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クラスメイトの女の子に傘を貸した話

豪雨の日だった。曇天から降り注ぐ雨を見ると、今から自宅に帰るのが億劫になる。

下駄箱から既に香る雨の匂いはだけれども何故か好きだ。


特別感。いや、哀愁を感じる。

俺は他の生徒に気づかれぬように深呼吸をすると、靴を履いて、屋外に出た。


ビニールの傘を開き、濡れて黒くなったアスファルトを見る。

水が浸透していそうなほどにテカテカだった。

これは靴がびしょびしょになる。

大きなため息をついた。


瞬間、右隣からクスリとした笑い声が聞こえてきた。

振り向くと同じクラスの谷口綾香が興味深そうな表情をしていた。

とはいえ、俺はこれまで話したことはない。


無視をするのが上策かと思われた。

再び憂鬱な帰り道に目を向けると、谷口綾香に声をかけられた。


「田中くん。雨嫌いなんだ」


驚いたね。何の意図があって話してきたのだろうか。

いいや、きっと意図なんてないのだろう。皆俺みたいに捻くれた性格をしていない。


とにかく反応しなければ、角が立つ。

雨音でかき消されないように、俺は谷口の方に歩み寄ることにした。


「嫌いだよ。雨ほど嫌な天気はない」

「そうだよね。雨が好きなんて人はいないよね」


何だ。世間話をしたいのだろうか。


「中にはいるかもよ」

「絶対にいないよ」

「雨の匂いが好きな人とか。雨が好きなんじゃない」

「確かにそうかも。あーと、ごめんね。引き止めたちゃった」


谷口は申し訳なさそうに右手をウルトラマンのように突き出すと、スマホを取り出した。


黒いリュックに、少し雨に濡れたスカート。どこにも傘は無かった。

親を待っているだろうか。


「親を待ってるのか?」


少しだけ魔が刺した。俺はそう聞いていた。


俺の反応が珍しいかったのだろう。谷口は怪訝そうな表情をした。

しかしすぐに口角を上げて、スマホをポケットにしまった。


「あーうん。親に連絡した」

「でも谷口さん。今日委員会なかったはずだろ。こんな時間まで」

「なんかね忙しいみたいで」

「そういう」

「そーいう感じ。濡れて帰るしかないかー」


谷口はストレッチをするように背伸びをした。次にフーッと小さく息を吐くと、憂鬱そうにアスファルトを眺めた。


「雨、強い」

「びしょ濡れ確定だろうな」

「ワイシャツ透けちゃう」


なんてことを言い出すから、胸部を見てしまう。それなりに大きい。くびれがあるから余計に。


「見てた?」

「谷口さんがいうから」

「あーごめん。気にしないで。じゃ、私は行くから」


昇降口の屋根から谷口は外に出た。水が黒い髪を徐々に湿らせる予感がする雨音。

白いワイシャツ。透けるのは、良くないか。痴漢に合うかもしれないし。


俺は谷口の右手を引っ張る。


「待って」

「え?」

「傘貸すよ」

「は? え? いいよ」

「ウチかなり近いし、それに透けるのは良くないでしょ」


谷口は自分の胸を一瞥すると、恥ずかしそうに俯いた。そんな表情を見たことがないので、慌てて手を離す。

俺は今、変なことをしているのかもしれない。

クラスメイトだろうと言い訳するも、恋愛関係に発展させようとしていると、谷口視点では見られているのかもしれない。


あーやっちまったと思った。クラスでは、そんなキャラじゃないのに。


「ごめん。そんな気で見てない」

「どんな気? 胸? それとも傘?」

「は?」

「どっち」


意味がわからない質問だったが、バツが悪いので傘と答える。


正解だったらしい。谷口は口角を上げてくれてた。


「田中君って優しいんだね。心配してくれたんだ」

「あ、ええと、まあね。胸透けまで言われると」

「それは余計じゃない?」

「とにかくはいこれ」


俺はビニール傘を谷口に手渡す。


「本当にいいの?」

「家近いから」

「じゃあさ、傘返すから連絡先教えてっ」

「いいよ。学校に持ってきて」

「それだと不自然じゃん? 晴れなのに傘持ってる人ってあだ名つくよ」

「確かにそうか」


スマホを谷口のqrコードに近づける。ピピっと音が鳴り、自撮り写真の谷口のアカウントが追加された。


お洒落なカフェで撮ったのだろうか。近くにはでかいパフェがある。


青春してるなって思った。取り残されれてる感。17の夏。


少し羨ましく思えた。


「私のアイコン変」

「え? あー全然」


急に話しかけられてびっくりした。

俺は心配させないようにスマホの電源を切る。


「青春してんなって」

「なにそれ。田中くん変わってるよね」


ケラケラと笑い出した、少しムッとする。


「俺はこーゆー人間ですよ」

「ううん。別に否定はしてないけど」

「じゃあなに」

「いやー別に。ただ、今日のお礼ってことで青春どう? パフェなんて!」


そう言った谷口はアスファルトに足を踏み出すと、クルリと回転した。


「私、今日用事があるの。ごめん傘借りるね。それと、今度行こ」


谷口の声は、雨音に邪魔されなほどにクリアに聞こえた。澄んだ朝に話しかけられたように。


その理由、俺が集中して聞いていたからかもしれない。


ポタポタと雨音を透明な傘で弾きながら、谷口は憂鬱でしかし良い香りがする雨の日の通学路を歩いていた。


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