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2.衣裳部屋の侯爵令嬢

 遡ること七年前――。


 十歳の侯爵令嬢、レゼフィーヌは、衣裳部屋の片隅で静かに魔法書を開いていた。

 大の魔法好きな彼女の日課であり、誰にも邪魔されたくない至福の時間。

 だが静かに読書を楽しみたいというささやかな願いをよそに、赤髪の少女がノックもせずに勢いよくドアを開けた。


「お母様ーっ! どこですのぉーっ!?」


 耳に刺さる甲高い叫び声。

 部屋の中に無遠慮に入ってきたのは、レゼフィーヌの腹違いの妹、リリアだ。


「私はここよ、リリア。あなたもそろそろパーティーの準備をしないと」


 鏡の前でドレスの着付けをしていたレゼフィーヌの継母――侯爵夫人アビゲイルが振り返る。


 リリアは豪華なドレスを着た侯爵夫人を見て歓声を上げた。


「わあ、お母様。素敵なドレスね!」

 

 侯爵夫人は胸をそらし、真っ赤なルージュの引かれた口元を誇らしげに上げた。


「そうよ。とっておきだもの」


 侯爵夫人は鏡の前でひらりと一回転してみせる。


 侯爵夫人のドレスに使われている深い紫の生地は、遠い異国の地から取り寄せた最高級品。動くたびに夜の波のように煌めき、繊細に色を変える。

 胸元から肩にかけてはアメジストやダイヤ、ルビーといった宝石たちが贅沢に施され、朝露に濡れる花のように輝いている。


 アリシア侯爵家の財力を誇るかのような豪華なドレスを着て、侯爵夫人は上機嫌に笑った。


「オーホホホホ! ああ、なんて美しいドレスなのかしら!」


 一方、レゼフィーヌはというと、侯爵夫人の身にまとったドレスを見て目を疑った。そのドレスは、亡くなったレゼフィーヌの母親のドレスだったからだ。


 しかもただのドレスではない。

 侯爵が母親への誕生日プレゼントにと、誕生石のアメジストをあしらって作らせた特別なドレスだ。


 それはあなたのものじゃない。

 レゼフィーヌは言いかけた言葉を、すんでのところで飲みこんだ。


 (いけないいけない。ここで余計なことを言ったりしたらまたぶたれてしまうわ)


 レゼフィーヌが何か意見をするたびに侯爵夫人に余計なことを言うなとぶたれるのはもはや恒例となっていた。


 レゼフィーヌの母親が亡くなったのは三年前。

 その後すぐに、かねてから侯爵の愛人だったというアビゲイルは後妻に迎い入れられた。

 

 だが後妻として迎えられたアビゲイルは、レゼフィーヌの生活を一変させた。

 質素だけれど上質な暮らしをとこだわった家具は成金じみた派手なものに。

 腕利きの職人にしつらえさせた歴史ある調度品は、金ピカで悪趣味なものに。

 家の中が変わっていくのを見るたびに、レゼフィーヌの心は痛んだ。


 前の奥さんのものが残っているのは後妻からしたら嫌に違いない。

 そう考え自分を納得させようとしたレゼフィーヌだったが、そのくせアビゲイルは亡き前妻の遺した宝石やドレスは我が物顔で使っていた。


 それに抗議すると、アビゲイルは悪魔の様な顔でレゼフィーヌを怒鳴り、物置きに閉じ込め食事を抜いた。

 次第にレゼフィーヌの持っていたドレスもアクセサリーも、アビゲイルの連れ子で一つ年下のリリアにすべて奪われた。


 挙句の果てには、そんなに衣服にこだわるのなら衣裳部屋にでも住めばいいわとレゼフィーヌの部屋まで取り上げられてしまった。

 今ではこの衣裳部屋がレゼフィーヌの部屋代わりになっている。


 数か月前に末娘のポーラが産まれてからは、アビゲイルはレゼフィーヌのことを邪険にするのにさらに拍車がかかったようだ。

 頼みの綱である父親、アリシア侯爵も興味があるのは政治や財産のことばかりで全くあてにはならならない。

 レゼフィーヌは肩身の狭い生活を強いられていた。


「そうそう、リリア。今日はポーラの誕生お披露目パーティーだから姉であるあなたもうんとおめかししなくちゃ」


 侯爵夫人はピンクと水色の二着のドレスを出してくる。


「さ、リリア、どっちが似合うかしら」


 どちらのドレスにも何層にも重ねられた繊細なレースが施されていて、まるで絵本に出てくる妖精のお姫様ようだ。


 リリアがドレスを前に悩み始める。


「やだぁ、可愛い。どっちにしようかなぁ?」


「リリアならどっちも似合うわよ」


「そうよね。迷っちゃう!」


 レゼフィーヌはその様子を見つめながら考える。

 ドレスは二着あるから、先にリリアに選ばせて、余ったほうを自分に着せるに違いない。


 いつもボロばかり着せられていたレゼフィーヌだったが、血は半分しかつながっていないとはいえ彼女ももリリアと同じくポーラの姉。

 今日は王族をはじめとする大事な来賓もたくさん訪れるし、さすがに主役の姉にボロを着せるわけにはいかないだろう。


 リリアの燃えるような赤毛には寒色よりも暖色のドレスほうが似合うし、ピンクが好きだからきっとピンクを選ぶに違いない。

 そうしたら自分は水色のドレスを着ることになるのかしら。

 なんてことを考えながらレゼフィーヌが二人を見つめていると、急に侯爵夫人は眉間にしわを寄せ顔をしかめた。


「何を見ているの、レゼフィーヌ。あなたには関係ないから早くどこかへ行って。あなたはここで荷物番をしてるのよ」


 侯爵夫人は野良犬か何かを追い払うかのように手を振り、レゼフィーヌを遠ざけた。


「さ、リリア。水色とピンク、どちらがいいかしら? 今日のために特別にしつらえたドレスよ。あなたは可愛いくて上品だからどちらも似合うわよね」


 嬉しそうに二着のドレスをリリアに押し当てる侯爵夫人。


 まさかパーティーにも出席させてもらえないだなんて。

 さすがに驚いたレゼフィーヌだったが、いつものことだと気持ちを落ち着かせ、すぐに冷静になり、魔法書に向き直った。


 別にパーティーなんて出なくても構わない。

 レゼフィーヌは実際、綺麗なドレスにも宝石にも興味がなかった。こだわっていたのは母親の遺品だからだ。


 本当に興味があるものは他にあった。

 レゼフィーヌは手元にあった茶色い革表紙の魔法書をそっと撫でた。

 レゼフィーヌが本当に興味を持っているもの――それは魔法だ。

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