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13.薔薇の記憶

どうしてシルムがここに?


「レゼ……レゼ!」


 必死の形相で川辺へと書けてくるシルム。


「シルム……」


 レゼフィーヌは一瞬戸惑ったものの、この際仕方ないと片手を上げた。


「私はここよ!」


「分かった。今行くよ」


 レゼフィーヌが必死で叫び手を上げると、シルムはレゼフィーヌに向かって手を振り、腰にロープを括り付け、それを反対側を木の幹に結びつけた。


「シルム殿下、何をなさるおつもりですか」


 顔を青くするアレクをよそに、シルムはきっぱりと言い放つ。


「僕がレゼを助けに行く」


「いけません。流れも速いし、殿下に何かあったら大変なことになります。それでしたら私が――」


「大丈夫。僕が助けたいんだよ。アレクはその縄が取れないように持っていてくれ」


 そんなやり取りの後、シルムはアレクの制止も聞かず無理やり流れの速い川に飛び込んだ。


「こっちだ」


 川に流されながらもレゼフィーヌへ手を伸ばすシルム。

 レゼフィーヌが思い切ってシルムの手をつかむと、シルムはレゼフィーヌの体をぐっと自分のほうに引き寄せた。


「よし。僕の体にしっかりつかまっていて」


 耳元で低い声がして、レゼフィーヌはこくんとうなずくと、言われた通りシルムの体に無我夢中でしがみついた。

 その瞬間、安堵からか、レゼフィーヌの意識はがくんと遠くなった。


 ***


 混とんとする意識の中で、レゼフィーヌは走馬灯のような夢を見ていた。

 蘇ってきたのはレゼフィーヌがまだ六歳か七歳の時の記憶だ。


 その日は今日のようなどんよりと曇った空の日で、午後から大切なお客様が来ると言って、お城の中は大騒ぎだった。


「コクオウヘイカが――」

「シルムデンカが――」


 飛び交うそんな言葉たちも、幼いレゼフィーヌには関係がない。

 レゼフィーヌは忙しく来客の準備をする両親や使用人たちの姿を尻目に、薔薇の花の咲き誇る庭へと向かった。


「よしよし、しっかり根付いてきているみたいね」


 レゼフィーヌが手にしているのは、小さな薔薇の咲いた植木鉢だった。

 レゼフィーヌは、植木鉢で植物を育てるのに夢中だった。

 絵本に出てくる花の魔女・セラに憧れていたからだ。


 セラと言うのは実在した魔女の自伝を基にした小説『魔女とドラゴン』に出てくる伝説の魔女のことで、この頃のレゼフィーヌの一番のお気に入りの魔女だった。

 気高くも美しい花の魔女・セラは、その持ち前の魔法と薬作りの腕前で王宮内で起こる数々の難事件を解決する。


 (私もセラになるためにお花をたくさん育てなくっちゃ)


 そう思ったレゼフィーヌは、庭師が剪定した薔薇の花の枝をもらい、それを土に差し、株を増やすことにした。

 初めはセラにあこがれて始めた挿し木だったが、挿すだけで花が増えるのが面白くて、レゼフィーヌはどんどん植木鉢を増やしていった。


 ポツリ。


 と、レゼフィーヌの細い腕に冷たい雨粒が落ちてきた。

 空を見上げると、ポツポツと小雨が降り出ている。真っ黒な雲。嵐が来そうな気配がした。


「大変。お花を屋根のある所に入れなくちゃ」


 植木鉢に差した枝の中には、根が完全に出ていないものも多い。

 そういった株は少しの風や雨で倒れてしまうこともある。

 特に薔薇はデリケートで少しでもやり方を間違えるとたちまち痛んだり枯れたりしてしまう植物だ。


「急がないと」


 レゼフィーヌは雨に濡れるのも気にせず、急いで庭に向かった。


「良かった。まだしおれてないわ。急いで軒下に移さないと」


 レゼフィーヌがお花の鉢を移動させていると、不意に後ろから声をかけられた。


「大丈夫? こんな雨の中何してるの?」


 振り返ると、まるで宗教画に描かれた天使の絵みたいに美しい男の子――シルムがいた。

 サラサラの銀髪に、芽吹いたばかりの若葉のような緑の瞳。

 レゼフィーヌは目の前に立っている子犬みたいに愛らしい男の子をじっと見つめた。


 (この子は誰だろう。見ない顔だわ。)


 レゼフィーヌは首を傾げた。

 許嫁がいることは聞いていたものの、シルムとは今まで一度も会ったことはなかったし、顔すら知らなかった。


 不思議に思いつつも、レゼフィーヌは足元の植木鉢を指さした。


「鉢を屋根の下に移動させてるの。雨に濡れると枯れちゃうかもしれないから」


 レゼフィーヌの答えに、シルムは美しい緑の瞳をキラキラと輝かせた。


「そっか、じゃあ僕も手伝うよ」


「えっ?」


 シルムはよいしょと腰を下ろすと、軽々と植木鉢を持ち上げる。


「ここでいい? 他のも急いで運んでしまおう」


 シルムはレゼフィーヌが植木鉢を置いた辺りを指さした。


「う、うん。でも悪いわ。せっかく綺麗なお洋服なのに、雨に濡れちゃうし泥もついてしまうわ」


 と、レゼフィーヌはここでシルムの身なりが今まで見たことがないほど綺麗なことに気付いた。


 (この子はきっと貴族だろうな)


 今日は大切なお客様が来ると父親が言っていたことをレゼフィーヌは思い出す。

 ひょっとしたらこの子はその大事なお客様の息子なのかもしれない。

 レゼフィーヌがそんなことを考えていると、シルムはニコリと笑って首を横に振った。


「大丈夫さ。服なんて着替えればいいから。それより女の子がずぶ濡れになるほうが大変だよ」

「で、でも」

「女の子は体を冷やしちゃいけないって婆やが言ってたんだ。それに二人で運んだほうが早く終わるよ」


 シルムは、そう言って強引に植木鉢を持った。


「ありがとう」


 レゼフィーヌはお言葉に甘え、シルムに手伝ってもらうことにした。

 二人で急いで鉢を軒下に移す。

 二人で頑張ったおかげで、嵐が来る前に鉢は全部屋根の下に移すことができた。


「ふう、良かった。間に合ったみたい」


 無事に植木鉢を移し終えたレゼフィーヌはほっと息を吐いた。

 空を見上げたレゼフィーヌの前髪を伝って目元に雨粒が落ちてくる。


「やだ、雨が」


 レゼフィーヌが手で前髪をぬぐっていると、シルムは純白のハンカチを差し出した。


「もしよかったらこれ使って」


 レゼフィーヌは少しぎょっとしてしまった。

 男の子にハンカチを差し出されたのは初めてだった。しかもこんな高そうなの。


「大丈夫。そんな綺麗なの悪いわよ」


 レゼフィーヌが急いでポケットをまさぐると、くちゃくちゃに丸まったハンカチが出てきた。


「げっ」


 レゼフィーヌがいつ洗濯したかもわからない薄汚れたハンカチと睨めっこしていると、シルムが自分のハンカチを無理やり押し付けてくる。


「それで顔を拭くよりもこっちのほうがいいよ」


 なぜか人間として少し負けた気がして屈辱的だったが、レゼフィーヌは大人しくシルムのハンカチを受け取った。

 レゼフィーヌがシルムのハンカチで顔を拭いていると、シルムはキラキラした翡翠色の瞳で尋ねてきた。


 「ねえ、君は薔薇の妖精さん?」

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