敵
「のうノムさん。この間隣村に引っ越してきた、村上の爺さんな」
「オゥヤマさん。あの敵がどうした?」
「敵?」
「敵よ敵。よそ者は敵じゃろうが」
「良いか、ワシらは先祖代々、離れることなくこの土地を守ってきたんじゃぞ。それを何だ、昨日今日やってきたよそ者にデカイ顔されて溜まるかい」
「うーむ。じゃが……困ったのう。村上さんが、ワシらのゲートボールクラブに今度参加させてくれと言って来たんじゃ」
「なにぃ!?」
「やっぱりダメかのう?」
「それならそうと早く言わんかい!」
「ゲートボールをしている人間に悪い奴はおらん。仲間じゃ。ゲートボーラーは皆仲間じゃ!」
「仲間?」
「おうよ。ゲートボールには人生の全てが詰まっておる。キングオブスポーツ、それがゲートボールよ。楽しみじゃのう楽しみじゃのう。早速明日の朝にでも参加してもらおうか」
「それは良かった。じゃが、明日の朝は無理じゃと思う。何でも今夜釣りに出かけるとかで……」
「なにぃ!?」
「どうした?」
「敵じゃ!」
「敵?」
「釣り人は敵じゃ! ワシは釣りは好かん。何じゃあんなもの、魚を針で傷付けて、野蛮じゃ! 釣りをしている人間は全員敵なんじゃ!」
「うーむ。困った、せっかく村上の爺さんも楽しみにしていたのに……」
「ダメじゃダメじゃ! いくらヤマさんの頼みでも、こればっかりは譲れん!」
「さっきも犬の散歩をしていた時、嬉しそうに道具を買い揃えたと」
「なにぃ!?」
「今度は何じゃ?」
「仲間じゃ!」
「仲間?」
「ワシも犬は大好きでのぉ! 犬を飼っている人間は、皆仲間じゃ! おぉ、何というその慈愛の心……犬好きに悪人はおらん! 早速仲間に加えよう!」
「これで一件落着じゃ。村上の爺さんも泣いて喜ぶじゃろう」
「なにぃ!?」
「まだあるのか」
「敵じゃ!」
「敵?」
「その程度のことで泣き出す奴は、全員敵じゃ! 男のくせにメソメソと……軟弱者め! そんな奴を仲間にすることはできん! 未来永劫、末代までの敵じゃ!」
「今日の朝食はめざしじゃった」
「仲間じゃ! ワシもめざしを食べた! 入れ歯が取れそうになるが、アレは美味い!」
「食後はコーヒーを飲み」
「敵じゃ! 何故和食の後にコーヒーを!」
「縁側で孫をあやし」
「仲間じゃ! 孫は可愛い!」
「NHKの『高校講座:数学A』を観て」
「敵じゃ! 頭の良い奴は皆敵じゃ!」
「……のうノムさん。さっきからアンタ、いちいち疲れないか?」
「むぅ……しかし」
「地元が違うから、趣味嗜好が違うから……と、帰属意識も大概にせい。じゃないと、そのうち全員が敵になってしまうぞ」
「うーむ……頼んでもないのに説教してくる奴は敵じゃが、ワシも意固地になっていたかも知れん」
「分かってくれれば嬉しい」
「お詫びに、どうじゃ? ヤマさん、今夜一杯?」
「何じゃと……?」
「どうした? ヤマさん?」
「悪じゃ!」
「悪じゃ! 酒は悪そのものじゃ!」
「そういやヤマさん、禁酒しとったかのう。これはスマンかった。ではタバコはどうじゃ?」
「タバコは友じゃ。人生の友達じゃあ! じゃが、メンソールはダメじゃ。アレは悪じゃ。カプセル付きは友じゃが、電子タバコは悪じゃ。それから、それから……」