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7.エマ婦人の城

「こんにちは、魔女さん。いますか?」

「おーい、魔女、出てこい!」


 レゼフィーヌがユジと一緒に叫んでいると、不意に後ろから声がした。


「そんなに叫ばなくても、私ならここにいるよ」


 振り返ると、そこには黒い服を着た金髪の綺麗な女性が立っていた。


 (えっ、この人がエマ婦人なの?)


 レゼフィーヌが目を丸くする。

 年は二十代後半くらいだろうか。エマ婦人はレゼフィーヌが想像していたよりずっと若くて美人だった。


 (魔女って呼ばれてるくらいだから、てっきりもっとお婆さんかと思っていたわ……)


 しかもエマ婦人は、ただ若くて美人なだけではなかった。

 彼女の波打つような美しい金髪と海のように深い蒼の瞳は、亡くなったレゼフィーヌの母親に瓜二つ。

 レゼフィーヌはエマ婦人の顔をまじまじと見つめてしまった。いくら親戚だからって、こんなに似ていることがあるのだろうか。


「レゼ、どうした?」


 レゼフィーヌがぼうっとしていると、ユジに背中をつつかれる。


 (はっ、いけないいけない)


 レゼフィーヌは慌てて頭を下げた。


「は、はじめまして。レゼフィーヌと申します! 今日からここでお世話になります!」


 エマ婦人はレゼフィーヌの顔を見ると少し目を細めた。


「知ってるよ。あんたの父親からの手紙が来ていたからね」


「そ、そうですよね」

 

 下を向くレゼフィーヌの頭を、エマ婦人はポンポンと撫でた。


「よくこんな遠いところまで来たね、さ、おあがり」


「は、はい。でもこのお城、どこから入るんですか?」


 レゼフィーヌがいばらの壁を指さすと、エマ婦人はクスリと笑った。


「何、簡単さ」


 エマ婦人がパチンと指を鳴らすと、たちまち荊の壁が左右に開き、道が現れた。


「す、すごい」


「最近は野生動物やら魔物やらが来て畑を荒らすからね。防御壁がわりさ」


 口をあんぐりと開けているレゼフィーヌに、エマ婦人は教えてくれる。


「そうなんですね」


 レゼフィーヌは胸がわくわくしてきた。こんなに大がかりな魔法を使えるだなんて、エマ婦人ってすごいな。


「それじゃ、俺はこれで」


 ユジがお土産の薬草とパンを置いて家に帰る。

 レゼフィーヌは蒼い瞳をきらきらと輝かせ、エマ婦人の家の中を見渡した。


 綺麗な小瓶に入った薬に乾燥した薬草。七色に輝く虹色の宝石。乾燥したイモリやマンドラゴラ。妖しい匂いのお線香。毒々しい色のスープが入った妖しいお鍋。


 エマ婦人の家は、よく分からないけどちょっとワクワクするようなもので溢れていた。


「すっごーーい! 本当に魔女の家なのね!?」


 レゼフィーヌが感激していると、エマ婦人があきれたような顔でつぶやいた。


「あんた、本当に変わった子だね」


「そうかしら?」


 レゼフィーヌがはてと首を傾げていると、エマ婦人は部屋の案内をしてくれた。


「あんたの部屋はこっちだよ」


 案内された部屋を見る。少し狭いけど、ベッドと机、本棚があるこざっぱりとした部屋だ。

 レゼフィーヌは城から持ってきた魔法書をずらりと本棚に並べた。


 (ふふふ、完璧だわ。これで私も魔女の仲間入りね)


「ず……随分と勉強熱心なようだね」


 レゼフィーヌの持ってきた魔法書に目を丸くするエマ婦人。


 レゼフィーヌは荷物の整理を終えると何の気なしに尋ねた。


「そういえば、エマ婦人はここで一人暮らしされてるのですか? 使用人は?」


 エマ婦人は肩をすくめた。


「こんな森の中に付いてきてくれる使用人がいると思うかい」


 (そうなの?)


 レゼフィーヌは目を丸くする。レゼフィーヌの母方の親戚ということは貴族だろうし、こんなに広いお城なんだから使用人の一人や二人いてもおかしくないのに。


「じゃあ、ここの掃除や料理は誰がするんですか?」


 レゼフィーヌの言葉に、エマ婦人はニヤリと笑った。


「決まってるじゃないか。あんたがするんだよ」


 その言葉に、レゼフィーヌは身をすくませる。

 もしかして、自分はエマ婦人の使用人替わりなのだろうか。

 借りにも侯爵令嬢なのに、そんなことってあるのだろうか。


 (で、でも、魔女の弟子になるのならそれくらいのことはしないと。掃除でも洗濯でも、なんでもやってやるわ!)


「が、頑張ります!」


 レゼフィーヌが頭を下げ元気よく返事をすると、エマ婦人は口の端を小さく上げて笑い、上機嫌で台所へと向かった。


「さてと、そろそろ夕ご飯にしようかね」


 エマ婦人はユジに貰ったパンを薄く切り、鍋に入った野菜のシチューと一緒に出してくれた。

 一口食べてみると、ゴロゴロ入った野菜が甘くて、温かさが体に染み渡るようだ。


「わあ、美味しい」


 レゼフィーヌが声を漏らすと、エマ婦人ははじめて嬉しそうに微笑んだ。


「庭で採れたての野菜だからね」


 その笑顔を見て、レゼフィーヌは胸が締め付けられるような気持になった。

 父親と母親と自分。三人で楽しい食卓を囲んでいた時のことを思い出したからだ。


「どうかしたかい?」


 エマ婦人が黙り込んでしまったレゼフィーヌを見て尋ねる。


「いえ、笑顔が亡くなったお母さまに似ているなあって」


 レゼフィーヌが何気なくそう言うと、エマ婦人は少し複雑そうな顔をして下を向いた。


「そりゃそうさ。私たちは双子だからね」


「えっ」


 レゼフィーヌはびっくりしてエマ婦人の顔を見た。


 エマ婦人はゆっくりと話し始める。


「何、昔ながらの古いしきたりさ。古来より双子は不吉の象徴と言われていてね。だから片方は処分しなきゃなんないけど、殺すのは忍びないから妹の私はこんなところに追いやられたというわけさ」


 ということは、エマ婦人はレゼフィーヌの母親の妹、つまり叔母さんだったのだ。

 遠縁とは聞いてたけど、まさかそんなに近い親戚だったなんて。

 レゼフィーヌはなんだか急にエマ婦人に親近感が湧いてきた。

 レゼフィーヌはこの森の中のお城でエマ婦人と本当の家族になろうと心に決めた。


 こうして、レゼフィーヌの魔女としての、エマ婦人の娘としての第二の人生が始まったのだった。


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