に、勝者も、敗者もいない! なぜなら、諸君は、共に汗を流し、共に走り、共に戦ったからだ! その健闘を称え、参加者全員に、優勝カップ……の代わりに、このドランプ・コーポレーション特製の、金メダル(チョコレート製)を授与する!」


シークレットサービスたちが、どこからか用意していた金メダル(の形をしたチョコレート)を、指導者たちの首にかけていく。

指導者たちは、あっけにとられたまま、その金メダルを、まじまじと見つめていた。


閉会式。

俺は、演台の上から、やりきった満足感に浸りながら、最後のスピーチをぶちかました。

「……諸君、お疲れ様だった! 今日のこの経験を通じて、我々は、多様性ダイバーシティの重要性と、一つの目標に向かう相乗効果シナジーを学んだはずだ。明日からは、この経験を各国のKPIに反映させ、より良い世界を目指して、コンプライアンスを遵守しつつ、全力でコミットしてほしい!以上だ!」


俺の、完璧なビジネススピーチに、会場は万雷の拍手に包まれた。誰も、一言も、意味は分かっていなかっただろうが。


その夜。

帰国の途につくエアフォースワンの中。

アシュリーが、一枚の衛星写真を俺に見せた。

「閣下、ご覧ください。エルサレムからです」


写真には、アリエル首相が、官邸のバルコニーに立っている姿が映っていた。

彼の首からは、俺が渡した、金色のチョコレートのメダルが、誇らしげにかけられていた。


そして、別の写真。

パレスチナ自治区、ラマッラー。アッバス議長もまた、民衆の前に立ち、その首には、同じ金メダルが輝いていた。


彼らが、何を考えて、そのメダルをかけているのか、俺には分からなかった。

だが、そのメダルが、溶けてなくなるまでの、ほんのわずかな時間だけ。

世界は、確かに、平和になったような気がした。


俺は、そっと窓の外を見ながら、呟いた。

「……ああ。日本に、帰りたい」


物語は、まだ、終わらない。

ありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマーク・評価などいただけますと幸いです。

次回は明日の11時に更新予定です。

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