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(第一部完結!)転生したら合衆国大統領だった件について 〜平社員の常識で、世界を動かしてみた〜  作者: 御手洗弾正


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第十二話:平和という名の地獄

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件などは、風刺を目的として創作されたものであり、実在のものとは一切関係ありません。


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世界は、困惑に満ちた称賛に包まれていた。

ノーベル平和賞の選考委員会が、緊急の声明で「ドランプ大統領の勇気ある行動を注視している」と発表した。フランスのマクロン大統領は「予測不能な天才のなせる業だ」と賛辞を送り、国連事務総長は涙ながらに「奇跡だ」と語った。


ホワイトハウスの俺の元には、世界中の指導者から祝福の電話が殺到していた。俺はただ、「ああ、どうも」「サンキュー」と繰り返すだけ。日本の会社で、コンペに勝った時に取引先からの祝いの電話に対応するのと、何も変わらなかった。


ガザでは、米軍のドローンが運ぶパンとミルクとレゴブロックが、国連を通じて市民の手に渡り始めていた。イスラエルも、ハマスも、互いに相手の出方を警戒し、銃声一つ聞こえない、不気味なほどの静寂が支配していた。


俺、佐藤拓也は、人生で初めて「世界平和に貢献した」という、とんでもない実感に打ち震えていた。プロジェクトの大炎上を、俺は独力で鎮火させたのだ。これなら、日本の本社に戻っても、次期課長くらいのポストはもらえるかもしれない。


だが、その達成感に満ちた俺の前に、新たな、そして最強の敵が立ちはだかった。

味方であるはずの、共和党の議員たちだ。


「……大統領、一体どういうおつもりですか!」


オーバル・オフィスに集まったのは、議会で最も影響力を持つ、タカ派の重鎮たちだった。彼らの顔は、祝福とは程遠い、怒りと失望に歪んでいた。


先頭に立つグレイソン上院議員が、テーブルを叩いて詰め寄る。

「我々は、あなたがイスラエルを100%支持し、テロリストをこの地上から一掃してくれると信じていた! それが、我々の公約だったはずだ! なのに、あなたはなんだ! 敵にパンをやり、ユダヤの長年の友に頭を下げた! これは、裏切り行為だ!」


「そうだ!」別の議員が続く。「『アメリカ・ファースト』はどうなった! あなたは、いつから平和ボケしたリベラルのハトになったんだ!」


俺は、全く理解ができなかった。

なぜ、怒っているんだ?

プロジェクトは、鎮火したじゃないか。これ以上の死者も出ず、両者の対立も一時的に収まっている。これ以上の成果があるか? 日本の会社なら、社長賞ものだぞ。


「……まあ、落ち着けよ」俺は、なだめるように言った。「喧嘩が収まったんだから、いいじゃないか」

「良くない!」グレイソン議員が叫ぶ。「これは、勝利ではない! 停戦だ! 我々が求めているのは、完全なる勝利だけだ!」


ああ、そうか。

俺は、根本的な間違いを犯していたことに、今更ながら気づいた。

日本の会社では、「問題が起きないこと」「波風が立たないこと」が、最も評価される。だが、この国では違う。「勝つこと」。白黒つけること。それが、全てなのだ。


俺は、炎上を鎮めただけの、現状維持しかできないダメな管理職だと、味方であるはずのチームメンバーから突き上げられているのだ。


どうする。この、内側からの突き上げを、どうやって収める?

俺のサラリーマン脳が、再び高速で回転を始めた。部署内の対立を収め、全員の不満を逸らすための、あの常套手段。そうだ、あれしかない。


俺は、尊大な態度で立ち上がった。

「諸君の言いたいことは、分かった。平和では、物足りない。勝利が欲しい、ということだな」

「その通りです、大統領!」

「よろしい。ならば、諸君に、私の計画の『フェーズ2』を教えてやろう」


フェーズ2? そんなもの、あるわけがない。今、俺が考えた。


俺は、アシュリー補佐官に命じた。

「アシュリー、世界地図を出してくれ」


アシュリーが、壁のスクリーンに世界地図を映し出す。俺は、その地図の前まで歩いて行った。


「いいか。イスラエルも、ハマスも、今は動けない。世界が、俺の一挙手一-投足に注目している。この状況は、我々にとって、最大のチャンスだ」

俺は、地図上のある一点を、力強く指さした。


「ここに、世界中の指導者を集める」


議員たちが、息を飲む。ミリー議長も、ハリソンも、固唾を飲んで俺の指先を見つめている。俺が指していたのは、中東ではない。ワシントンでも、北京でも、モスクワでもない。


日本の、沖縄だった。


「……お、沖縄……でありますか?」アシュリーが、震える声で尋ねた。

「そうだ」俺は、頷いた。「ここに、アリエル首相も、パレスチナ自治政府のアッバス議長も、その他アラブ諸国の指導者も、全員呼ぶ。もちろん、G7のリーダーたちもだ」

「そこで、一体何を……?新たな和平会談を?」


「会談ではない」

俺は、ニヤリと笑って見せた。それは、数々の面倒な社内行事を企画させられてきた、佐藤拓也の、諦観と疲弊が生み出した笑みだった。


「フェスティバルだ」

「……フェスティバル?」

「そうだ。『米軍嘉手納(かでな)基地 Presents, 中東和平親善・大運動会』を開催する!」


部屋から、完全に音が消えた。

俺は、構わずに続けた。


「イスラエルチームと、パレスチナ・アラブ連合チームに分かれてもらう。競技は、二人三脚、綱引き、玉入れだ。汗を流し、同じパン……いや、同じホットドッグを食えば、憎しみも消えるだろう。メインイベントは、俺とアリエルによる、パン食い競争だ。どうだ、素晴らしいアイデアだろう?」


それは、日本の会社や学校で、対立する部署やクラスの親睦を深めるために企画される、あの「大運動会」そのものだった。

だが、世界の指導者たちが、米軍基地で玉入れをする光景は、あまりにシュールで、あまりに狂っている。


共和党のタカ派議員たちは、口をパクパクさせて、完全に思考を停止していた。

ミリー議長は、天井を仰いで、何かを必死にこらえている。

ハリソン首席補佐官は、ポケットから胃薬を取り出して、水なしで飲んだ。


唯一、アシュリー補佐官だけが、小さな声で呟いた。


「……綱引きの、国際的な公式ルールを、至急、検索して……」


かくして、佐藤拓也の暴走は、ついに中東の紛争解決を、日本の町内会の運動会のレベルへと引きずり込む、新たなステージに突入してしまった。世界は、まだ彼の本当の狂気を、何も知らなかった。

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