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19.同居生活

「ただいま。今日は魚がたくさん捕れたよ」

「ふう、疲れましたね、シルム殿下」


 シルムとアレクが釣り竿と魚籠びくを持って上機嫌で帰って来る。


「あら本当?」


 レゼフィーヌは干していたシャツをたたむ手を止め、シルムたちに駆け寄った。

 魚籠の中には、新鮮な魚が十匹以上も入っている。


「すごいわね。こんなにたくさん」


 レゼフィーヌが目を大きく見開くと、シルムは誇らしげに笑う。


「うん。今日は川に行ったら釣り上手のおじさんがいて色々コツを教えてくれたんだ」

「すごく親切な人でしたね」


 アレクも魚籠を置く。


「へえ、そうなの。どんな風に料理しようかしら」


 レゼフィーヌは二人から魚を受け取り台所に向かいかけ、はたと気づく。

 そういえばこの二人、いつになったら帰るのだろう。


 シルムとアレクがいばらの城にやってきて三週間ほどが過ぎた。

 自分の体調が戻ったらシルムとアレクにはすぐにでも帰ってもらおうと思っていたのに、二人はなんだかんだ理由をつけてこの城から帰ろうとしない。


 その間、二人は畑仕事を手伝ったり釣りや狩りに行ったりとなんだかんだで森での暮らしを楽しんでいるように見えるけど――いつまでここにいるつもりなのだろう。


 レゼフィーヌは少し不安になった。


「ねえ、シルム。あなたいつまでここにいるの? そろそろ王宮に帰ったほうがいいんじゃないの」


 レゼフィーヌが尋ねると、シルムはかごを編む手を止めて「へっ」と目を丸くした。


「何言ってるんだ。僕の使命は君を妃として連れて帰ることなんだから、君がうんと言うまで帰るわけないだろ?」


 しれっとした顔で言うシルム。

 これにはレゼフィーヌもさすがに慌ててしまう。


「ちょっと待ってよ。私は行かないって言ってるでしょ?」


 レゼフィーヌとシルムたちがそんな話をしていると、奥にいたエマ婦人が口の端を上げた。


「あらあら。あなたたち二人、まるで夫婦みたいにお似合いなんだから、さっさと結婚してしまえばいいのに」


 へ?


 レゼフィーヌが固まっていると、シルムは頬を少し赤らめながら微笑んだ。


「そうですか? 嬉しいなあ」


 レゼフィーヌは腰に手を当てわざとらしく首を横に振ってみせた。


「何言ってるのよ。私は森に追放された身だし、あなたは一国の王子様。ぜんぜん釣り合わないでしょうが」


 (全くもう。二人とも何言ってるんだか)


 レゼフィーヌはくるりと洗濯物に向き直った。


 (結婚なんてするはずないじゃない)


「とにかく、しばらくの間僕はここにいさせてもらうよ」


 意地でもここを動こうとしないシルム。

 シルムの言葉に、アレクもどっかりとソファーに腰かけた。


「それでしたら私もここにいます。殿下を一人にはしておけません。」


 シルムとアレクのやり取りを聞き、レゼフィーヌは慌ててしまう。


「ねえ、早く王宮に帰ったほうがいいわよ」


 レゼフィーヌが低い声で言うと、シルムは肩をすくめた。


「大丈夫だよ。僕だって子供じゃないし、自分のことは自分で決める」


 エマ婦人は笑顔でレゼフィーヌの背中を叩いた。


「まあまあ、シルムくんたちがここにいると何かと助かるし、気が済むまでしばらくいてもらったらいいじゃないか」


「そんなあ」


 気が済むまでって、いつまでなのだろう。

 レゼフィーヌは不安になった。


 このままシルムがずっとここにいたらどうしよう。

 想像してみたら、それはそれで案外悪くないような気もした。


 シルムは優しいし、気が利くし、何事にも一生懸命で可愛い。

 レゼフィーヌのする魔法や畑や植物の話も嬉しそうに聞いてくれる。


 ――ううん、何考えてるの。


 レゼフィーヌは首をぶんぶんと振ってその馬鹿げた想像を打ち消した。

 シルムがずっとここにいるだなんて、そんなことあるわけない。

 レゼフィーヌはくるりと洗濯物に向き直った。


 そもそもシルムってこんなに押しの強い人だっただろうか。

 昔はもっとこう、育ちが良くて気の弱いお坊ちゃまって感じの子だったと思うけど……。


 レゼフィーヌはチラリとシルムの顔を見た。

 子犬みたいな笑顔とフワフワの銀髪、瞳の輝きは昔のまま変わっていないのに、声は低くなったし、身長も伸びた。

 中身は昔のシルムのままなのに、なんだか別の男の人みたいで変な感じがした。


「それにこんな長居して、国王陛下も心配されてるんじゃないの?」


 レゼフィーヌがため息交じりに言うと、シルムは目を真ん丸にして首を横に振った。


「いいや、大丈夫だよ。父上とは毎週欠かさずふみのやり取りをしているしね」


 シルムは自分の部屋に戻り、三通の手紙を出してきた。


 一通目『いばらの森の魔女の説得はできたかね? 近況を知りたいので早く文を寄こすように』


 二通目『いばらの森の魔女の説得に手こずっているのかね? 速く説得して帰って来なさい』


 三通目『随分と森での生活になじんでいるようだが、当初の目的はどうした? 早く魔女の説得をして帰って来るように』


 レゼフィーヌは三通目の手紙を読み終えると顔を上げてシルムを見た」


「いや、明らかに心配してるでしょ」


 レゼフィーヌが頭を抱えていると、急に窓辺から何やら物音がした。


 ――ガタン。


 見ると、窓辺に白い鳩が止まっている。


「クルックー」


 鳩の足元には王家の紋章が入った手紙が結び付けられている。


「国王陛下からじゃないの?」


 レゼフィーヌがシルムのほうを見ると、シルムは不思議そうな顔で首を傾げた。


「おかしいな、まだ前の手紙が来てから一週間も経っていないけど」


 シルムは鳩の足から手紙をほどき、一瞥するとアレクに渡した。


「お前宛だ」


「私に? 国王陛下からですか?」


 訳が分からないという顔で国王陛下からの手紙を受け取るアレク。

 アレクはしばらく手紙を眺めた後、無言で顔を上げた。


「なんて書いてあったの?」


 シルムが尋ねると、アレクは低い声で答えた。


「……シルム殿下を連れ戻せないのであれば、私だけでも王宮に戻るようにと。国王陛下直々に、私から話を聞きたいそうです」

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