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18.従者と魔女

「そんなところでどうかしたのですか」


 廊下にいたレゼフィーヌに声をかけるアレク。

 その表情は険しく、黒い瞳は冷たい光を放っている。


「いえ、なんでもありませんわ。失礼します」


 レゼフィーヌはすました顔を作ってその場を去ろうとした。


「待ってください」


 アレクはレゼフィーヌの逃げ道をふさぐように後ろの壁にドンと手をついた。

 アレクと壁に挟まれるような形になってしまったレゼフィーヌは思わず目を見開く。


「っ……」


 レゼフィーヌは女性としては背が高いほうであるが、アレクはそんなレゼフィーヌでも見上げなくてはいけないほど大きい。

 しかもアレクは顔立ちは整っているものの、普通の女性ならば身震いしてしまうほど鋭い眼つきをしている。


「何ですか」


 レゼフィーヌは心臓が掴まれたような気持になりながらも果敢にアレクを睨み返した。

 レゼフィーヌが身構えていると、アレクはレゼフィーヌに顔を近づけ、耳元で低く囁いた。


「あなたがどういうつもりかは分かりませんが、殿下を傷つけるようなことは私が許しませんからそのおつもりで」


 ――傷つける? 自分が?


 レゼフィーヌは信じられない気持ちでアレクの言葉を受け止めた。

 森で穏やかに暮らしていたレゼフィーヌの心にいきなり踏み入ってきてかき乱しているのはシルムのほうなのに、なぜ自分がそんなことを言われなくてはいけないのか。


 レゼフィーヌの心の中に怒りの炎がめらめらと燃え盛る。

 レゼフィーヌは意志の強い双眸でアレクを睨み返すと、フンと鼻を鳴らした。


「それならご心配なく。そのようなことを言われずとも、私は何もしませんし、殿下にはそのまま帰っていただきますわ」


 レゼフィーヌは力強い声で言い返すと、小さく腕を振った。

 壁についていたアレクの手が、魔法によって勝手に逆方向へ折れ曲がる。


「のわっ!?」


 アレクが焦っていると、レゼフィーヌはアレクの腕の中から脱出し、余裕の笑みを浮かべた。


「それと、レディーにそのような扱いをするのはマナー違反ですわよ。今後はお気を付けくださいませ」


 レゼフィーヌはにっこりと笑うと、軽やかな足取りで自分の部屋へと戻っていった。


***


 アレクが去って行くレゼフィーヌの後ろ姿を見送っていると、キィと小さな音がして部屋のドアがゆっくりと開いた。


「アレク~」


 シルムが部屋からひょっこりと顔を出し、恨みがましそうな顔でアレクを見つめている。


「シ……シルム殿下」


 アレクが後ずさりをする。

 まさか二人でいたところをシルムに見られていたとは思ってもみなかった。

 シルムは腕組みをして部下に詰め寄った。


「僕の騎士が、どうして未来のお妃様を口説いているのかな?」


 シルムは顔は笑顔だし口調も優しいが、目が怖い。

 アレクは慌てて首を横に振った。


「誤解です。口説いてなどおりません。ただ少し、彼女の真意を確認したくて――」


 アレクが慌てて目をそらすと、シルムは不満そうな顔で「ふぅん」と言った。


「良いんだよ、そう言うのは僕がやるから」


「……出過ぎたまねをいたしました」


 アレクは大人しく頭を下げた。


「ま、分かったならのなら良いけどさ」


 シルムはわざとらしく鼻を鳴らして拗ねてみせた。

 どうやら本気で怒っているわけではないらしい。


「あの、シルム殿下」


 部屋に戻りかけたシルムに、アレクは恐る恐る切り出す。


「なんだ」


「どうしてそこまでレゼフィーヌ様にこだわるのですか?」


 アレクの問いに、シルムは少し考えてから答えた。


「それはな、彼女の顔が良いからだ」


 にやりと笑うシルムに、アレクはガクリとずっこけそうになる。


 顔……結局のところ顔なのか。


 アレクはどうにも納得できない。


「お言葉ですが、レゼフィーヌ様の妹君のリリア様だって美人でしょう。なぜリリア様ではいけないのですか?」


「美人……ね」


 シルムはリリアの顔を思い浮かべた。

 リリアとは、アリシア侯爵の城や王宮の晩餐会で何度か会ったことがあるが――。

 シルムは、リリアの媚びるような甘ったるい声や、わざとらしい上目遣いの目、香水や化粧品の強い匂いを思い出し、眉を顰める。


「リリアはな、あの目が駄目だ。あの僕に媚びるような目はぞっとするよ。彼女の目に映っているのは僕じゃなくて地位や財産や王太子の肩書きだけだ」


 シルムは小さく息を吐きながらつぶやいた。


 リリアだけではない。

 シルムに群がる女性たちの多くはシルムの王太子という肩書きや莫大な財産、外見の美しさだけを見ていてシルムの中身までは見てくれない。


 シルムが女性たちと今まで浮名を流したことが無かったのは、そういった「自分ではないもの」を見ている女性たちが苦手だったからだった。


「本当の僕を見てくれるのはレゼだけだよ」


「そうでしたか。てっきり私はシルム殿下はただの面食いなのかと」


 アレクが言うと、シルムは目を細めて笑った。


「ふふ、それもあるよ。側に置くならば綺麗なほうがいいしね。お前も顔は良いし」


「……ありがとうございます」


 冗談なのか本気なのか分からず、とりあえずアレクは困惑した顔で礼を口にした。

 その顔を見て、シルムはプッと吹き出す。


「それじゃ、僕は明日からレゼをどうやって口説くのか部屋で考えるから、アレクも早く寝るように。じゃあおやすみ」


 ひらひらと手を振り部屋へ戻っていくシルム。


「はい、おやすみなさい」


 アレクはシルムに頭を下げると部屋に戻った。

 ゴロリと小さいベッドに横になり、天井を見上げる。


 アレクはシルムと出会った時のことを思い出していた。

 昔のアレクは、貴族の生まれで剣の腕も確かだったものの、今とは違い髪を長く伸ばし、酒や女に溺れ、町のならず者とつるむ荒くれ者だった。


 そこへシルムがやってきて、剣の勝負をしよう。自分が勝ったら直属の騎士になるようにと言ってきた。

 見るからに温室育ちのお坊ちゃまのシルムに負けるはずがないと思っていたアレクだったが、結果はシルムが勝ち、アレクはシルムの騎士になることになった。


 どうして自分のようなものを騎士にしたいのかと問うたアレクに、シルムはこう言ったのだった。


 ――その目だよ。お前のその目が良いから僕の騎士にしたかったんだ。


 その時は意味が分からなかったが、きっとあれはシルムに媚びたり計算づくで近づいたりするような目つきじゃなかったからという意味だったのかもしれない。


 アレクは先ほど見たレゼフィーヌの顔を思い出す。

 大人の男でも、体格が良くて眼光の鋭いアレクが少し脅してみせれば震えあがるのが普通だった。


 だがレゼフィーヌはアレク相手でも怯みもせずに蛇のように睨み返してきた。そんな女は初めてだった。

 なるほど、確かにレゼフィーヌは他の女とは違うかもしれない。


「……ふっ、面白い」


 アレクは主君の選択に少しだけ納得したのだった。


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